集団免疫「グレートバリントン宣言」の是非

長谷川 良

ドイツのウイルス学者たちが所属する「ウイルス学協会」(GfV)は19日、新型コロナウイルスの爆発的感染に対し、従来のコロナ対策の規制を放棄する一方、感染危険者の高齢者、ガン患者、肺疾患者、妊婦たちを一層保護する対応を推進すべきだという「新型コロナ対策の新戦略」を明記した声明文を公表した。

それに対し、同国で著名なウイルス学者ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)らは懸念の声をあげるなど、専門家の間で意見の対立が浮かび上がっている。

▲「集団免疫」に対して懸念するドロステン教授 (ドイツ・シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所公式サイトから)

▲「集団免疫」に対して懸念するドロステン教授 (ドイツ・シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所公式サイトから)

ハイデルベルクに本部を置くGfVの主張は通称、集団免疫(独Herdenimmunitat )と呼ばれている対策で、ウイルスの感染を自然に委ねる。ウイルスの感染者が増加すれば、社会全体の免疫力が高まる。その結果、感染の拡大を防ぎ、ひいては感染危険層をより守ることができるという考えだ。

ドロステン教授ら懸念派は「ウイルスがコントロールを離れ、急増することで、死者が増加する危険がある。そのうえ、感染危険対象は、高齢者以外にも多くのグループがある」と指摘している。例えば、肥満体、糖尿病 ガン、腎臓病疾患、慢性肺疾患、肝臓病、移植後の心臓発作、妊婦期間などの国民も危険グループだという。

さらに、「免疫がいつまで続くのかは不明だ」として、「ワクチンのない状況で集団免疫政策を推進することは非倫理的であり、医学的、社会的、そして経済的にも危険が非常に高い」という主張だ。

以下はドロステン教授のGfVの声明に対する10月19日のツイッター。

Christian Drosten
@c_drosten
Stellungnahme der Gesellschaft fur Virologie
”Mit Sorge nehmen wir zur Kenntnis, dass erneut die Stimmen erstarken, die als Strategie der Pandemiebekampfung auf die naturliche Durchseuchung groser Bevolkerungsteile mit dem Ziel der Herdenimmunitat setzen.”
https://g-f-v.org/node/1358
3:52 nachm. ・ 19. Okt. 2020・Twitter Web App

GfVがその声明文で言及している「グレートバリントン宣言」は、米国と英国の3人の感染症疫学者、公衆衛生科学者、ハーバード大学医学部のマーティン・クールドルフ教授(生物統計学者)、オックスフォード大学の感染症疫学者のスネトラ・グプタ博士、そしてスタンフォード大学のジェイ・バタチャリャ医学博士が10月4日、米国のグレートバリントンで記述し、署名した内容だ。

同宣言では、「私たちは感染症疫学者および公衆衛生科学者として、現行の新型コロナウイルス政策により人々の身体的および精神的健康が害されることを深刻に懸念している。ここに、『集中的保護 (Focused Protection)』という手法を提言する。 現行のロックダウン政策は、短期的および長期的公衆衛生に破滅的影響を与える。その結果として(ごく一部の例を挙げれば)、子供の予防接種率の低下、心疾患アウトカムの悪化、がん検診の減少、および精神衛生の悪化などがあり、以後何年にもわたり超過死亡率が上昇し、労働者階級や社会の若者たちが最も重い負担を負うことになる。学生たちを学校に行かせないのは重大な不正義である。ワクチンが利用できるようになるまで、これらの政策を実施し続ければ、修復不能な損害となり、貧しい人々が不平等に被害を受ける」と述べている。

その上で、「人々の間で免疫がつくにつれ、ウイルスに対する弱者も含め社会全体の感染リスクは下がる。すべての集団において、最終的には集団免疫を獲得する(つまり新規感染率が安定する時期に到る)ことは周知のことであり、これはワクチンにより補うことができる(ワクチンに頼るのではない)。集団免疫を獲得するまでの間、死亡率と社会的損害を最小限にすることを目標にすべきだ。

集団免疫を獲得する利点と欠点のバランスをとる最も思慮深い方法としては、死亡リスクが低い人々には普段の生活を許し、自然感染を通してウイルスに対する免疫を獲得するようにし、一方リスクが最も高い人々は保護するのがよい。私たちは、これを『集中的保護』と呼ぶ」という(同宣言全文はGreat Barrington Declarationで入手可能)。

夏季休暇が過ぎると、予想されたことだが、欧州全土で新型コロナウイルスの新規感染者が急増してきた。感染者数の増加では3月、4月よりも多いが、幸い死者数は少ない。ただし、フランスやチェコなどでは医療機関への負担が拡大し、集中治療用ベッド数の限界(医療崩壊)に近づいてきている。

新型コロナウイルスの感染者が急増しているチェコの首都プラハで18日、政府の対コロナ規制に反対する数千人のデモ隊と警察が衝突し、警官20人近くが負傷した。ドイツのメルケル首相は国民に向け、新型コロナ規制の遵守を呼びかけ、「どうか不要不急の外出は控え、自宅に留まってほしい」と異例のアピール。オーストリアのクルツ首相も同日の記者会見で「状況は深刻だ」と述べ、国民に連帯と責任を求めている。

第1波ではイタリアを始めロックダウン(都市封鎖)を実施したが、第2波を迎えている欧州各国では地域的ロックダウンやミニロックダウンを実施する一方、国全土を対象としてのロックダウンは可能な限り回避するというのが基本方針だ。ワクチンが出来て、全ての国民に供給できるまでには半年はかかるだろうから、新型コロナ対策の規制強化とその実施を推進し、ワクチンが出来るまで時間稼ぎをするというわけだ。

ちなみに、欧州では北欧のスウェーデンはロックダウンを実施せずに、マスクの着用も拒否してきた。同国では感染初期、高齢者対策の欠如で多くの死者が出たことで「同国の新型コロナ対策は失敗した」といわれたが、ここにきて死者数は減少している。一方、スウェーデンと同様、規制には懐疑的だった英国は世論の圧力もあって方針を変え、規制の強化に乗り出している。

欧州では新型コロナ対策では成功している国といわれてきたドイツでもGfVがここにきていち早く「グレートバリントン宣言」を支持する一方、新型コロナ規制の徹底を主張してきたウイルス学者の間で「集団免疫」論の危険性を指摘する声が高まるなど、専門家たちの間で活発な議論が起きてきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。