自殺の連鎖を止めるための14年前の教訓:マスコミは冷静な報道を

愛川 晶

全員のお名前を挙げることは控えたいと思うが、芸能人の方々の自殺が続いている。3月末に志村けんさんが新型コロナウィルス感染により亡くなった時にも大きなショックを受けたが、テレビドラマやバラエティ番組などでよく見かけ、親しみを感じていた俳優さんが突然自ら命を絶つのは、それとは違った喪失感がある。

普段のお人柄を知らないので、私には原因などまるで見当もつかないが、それでも稿を起こそうと思った理由はマスコミの対応に疑問を抱いたからである。

写真AC:編集部

竹内結子さんについては、詳しい報道をまだ見ていないが、7月に亡くなった三浦春馬さんに関する一部週刊誌の記事は目に余り、読んでいて強い怒りを覚えた。

あまり詳しく紹介すると、私も心ない連中に荷担したことになりかねないので、ぼかして書くことにするが、要するに自殺した理由は家庭にあり、「こんなに悲惨な生い立ちだったからですよ」と言わんばかりの内容だったのだ。

死者にもプライバシーはあるはずだし、いくら家庭環境が複雑だといっても、それが自殺の原因かどうかなど他人にはわからない。読者の興味を煽りたいのだろうが、悲しみにくれているご遺族をさらに奈落の底へ突き落とすような行為は非人道的である。

今回の竹内結子さんの死についても、小さなお子さんがいらっしゃったことを取り上げ、「産後うつ」が原因ではないかとの報道がすでに出ているが、それも単なる憶測に過ぎず、マスコミはその点を強調することに慎重にならなければならない。なぜなら、過剰な報道が同じ悩みをもつ女性たちの心理を不安定にする恐れがあるからである。

私は作家業を続けながら38年 4カ月(半端がある理由は定年退職・再雇用後の福島県教育委員会による不当な雇い止め)県立高校の教壇に立ったが、その経験の中で、「自殺の連鎖」としてまず頭に浮かぶのが2006年秋、文部科学省へ送りつけられた「自殺証明書」の一件である。

写真AC:編集部

ご記憶の方も多いだろう。その頃、全国各地の小中学校でいじめを苦にした児童・生徒の自殺が相次いだのだが、その度に亡くなった子供の家へ報道関係者が大挙して押しかけ、父親が遺影の飾られた祭壇の前で涙声で学校の対応を非難する姿などが、連日ワイドショーで大きく取り上げられた。

そんな中、11月6日、文部科学省に差出人不明の封書が届く。開けてみると、入っていたのは「いじめが原因の自殺証明書」と題された文書で「いじめを受けており、8日までに状況が変わらなければ11日に学校で自殺する」と書かれていた。

すぐにマスコミを集めた会見の席が設けられ、当時の伊吹文明文部科学大臣自らがテレビカメラに向かって、「命は一つしかない」と投函者への呼びかけを行った。そこから猛烈な報道合戦が始まり、特に消印から可能性が高いと判断された東京都豊島区などではすべての学校で厳戒態勢が取られたのだが、結局、予告された11日に自殺した生徒は日本中で誰もいなかった。

しかし、問題はここからで、その翌日の11月12日には自殺証明書の送付とはまったく無関係と思われる中学生が大阪と埼玉で自ら命を絶っている。この件に関しては、それ以降、きちんとした検証がなされていないが、マスコミの過剰な報道が危険な方向へ本人の背中を押した可能性、あるいは加害者たちのいじめをかえって助長してしまった可能性さえ考えられる。もし慎重な姿勢での対応がなされていたら、二人とも命を落とさずに済んだと見る人は多い。

当時は本当にとんでもない状況で、今になって思い返してみると、社会全体が理性を失っていた。私は福島市近郊の高校で 2年生のクラスを受け持っていたが、騒動の最中、朝の打ち合わせで教頭から全担任に指示された内容を聞いて、腰を抜かしそうなほど驚いた。

「毎朝、クラスの生徒を観察し、自殺する危険性のある生徒の人数を 2校時目の休み時間までに報告せよ」

朝のショートホームルームはたった10分間である。出席も取らなければならないし、さまざまな連絡もある。回収する書類や課題がある日も多い。

「自殺する生徒には必ず前兆となるサインがある。それを担任が見逃さなければ予防できる」というのが福島県教育委員会の見解だったが、教壇の上からクラスを見渡したくらいで、サインなんか発見できるわけがない。早い話が、担任に対する露骨な脅迫だ。各学年とも猛烈な緊張状態に陥り、それはばかばかしい調査が打ち切られるまで続いた。

文部科学省に手紙を送った可能性の低い地域の、しかも高校でこの騒ぎである。どう考えても正気の沙汰ではない。2年前、突然雇い止めに遭った時、福島県教育委員会の異常さに呆れたが、どうやらそれは体質的なものだったらしい。

しかし、元を正せば原因はマスコミの過剰報道にあり、もし自殺者が出れば格好の餌食となるから、何とかそういう事態を避けたいという思いが生んだ迷走であることは明らかだ。14年前の悲劇を繰り返さないよう、今度こそマスコミには冷静な報道を望みたい。


編集部より:著名人の自殺に関する報道は社会的影響力が大きいことに鑑み、厚生労働省では悩みを抱えている方に次の相談窓口を案内しています。