消費税発言にチラ見した“菅首相”の政権運営:解散はいつ?

新田 哲史

自民党総裁選討論会に臨む菅氏(提供写真)

「弘法も筆の誤り」を地で行く展開だろうか。日頃は手堅い記者会見を行う菅官房長官。自民党総裁選で圧勝が確実視されている中で10日深夜、テレビ東京の報道番組で将来的な消費税引き上げの可能性を発言し、波紋が広がった。ただ、一夜明けての定例記者会見で「安倍晋三首相は今後10年上げる必要がないと発言した。私も同じ考えだ」と軌道修正した。

消費税発言騒動は、解散戦略に影響するか

誤解している人が多そうだが、菅氏は政策的に失言をしたわけでは決してない。テレ東のサイトから改めて発言を引用すると(太字は筆者)、

Q:消費税は将来的に10%より上げる必要がある?

菅官房長官引き上げると発言しない方が良いだろうと思いましたが、しかしこれだけの少子高齢化社会、どんなに私ども頑張っても人口減少は避けることできません。そうした中で将来的なことを考えたらやはり行政改革は徹底しておこなった上で国民の皆さんにお願いをして、消費税は引き上げざるを得ないのかなということを率直に申しました」

よくいえば誠実でリアリスト、悪く言えば“バカ正直”に答えてしまったともいえる。増税の是非はさておき私自身は菅氏を政治家として見直し、むしろ好感を持ったが、早川忠孝氏のように、3年前の衆院選直前の小池百合子氏の「排除」発言を彷彿とする人もいるようだ。ただ、小池氏の排除発言も、政権政党を目指す上で安全保障政策の一致をめざした上では当然だった。

今回の菅氏の発言も「政策的には直言だが、選挙的には失言」ということになるのか、“初期消火”が早かった分、私は影響は少ないとみているが、政界関係者によると、自民党はもともと今週末、衆院選の情勢調査を行う予定だったそうで、ここでどのような数字が出てくるかは解散時期を占うポイントになりそうだ。

実はすでに「大阪」がネックになっている

しかし、そもそも菅氏の消費税発言騒動がなくても「9月末解散、10月25日(or 11月1日)投票」のシナリオは微妙になっている。理由は「大阪」だ。

大阪城天守閣からの眺望(写真AC)

維新が、都構想の住民投票と衆院選の同日実施をめざす一方、自民党大阪の都構想反対派の市議、元市議らが、住民投票での対立から公明党の現職がいる衆院選の選挙区に無所属で立候補すると明言したのは周知の通り。当初、維新側はこれをブラフとみていたが、公明党側が選挙戦の情勢をかなり懸念し、直近での解散に反対している。

公明党の支援母体、創価学会の佐藤浩副会長と菅氏が緊密な関係というのは、いまや政治に少し詳しい一般国民にも知られるようになってきたが、学会が住民投票とのダブル選に猛反対し続けるなら、次期首相の菅氏に談判するのは必定だろう。とはいえ、来年の夏には公明党と学会が国政選より重視している都議選がある。その対応にできるだけ専念したい事情を鑑みると、「住民投票後の11月上旬に解散し、12月6日投開票」というシナリオも現実味を増す。

一方で、コロナの再流行が懸念される冬場の選挙戦。菅氏としては、コロナが落ち着き始めた今秋、安倍首相の退任表明後に支持率が急上昇した追い風が残るうちに決着をつけたいだろうから、大阪政局、野党の動向も合わせて「最初の大仕事」である解散をいつ断行すべきか悩ましいところだろう。

菅政権の権力基盤はどうなるのか?

財務省ツイッターより

さて、菅氏の消費税発言に話を戻すと、反緊縮派は「アベガー」ならぬ「財務省ガー」の騒ぎだった。具体的には、菅氏の元秘書官で、ブレーンとされる矢野康治主計局長の存在をあげ、時の政権に対する「財務省支配」復活を警戒する向きが強まっている。

たしかに菅氏はコロナの問題が起きてから、安倍政権で重用されてきた、経産省出身の今井尚哉氏(首相秘書官兼補佐官)ら官邸官僚との折り合いが悪いことが表面化した。菅政権になれば、官邸の体制の軸足が経産省から財務省にシフトするという予想がされるのは自然なことだ。

もちろん、事はそう単純なことはないだろうが、菅政権の権力基盤を占う上で2つの指標がある。

まずは目玉のデジタル庁。これをIT政策の推進のためだけと過小評価するのは間違いかもしれない。野村修也氏も指摘するように省庁の仕事を整理し直すための「氷山の一角」だとすると、消費税値上げの前提にしていた「行政改革」が菅政権の一丁目一番地になるのではないか。安倍政権の後期から取り沙汰されていた厚労省などは真っ先に再編の対象になる。

小泉政権との相似形になるのか?

官邸サイト

もう一つたしかなことは、「官邸主導 & 行革」で取り組んだ小泉政権との共通項だ。菅氏は総裁選の今でこそ党内の圧倒的な支持を得ているが、党内では無派閥。15人のガネーシャの会など支持する若手・中堅グループはいるものの、党内基盤は弱い。その小泉氏も政権発足当初は国民の支持に支えられただけで、党内基盤は盤石ではなかった。

小泉首相のときはその代わりに財務省を「地盤」にした。小泉政権の経済政策といえば、成長路線志向の竹中平蔵氏をみな思い浮かべるだろう。

しかし竹中氏は「表」の顔に過ぎなかった。『平成デモクラシー史』にその詳しい有り様が述べられているが、財政規律を重視した中での補正予算の捻出といった、実務上の難しい作業は、当時の武藤敏郎・財務次官らが担い、小泉首相は財務省幹部を「裏」で重用していたのだ。

菅氏が矢野氏を重用するのであれば、新政権は小泉政権と相似形ともいえるが、はたしてどうなるのか。消費税発言騒動は、たった半日のことだったが示唆することは多い。新政権の門出は選挙のことに焦点が集まろうが、何を誰とやるのか、よく見極めていきたい。