富山知事選「準備疑惑」読売はなぜ特オチしたのか?

2020年10月11日 06:02

富山県知事選(25日投開票)は8日に告示され、初めての週末を迎えた。新人の前日本海ガス社長、新田八朗氏(自民の一部、維新支援)、NGO代表の川渕映子氏(共産、社民支援)、現職の石井隆一氏(自民、公明推薦)の3人=届け出順=が立候補しているが、事実上、石井、新田両陣営による激しい争いが展開されている。

半世紀ぶりの「保守分裂」選挙という話題性もさることながら、告示直前には、石井氏の選挙用の資料づくりに、県の職員が関与していた「選挙準備疑惑」をアゴラが特報したことで、異例の注目をさらに集めつつある。(アゴラ編集長   新田 哲史)

左から新田氏、川淵氏、石井氏(陣営SNSより)

朝日が「アゴラ」と明記…各社も「疑惑」を報じた背景

ある地元メディアの記者は疑惑について「(本来は)自分たちが報じなければならない」と悔しさをにじませつつ、「選挙戦に影響を与える可能性は高いのでは」と見ている。その一方で、「告示後なら報じることはなかっただろう」とも打ち明ける。

選挙戦に入ってしまえば、放送局は放送法4条の政治的公平性を意識せざるを得ない。各候補者を取り上げる際には放送時間の尺や画角なども選挙中は厳格に平等化する。

一方、新聞や雑誌については公選法148条で「報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない」としながらも、「表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」とクギを刺されている。スポーツ紙や雑誌はまだしも、記者クラブに加盟する一般紙は「公正」に配慮したトーンで、特定の候補者が有利、不利にならないように自主規制しているのが実態だ。

アゴラの記事を引用する富山テレビの7日のニュース

今回アゴラがスクープした文書作成の問題は、石井知事が掲載日の夜に記者会見に応じ、また文書に名前が出ていた職員が作成を認めたこともあり、地元メディアだけでなく、NHKや共同通信などの大手メディアも後追いで報道した。

近年、ネットメディアが先駆けた場合に新聞やテレビがソースを書かない事例がしばしば問題になるが、アゴラを敵視しているはずの朝日新聞ですら翌日朝刊で「文書の存在は、言論サイト「アゴラ」が報じた。」と明記。北日本新聞も紹介し、テレビでは北日本放送(日本テレビ系)、富山テレビ(フジテレビ系)が夜のニュースでアゴラの当該記事を画面引用しながら報じた。

一方、NHKや共同通信(毎日新聞にも掲載)、地元紙の富山新聞は「石井知事が記者会見で明らかにした」といった形にして出所をごまかしていた。ただ、それでも全く掲載しなかった社よりはマシかもしれない。

謎が深まる読売の「特オチ」

「選挙準備疑惑」が掲載されなかった7日の読売富山版

問題は日本最大部数を誇り、富山県内では地元紙に次いで2番手のシェアを誇る読売新聞だ。記者は石井知事の記者会見には行っていたはずだが、翌日の富山版には1行も掲載されなかった

読売が週刊誌やネットメディアに先行された報道を追いかけないのは珍しくないが、今回はいくつか不審点が残る。石井知事が記者会見しており、毎日などと同じくその発言に乗っかる形で報じることはできたはずだった。

また、筆者が読売時代に在籍していたときの経験からしても、地方支局を統括する地方部では、他社先行の報道の扱いについて「NHKに報じられるかどうか」も実質的な基準にしていた。

今回、NHKは当夜のローカルニュースで報道しており、仮に現場記者が黙殺しようとしてもニュースチェックをしている支局長やデスクが何も反応しなかったのだろうか。

実は筆者は富山に常駐できないこともあって、古巣に「託す」意味も込めて支局を訪問し、県政担当の若い記者に取材で入手した資料のコピーを一部提供した。もちろん、OBからとは言え、読売新聞として裏付けを取らずに報道できないことは百も承知だが、参考の一助になればと思った次第だった。

しかし、そんな思いは、はかなかった。知事本人が記者会見し、追いかけ報道の「NHK基準」にも該当し、すでに他社も複数続々と報道している中で「黙殺」したのは、私も記憶にない異常事態だ。

正力を輩出:富山は読売にとって「特別な地」

読売新聞にとって富山は特別な地だ。戦前、戦後に社長を務め、のちに最大手紙に飛躍する基盤を整えた「大正力」こと、正力松太郎(1885〜1969)が枇杷首村(現射水市)の出身だ。

「正力家」発祥の地とあって読売は経営でも富山を重視し、1961年には出身地に程近い高岡市に北陸支社を配置し、現地印刷をはじめた。販売店は地元紙の強力な地盤を切り崩し、本社も巨人戦の興業を定期的に行って販売を支援。富山の全国紙では突出した体制で、およそ半分のシェアを占める北日本新聞に次ぐ「県内第二紙」の地位を確保した。

正力松太郎(Wikipedia)、石井知事(公式サイト)

考えてみれば石井知事は正力の“系譜”を受け継いでいる。正力は読売新聞の経営を手掛ける前は内務官僚であり、石井氏は内務省の流れを汲む自治省(現総務省)出身。厳密に言うと、石井氏は自治税務局長などを歴任した地方行政畑で、警察畑(現在の警察庁部門)だった正力と歩みは異なるものの、内務省DNAは受け継いでいる。

朝日新聞を愛読する左派からすると、読売が報じなかったことについて「正力の“後輩”である石井知事に忖度しているのではないか」などと陰謀論をたくましくしてしまうかもしれないが、それはただの邪推だろう。

また、富山支局は昨年3月、セクハラ(参照:朝日新聞)、同年10月にはコメントのねつ造(参照:時事通信)といった不祥事が相次いだが、そういうときこそ現場は奮起しているものだ。

誤解のないように付け加えると、筆者は読売新聞に育ててもらった恩義を今でも感じているし(だからこそ資料を提供した)、原発、プロ野球、プロサッカーを日本に導入した、正力の先見の明には心から敬服している。

アゴラには初報のあとも県職員からの情報提供が相次いでいる。選挙結果にかかわらず、捜査当局の動きによっては「延長戦」の可能性もあるだろう。ある地元メディアの記者は筆者とも情報交換しながら精力的に取材をしている。どうか富山支局の皆さんには、彼らの地を這う努力に負けることなく、「大正力」の名に恥じぬ健筆を期待したい。

アゴラ編集部では富山県庁職員の方の情報提供をお待ちしています。アゴラ編集部(agorajapan@gmail.com)あてにお送りください。折り返し取材をお願いする場合もありますが、秘密は厳守いたします。

なお一連の報道は特定の候補者を応援または攻撃する意図ではなく、自主規制された選挙報道に一石を投じ、有権者の判断材料にしていただくものです。

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