独の少女像 〜「憎悪」は新型コロナウイルスより怖い

長谷川 良

人間の記憶は脳の海馬が担当している。その人間の海馬も年を取るにつれ次第に機能を低下させ、認知症に陥る人も出てくる。マインド・パレスと呼ばれる海馬の機能はまだ完全には解明されていないが、人間の記憶は非常に選択的に機能していることに気が付く。

在独の韓国人団体が先月ベルリン市内で従軍慰安婦を象徴した少女像を設置した件を見ていると、「人間は考える葦」というより、「人間は記憶を選択しながら生きている存在」という思いが湧いてくる。都合の悪いことは忘れ、自分にプラスとなる出来事は絶対に忘れないばかりか、肥大化する傾向があるのだ。

(Wikipediaから)

(Wikipediaから)

事の経過を日韓メディアから簡単にまとめる。

①在ベルリンの韓国人団体「韓国協会」(Korea Verband)は先月28日、ベルリン市ミッテ区で少女像を設置した。韓国側は過去、ドイツでは2体の少女像を設置しているが、全ては韓国人所有の私有地だった。今度はベルリン市ミッテ区のビルケン通りとブレマー通りが交差するれっきとした公道で、先月28日に除幕式が開かれた(「独で見られる反日傾向と『少女像』」2020年9月30日参考)。

②ベルリンの公道で少女像が設置されたことが伝わると、加藤勝信官房長官は「極めて遺憾」と表明。茂木敏充外相は今月1日、ハイコ・マース独外相との電話会談で、少女像の撤去を要請。ドイツ日刊ターゲスツァイトゥング(Taz)が7日報じたところによると、在独日本大使館はベルリン州上院に少女像に関する背景と立場を伝え、少女像の撤去を要求した。

③ベルリンのミッテ区当局は7日、在独日本大使館からの撤去要請などを受け、韓国側に今月14日までに像の撤去を指示する公文書を送る。その理由は、韓国側が少女像にある碑文を区当局側に事前に報告していなかったこと、そのうえ碑文には第2次世界大戦当時、旧日本軍がアジア・太平洋全域で女性たちを性奴隷として強制的に連行していたなどの一方的な歴史観が明記されていたことだ。ドイツ側は「わが国に日韓の懸案を持ち込んで公共の安全を脅かすことは許せない」と説明している。

ちなみに、少女像が設置された後、撤去されたケースとしては、2018年12月28日、フィリピン・ラグナ州サンペドロ市に設置された「平和の少女像」がその2日後の同月30日に撤去されたことがある。

④韓国側は行政裁判所に少女像撤去差し止めを申請した。

⑤中央日報によると、シュレーダー元ドイツ首相夫妻は少女像撤去指示に抗議し、ドイツ当局に決定を撤回すべきという趣旨の手紙を11日に伝えた(「訪韓した独前首相の『反日』発言」2017年9月14日参考)。

⑥ミッテ区側は13日、同裁判所の決定まで撤去を延長すると伝達してきた。

⑦韓国メディアによると、ベルリンの現地で撤去反対請願運動が始まった。12日午前11時までに2564人が署名した

次は韓国国内の反応だ。

①韓国の与党「共に民主党」を含む国会議員113人は13日、ベルリンの少女像の撤去要求に対し、ドイツ側に連名で抗議する書簡を在韓独大使館に伝達した。韓国聯合ニュースによれば、書簡は「ドイツ社会が過去を反省し、国際社会において平和実現の先頭に立ってきた努力に真っ向から反する」、「第2次世界大戦の時、旧日本軍による慰安婦被害を受けたアジアの数多くの少女と女性たちの苦痛を記憶し、彼らの30年間の闘争をたたえて世界の所々で続いている武力紛争の下での性暴行被害者に真の平和が実現され、再びこの土地に同じ被害が繰り返されないことを願う」と記述されている。

興味深い点は、同書簡は正義記憶連帯理事長を務め、慰安婦支援運動に携わってきた尹美香議員(共に民主党)が提案したということだ。同議員は慰安婦関連の会計不正疑惑の張本人だ。

ところで、ベルリンの少女像の設置問題で忘れられていることがある。日韓両外相(岸田文雄外相と尹炳世韓国外相=いずれも当時)は2015年12月28日、慰安婦問題の解決で合意に達し、両政府による合意事項の履行を前提に、「この問題が最終的、不可逆的に解決することを確認する」と表明。それを受け、日韓政府がアジア女性基金に日本は10億円の拠出に応じたことで、慰安婦問題は外交上解決済みだという事実だ。

日韓慰安婦合意で両国は、国連や国際社会で同問題をめぐり互いを非難、批判することは控えることになっている。にもかかわらず、文在寅政権はその後、同合意を一方的に無効として、基金は解体したことで問題は再び振り出しに戻ってしまった。

文政権はベルリンの少女像設置問題は民間団体が行ったもので、政府が関与する問題ではないという立場を取っている。韓国国内では「ベルリン問題で日本政府が直接ロビー活動をしているのに、なぜわが国は沈黙しているのか」といった外交部への批判の声が聞かれる。

文政権は日韓合意を破棄する一方、「慰安婦一人一人への真摯な謝罪が欠けた政府間の合意は十分ではない」という立場を取っているが、外交カードの慰安婦問題の幕を閉じたくないだけだ。日韓合意の手前、表立って関与しにくいだけで、ベルリンの少女像設置問題でも「韓国協会」を通じて背後で様々な外交攻勢を仕掛けている。ただし、ドイツ側が日本側の要請を受けて少女像の撤去を要求したとして、韓国側は今後、表舞台に出て、ドイツ政府に圧力を行使してくるだろう。

最初の「記憶」について話を戻す。韓国人は自身のプラスとなる出来事、歴史的事実などを記憶する一方、韓国が日本の指揮のもと米軍と戦争したこと、日韓請求権協定(1965年)で賠償問題は解決済みであることを忘れてしまっている。

記憶力が悪いのではなく、記憶を恣意的に選択しているのだ。歴史的事実を「忘れたい記憶」と「忘れてはならない記憶」に分け、反日活動を国是のように死守しているわけだ。そんな韓国と交渉する時、日本は韓国人の「忘れたい記憶」を指摘し、外交協定や合意を簡単に蹂躙する韓国側の姿勢を国際社会にアピールするべきだろう。

最後に、繰り返しになるが、言わざるを得ない。韓国は海外で少女像を設置することで「女性の権利の保護」をアピールしているように振舞わっているが、実際は「憎悪」を他国に輸出しているのだ。

「憎しみは憎む側をも破壊するがん細胞のようなものだ」と語ったパレスチナ人の医師イゼルディン・アブエライシュ氏の言葉を思いだす。同医師は3人の娘さんをイスラエル軍の攻撃で失ったが、「憎悪は大きな病気だ。それは破壊的な病であり、憎む者の心を破壊し、燃えつくす」と述べ、イスラエルとパレスチナ人の和解のために努力している。韓国よ、「憎悪」という感情を弄んではならない。「憎悪」は新型コロナより恐ろしいウイルスだからだ。(「憎しみは自らを亡ぼす病だ」2014年5月14日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。