スピーチライター不在の首相演説の功罪

2020年10月28日 06:00

予算書型の実務家で通せるか

初の所信表明演説を行う菅首相(官邸サイトより:編集部)

菅新首相の所信表明演説がありました。私が「おやっ」と思ったのは「特定のスピーチライターを置かず、首相の関心の高いテーマを各省から集めて、官房副長官が作成した」という記事(読売)です。

だから「個別政策を短い行数で並べる形になった。菅首相は一つ一つの仕事に真面目に取り組む姿勢を示すことが重要だと、周囲に指示した」(読売)そうです。グランドデザインがないのはそのためです。

主要国の政治指導者で、スピーチライターを置いていない指導者はいないと言われる時代です。国民にインパクトを与える政治理念、国家目標を分かりやすい表現で伝えるには、草稿を書くプロが求められています。菅首相は「そんな者はいらない」でずっと通すのでしょうか。

安倍首相当時は、雑誌記者、外務省報道官、大学教授などの経歴を持つ民間人(谷口智彦氏)をスピーチライターとして起用しました。施政方針演説、東京五輪の招致演説、国連演説などを手掛けました。

「Buy  My Abenomics」(経済政策)、「Under Control」(福島原発事故)などのフレーズを考え出したそうです。

民主党政権も、各首相はスピーチライターを使っていました。鳩山首相が腹案もなく「普天間基地は国外に移転」と口走りました。基地移転は迷走状態に陥るなどして、民主党政権はつぶれました。ですからスピーチライターがいても、それを生せるかどうかは首相本人次第です。

スピーチライターを重視しているのが米大統領でしょう。ケネディ、オバマ氏の大統領就任演説を起草したのは著名なライターで、格調高い演説といわれました。傍若無人の発言を続けるトランプ氏にもいます。

菅氏の場合は、国内向けだけならば、実務型演説で通せるのかもしれません。でもどうでしょうか。外交・安全保障、温暖化対策(グリーン社会の実現)などは、日本の発信力を強めるチャンスですから、今回のように「短冊束ねたような」表現で片づけるのはもったいない。

今回の「短冊型」演説では、段落の結語に「・・・まいります」が10何か所以上も使われました。ついで「・・進めます」、さらに二つを結びつけた「・・進めてまいります」が目立ちます。単調すぎる。

菅首相の口ぐせである「自助・共助・公助」は、英訳したらどうなるか。英語にしても国際的なメッセージになるようなスピーチを書くには、スピーチライターは不可欠な補佐役でしょう。

安倍政権では「一億総活躍」だの、「全世代型社会保障」だの、「希望出生率1・8」だの、スローガンが乱発されました。実現が難しくなると、検証ぜずに、看板だけを掛けかえました。それを見てきた菅首相は、安倍氏との違いを際出せようと、腐心したに違いありません。

その結果、「日本経済の構造を変えるには、小粒すぎる。個別すぎて規制改革の全体像がみえない。グランドデザインがない。国際的にも通じる理念が示されていない」という識者らからの指摘が聞かれます。

演説の締めくくりにある「国民のため働く内閣」は、当然すぎて物足りません。国際的にも、新政権にはメッセージ性がないとみられます。

私はまず「財政金融政策が泥沼につかっており、その出口をどうするか」を聞きたかった。カネのかかる政策を次々に並べるなら、その財源をどう手当てするのかが問題なのに、菅演説は全く触れない。

先進国の債務は第二次世界大戦時を越え、史上最悪(GDP比で125%)。その中でも群を抜いて最悪なのは日本(同200%)です。中央銀行はこれまた金融の超緩和で、出口がない。「コロナ不況というのに、株価はバブル再燃の気配」という矛盾をどう考えるのか。

「今はコロナ対策を先行せざるを得ない」というのなら、例えば「財政規律のために、コロナ対応の支出を特別勘定にして、別勘定にする必要がある」(佐藤・一橋大教授)などの工夫が必要です。

財政学者からは「国会に行財政を監視する独立の監視機関を作る」という提案が聞かれます。先進国の集まりであるOECD加盟国で、こうした機関がないのは日本でだけという。短冊ばかりで総合的な視点がないのです。

中間層が疲弊し、所得・資産格差が拡大しています。日本ばかりでなく、世界共通の悩みで、それが経済の停滞を招いています。その中間層の復活が最重要だという問題意識が感じられません。

日本もようやく「50年に温室効果ガス排出をゼロ」の目標を掲げました。実際には、実現不可能とされます。それでも50年目標はあるほうがまだよい。問題はそこに至るには、産業、社会構造の転換が必要なのに、それこそ、その各論がない。

梶山経済産業相は「年末までに実行計画を策定する」と、明言しました。年末までに策定できるほど、簡単な作業ではない。「短冊型」の取り組みで手に負える話ではありません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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中村 仁
ジャーナリスト、元読売新聞記者

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