若者の政権支持率の高さは彼らに有利な政策が理由

2020年10月28日 19:00

安倍政権に対するのと同様に菅政権への若者の支持率が高いようだ。これについて偽リベラルの人々は理解できないようだが、私は極めて単純で安倍・菅政権の政策が野党に比べて若者に有利なものだと思う。それが分かってないと野党や自称リベラル系マスコミになんの未来への展望も開けまい。

官邸サイト

ともかく、左派は既得権益保護、世代間格差維持、日本の国際的な将来に鈍感な政策から脱却できない。安倍政権がそれよりは前向きに改革に取り組んできたし、菅内閣も同じ姿勢を示している。

たとえば、雇用を流動化させ、消費税を上げ、中国や韓国を警戒することは中年以上は嫌だろうが若い世代の利益に資することは当たり前なのだ。

消費税を引き上げとか引き下げないとかいうことについても、財政赤字を将来の世代につけ回しし、福祉制度を脆弱にしたら困るのは若い世代なのだから、仕方ないと受け止めている人が多い。

デジタル化だって野党はIT弱者の高齢者のことばかり考えて後ろ向きだ。プライバシーも若い人は異質なものへの差別が減っているということもあって中高年ほど神経質ではなくなっているように見える。携帯電話料金の引き下げが若者にアピールするのも当たり前だ。

高齢者対策に過度に偏っていた福祉制度を子育て対策重点にするのにも、安倍内閣はかなり成果を上げたが、菅内閣も熱心だ。

外交政策も、日本が戦争を始めるといやだから手足を縛らなくてはならないとか思うのは、中国、韓国、北朝鮮など周辺諸国が弱小であるとなめている中高年の発想だ。

若い人はある意味で彼らを「ダメな国、民族」などと考えるよりは、国力がどんどん充実している怖い国と思っているからそれに備えることが平和だと健全に考えている。中高年の脳天気な平和主義は、実は中朝韓に対する侮蔑の裏返しだと思うのであって、若い人の彼らへの警戒感の方が中朝韓への正当な評価の裏返しではないか。

官邸サイトより

私は安倍内閣の外交・防衛政策は絶賛する一方、アベノミクスとか経済政策はこれまでの何代かの内閣よりはかなりベターだと思うが絶賛はしていない。しかし、世代間格差の拡大に歯止めをかけて是正したことはかなり高く評価しているし、それを若者世代も評価しているのだと思う。

ところで『なぜ若者は、安倍晋三に続いて「菅義偉も」支持するのか 彼らが自民党政権に親和的な「真の理由」』と題した、御田寺圭さんの評論(現代ビジネス)を見て面白いと思った。

ここでは、朝日新聞GLOBE+『なぜ若者の政権支持率は高いのか 学生との対話で見えた、独特の政治感覚』(2020年9月30日)掲載の次のような記事が紹介されている。

駒沢大学法学部の山崎望教授は、2017年後期のゼミを振り返って言う。「学生たちに『共感』というか、ああ、そう考えちゃうよねと腑に落ちました」

当時、世間を騒がせていた森友・加計学園の問題を議論した。安倍政権を肯定する意見がゼミ生25人の7割を占めた。 「何政権であろうと、民主主義国家としてよくないのでは? 私がそう水を向けると、彼らはきょとんとした顔でこう言うんです。『そもそも、総理大臣に反対意見を言うのは、どうなのか』って」

…(略)…「「理屈ではなく感覚なんです。安定に浸っていたい、多数派からはじかれて少数派になりたくない。そんな恐怖が少数派は罪という考えまで至るのではないでしょうか」

これについて、御田寺氏は、この朝日新聞の記事には疑問を投げかけて、

(若者たちは)とくに確たる根拠や信念があるわけではないが、ただ少数派になるのを嫌がり、付和雷同的に支持している」わけではない。彼らがそのような態度を見せるのは、どちらかといえば「放っておいてほしい」からではないだろうか。

と述べて、

若者たちは、自分や自分の身内による自助努力と自力救済とを重視して成功を望む。だが自分たちだけで完結させようとするのではなく、自らの属する共同体でその繁栄を継承しようとしているのだ。

彼らは自由主義や個人主義を当然のように享受しこれを肯定しているが、しかし最終的には地元を愛し、仲間を愛し、そして後輩や家族に自分たちの成功を引き継いでもらいたいと願う共同体主義をも折衷している。それは、かつて地方の商店や中小企業がつくってきた地域社会の形と相似形であり、まさしく自民党の支持基盤、自民党を支持する心性と重なり合っている。

これは政治的な安定を志向しているというよりも、むしろ「政治から自分たちに対する干渉を最小限に留めたい」というインセンティブに基づいていることを強調しておきたい。

などと論じている。。

そして、

(若者たちは)かりに総理大臣やその周囲の人物がスキャンダルにまみれていようが、とにかく自分たちに累を及ぼすようなことはくれぐれも慎んでもらえれば、政権の椅子に座っているのは、安倍だろうが菅だろうがあるいは他のだれであろうがかまわない

からモリカケなどにたいして興味を持たないとしている。

しかし、これも違うと思う。

モリカケにしろサクラにしろ、もし、それが全部、本当だとしても過去の政治家が経済社会をゆがめるほど私腹をこやしたり、民主党政権のように政権を取り維持するために将来に禍根を残すほどのばらまきを反対を押し切ってやってきたのに比べてはるかにベターだから問題にしていないだけである。

モリカケにしろサクラにせよプチ・スキャンダルかもしれないが、いずれもたいした話でない。少しどうかと思うのは、過度に隠そうとしたとか説明不足とか、軽くごめんなさいとといえばいいものをいわなかったことくらいで、それで政権を倒せるほどの話ではない。

逆にいえば、そういう些事にこだわらざるをえなかったほど、野党の立場から文句いえない政治だったのである。

むしろ不満をいうべきなのは、政策的に大議論になって野党と全面対決になるほど大胆な改革や政治をしなかったことなのだと思う。

私自身は野党が猛反対するような改革をこれからの政権にはしてほしいのであるが。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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