保守や革新といった「型枠政治」で思考停止に陥る地方議会

2020年09月22日 06:00

私は毎朝、自宅と事務所の神棚に供えている水を変え、手を合わせ

佐倉市役所に行けば、行きと帰りには必ず、1万有余の戦没者が眠る忠霊塔に頭を下げる。心に浮かぶのは、慰と畏の感興であり、あわせてその日に為した自分の仕事が、よりよい道に続くものであったのか、思いを馳せる。

私は、国防を考えるうえで、自衛隊の存在は必須のものであると考える。また、安倍内閣がとった外交戦略は、総じて正しい方向であり、国際的にも現行憲法下において精いっぱい貢献できたものと考えている。

他方、私は夫婦別姓については極めて自然な流れであろうと思うし、LGBTの権利伸張には、総じて賛成の立場だ。

さて、議員をやっていると、「あなたは革新側だったのですね」とか、「右派なのになぜその議案に賛成するのですか?」という言葉を、時々かけられる。

そんなとき私は、説明の冒頭に必ず「是々非々の立場です」と答えるようにしている。

写真AC:編集部

右派とか左派とか、保守とか革新とか、基礎自治体の事業を検討するうえで、そんなに重要な要素だろうか?それらの型枠があまりに強固なものであったり、そもそも自分たちで会派や政党の枠内に閉じこもってしまう行為は、是と非を仕分け、優先順位をつける作業において、かえって邪魔になる、あるいは思考停止に陥る場合が多いように感じる。

「型枠政治」の典型である二つの事例

先日閉会した佐倉市議会の議案のうち、「型枠政治」の典型事例と思える例を二つ上げる。一つ目は、議員が議会に提出した「意見書」に対する扱いだ。

意見書とは、地方議会が国や県に対して「この事業はこういう風に改正してはどうでしょう?」というように、意見を具申する手段であり、佐倉市の場合は、佐倉市議会の最高規範である議会基本条例で、すべての議員に提出権が認められている。私は、この意見書の効力については特殊な場合を除き極めて懐疑的だが、とにかくそういうことになっている。

(参考)市議会議員が感じる「意見書」の憂鬱(2019年7月23日)

議員が提出する意見書は、いつどの会派や政党が、どういう意見書を出してくるかわからないため、内容が被ることもある。

内容が被っていた場合でも、どちらかに絞らなければならないという規定はないし、同じような意見書が色々な角度から検証されて可決されれば、それだけ多くの効果が期待できる。

さて、佐倉市の9月議会で、二つの「似通った」意見書が提出された。

以下は、佐倉市の最大会派であるさくら会がとりまとめ、文教福祉委員会が可決した意見書。

発議案第1号 国における令和3年度教育予算拡充に関する意見書

一方こちらは、佐倉市の日本共産党が提出した意見書。

発議案第10号 少人数編制を可能とする教員の確保を求める意見書

ともに、教育制度の充実を求める意見書であり、最大会派のものは、教育予算を拡充して、少人数学級の実現を含む包括的な内容を求める内容であり、共産党のそれは、特に少人数学級の実現だけに的を絞った内容だ。

私は、予算の使い道の優先順位として、教育は「非常に高い」位置にあると考えているし、少人数学級を実現することは教育の質を高めるという意見にも賛同しているため、上記二つに賛成した。もし財源のあてがないのであれば、税率を上げてでも実現する価値はあるだろうとすら思っている。

この二つの議案の議決結果は、一つ目の最大会派がとりまとめた内容については「全員一致で可決」され、二つ目の日本共産党が提出したものは「さくら会、自由民主さくら、公明党の全議員17名により否決」された。

内容を読んでいただければわかるが、日本共産党があげた内容にとりわけ妙な記述があるわけではない。とすると、「さくら会、自由民主さくら、公明党の各議員」から、なぜ日本共産党の意見書に反対したのかという理由を聞く必要があるのだが、理由を述べる機会である討論では、本件についてどの議員も沈黙を貫いている。

この行為が、保守が革新に迎合しないとする姿勢の表れだとしたら、そもそも日本共産党と同様の趣旨の意見書を彼らが上げている以上、それは政治政局を市民国民の利益より優先させている振る舞いとなる。

佐倉市議会において特に問題と考えるのは、「さくら会、自由民主さくら、公明党所属17名の議員」が、これまですべての議案において100%同じ賛否行動をとっているという事実である。そこに、「市民に名前を書いてもらって議員になったという気骨」はあるのだろうか?自分の意見の通りに賛否行動をし、意見表明ができないならば、単なる数合わせの駒であろう。

私からすれば、それはもはや「保守」や「革新」という思想信条すら度外視した、「議会の多数を確保し役所に権力をふるうための便宜上の型枠」にしか見えない。

次に反対の事例をあげる。やはり同じ9月議会で上程された、「高齢者外出支援のための公共交通網利用割引制度事業化を求める陳情」に「反対」した議員は、「さくら会、自由民主さくら、公明党」以外では、私一人だった。

本陳情は、実現できれば確かにすばらしい。また選挙で投票する層は、佐倉市でも高齢者が圧倒的に多い。その意味で、こういった陳情に議場で「反対」するのはしんどい決断だ。しかし、佐倉市の現状の財政規律や、検討が進んでいる他の割引政策を勘案した場合、実現は困難な事案だ。

このように、「市民の福祉を支える政策」について、左派系の議員はおおよそ「賛成」の立場をとるが、「どこから予算をねん出するのか」という基本を抑えてから賛否を表明するべきだと考える。

(参考)高齢者外出支援「割引」制度事業化を求める陳情への反対討論(2020年9月14日)

まとめ

つまるところ、特に基礎自治体の議会において、右派とか左派とか、保守とか革新とか、そういうレッテルの中で統一的な議決行為をすることは、本来あるべき議会の姿ではないだろう。

特に「保守」を自任している議員たちが、意見表明をしないで淡々と「数の力」により少数意見の圧殺を繰り返しているという現状は、市民の利益を損ない続けているということを、私は訴え続けたいと思う

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