ウイルス学者ドロステン教授の警告

2020年10月14日 11:30

人は自分が心の中で考えたり、願ったりしている内容を他者が語ってくれれば少ながらず満足を感じるが、そうではない場合、多くの人は語る人に対し、戸惑いと共に強い反発が生まれてくるものだ。旧約聖書「エレミヤ書」を読んでいて、そのように痛感するが、ひょっとしたら新型コロナウイルスの感染問題では感染症専門家やウイルス学専門家も同じように感じているのではないだろうか。

すなわち、新型コロナ感染を防止するために最低限、マスクの着用、ソーシャルコンタクトの制限、ディスタンスの維持などの感染防止策をキープし、必要ならばロックダウン(都市封鎖)を実施すべきだと考えていても、それをメディアに繰り返し語ると、多くの国民から反発を受けるケースが出てくる。

▲新型コロナ感染問題でドイツで最も注目されるウイルス学者、ドロステン教授(ドイツ・シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所公式サイトから)

▲新型コロナ感染問題でドイツで最も注目されるウイルス学者、ドロステン教授(ドイツ・シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所公式サイトから)

ドイツのシャリテ・ベルリン医科大学のウイルス学研究所所長クリスティアン・ドロステン教授(Christian Drosten)は新型コロナ問題が大きなテーマとなって以来、毎日、北ドイツ放送(NDR)のポッドキャストで情報を発信し、ドイツ国内で人気を集め、国内外のメディアから最も多くのインタビューを受けてきた専門家だ。同教授(48)は2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の世界的な権威者だ。

同教授はメディアには正直に自身の考えを吐露するが、その発言内容が大きく報道される度に、国民の一部から「新型コロナ規制は必要ではない」「教授は国民に恐怖を与えているだけだ」といった反発や批判を受けてきた。時には「これ以上、発言すると許さないぞ」といった脅迫メールが届くようになった。

学校の子供を持つ父親でもある教授はウイルス学の専門家としての自分の考えを語っただけだが、新型コロナ感染の規制で疲れ切った国民から「感染病の恐怖をばら撒く危険人物」と受けとられ出している。

教授は、「自分はウイルス学の専門家だ。他の問題には答えることは出来ない」と述べる一方、9月開催された世界保健会議では、「ドイツでも他の欧州のように感染が急増する危険がある」と警告し、新型コロナ感染の鎮静化を願ってきたドイツ国民の心を混乱させてしまった、といった具合だ。ちなみに、10月13日午前8時現在(現地時間)、ドイツの新型コロナ感染者数は33万2850人、回復者数27万9500人、死者数9640人。

今年3月から4月にかけ、新型コロナウイルスが国内で感染を広め、イタリアやフランスで猛威を振るっていた時、ドイツの国立感染症研究所「 ロベルト・コッホ感染研究所」(RKI)は新型コロナ感染の恐ろしさを過小評価していたが、ドロステン教授は、「新型コロナは危険だ」といち早く警告を発した。

最終的にはRKIも同教授の警告を受け入れる形で新型コロナ感染の危険性を訴えだした経緯がある。そのため、多くのメディア関係者からインタビューを受ける機会が増えた。教授は政治家ではないので、専門家として意見を率直に語り、国民には最大限の感染防止の規制を要求するから、国民の中に反発も出てくる、といったサイクルだ。

ドロステン教授は最近、ドイチェン・ヴェレ(Deutschen Welle)とのインタビューで、「新型コロナのワクチンが出来たとしても、国民はマスクを着けるべきだ」と述べ、注目されている。同教授によると、「ドイツ国民の感染者は他の欧州より少ないから、免疫保持者が少ない。だから、ワクチンが出来ても来年末まで国民はマスクを着けるべきだ」というのだ。

明日にでもワクチンができ、マスクを捨て自由に外出できることを願っている多くの国民から、拒絶反応が出てきても当然かもしれない。また、教授は、「子供たちも感染の危険がある」と指摘し、学校に通う子供をもつ親たちにショックを与えている。

ドロステン教授は先述した旧約時代の預言者エレミヤ(紀元前626~586活動)に似ている。異教の神を信じる南ユダの王に神からのメッセージを伝えるが、当時のユダヤ人は聞く耳を持たなかった。北イスラエルはアッシリアに滅ぼされた。その後、南ユダも異郷の神に溺れ神の戒めを守らなかった。その時、エレミヤは、神が語る言葉を伝え警告を発する。

カルデヤの軍が襲撃し街は焼かれ、人々は殺され、跡形もなくなる。もしバビロンの王の司達に降伏すれば助かり、街は焼かれないと主が言われた、と伝える。それに反発した王の家来たちは エレミヤは兵士と民の心を弱くして、民の安泰を求めず、災いを求めているとして、彼を殺すように王に嘆願するといった話だ(「エレミヤ書」38章)。

イエスがエルサレムに入り、福音を述べ伝えようとすると、イエスを知っているユダヤ人から、「彼は大工ヨゼフの息子だ。その息子がキリストであるはずがない」として、偽りを伝える危険人物と受け取られた。その時、「エルサレムよ、エルサレムよ」という有名な嘆きがイエスの口から飛び出したわけだ。ユダヤ民族は過去、多くの預言者を迫害してきた。

なぜならば、彼らが神のメッセージを伝え、悪行から離れるように警告を発したからだ。ドロスデン教授が“現代のエレミヤ”とはいわないが、多くの国民から嫌われる警告を発せざるを得ない使命を担っているわけだ(「『預言者』は故郷では歓迎されない」2018年1月18日参考)。

新型コロナは今、欧州全土で再び猛威を振るっている。第1波で感染防止に成功したチェコでは外でもマスクの着用を国民に要求。バビシュ首相は、「新型コロナの感染は狂ったように広がってきた」と表現していたほどだ。

チェコと同様、第1波では感染防止にいち早く成功したイスラエルは先月18日から最短でも3週間の第2のロックダウンを実施中だ。欧州各国も状況は同じだが、「新たにロックダウンを出すことは絶対できない」という思いが強い。第2波のロックダウンを実施すれば、国民経済は崩壊するという危機感があるからだ。

オーストリアのクルツ首相は、「再びロックダウンをする考えはない」と強調し、国民の懸念を払しょくする。その一方、国全土のロックダウンはできないが、「地域ロックダウン」、「ミニ・ロックダウン」といった表現が聞かれだした。国民経済の活動をキープしながら、新型コロナの感染防止のため新規感染者が急増する地域へのポイント攻撃というわけだ。

話をドロステン教授に戻す。教授はあくまでも専門家の立場で考えを述べているのであり、その意見は正論が多いが、政治家はそれをそのまま適応は出来ない状況下にいる。国民経済活動を続行する一方、最大限の感染防止を実施する以外に他の選択肢がないからだ。

ただし、教授の警告を無視することは出来ない。相手は最大直径200ナノメートル(nm)のウイルスだけに、油断はできないからだ。それを知っている教授は、砂漠で悔い改めよと叫び続けた洗礼ヨハネのように、「新型コロナには気をつけろ」と叫び続ける以外に他の選択肢がないのだろう。その意味で、預言者エレミヤの運命に似ている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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