習近平の成長戦略「内循環」が上手くいかない理由

高橋 克己

10月29日に閉幕した中国中央委員会第5回全体会議(5中全会)で、習総書記が「内需拡大と対外経済が相互に作用する発展モデル『2つの循環』を成長戦略の柱に据えた」ことを日経新聞電子版が社説で報じた。「2つの循環」のうち内向発展モデルは「内循環」と称される。

29日に閉幕した中国中央委員会第5回全体会議(中国人民代表大会公式サイトより:編集部)

同社説は、「習政権は軍と民間企業が一体の『軍民融合』を進めており、富国と強軍、科学技術の自立自強といった言葉も目立つ」とも書。日本で喧しい日本学術会議の軍事研究排除論議への、習の当て付けのようにも聞こえる

習は、5中全会に先立つ23日には朝鮮戦争義勇軍派遣70周年の演説で、「中国人民はすでに一つにまとまった。もし怒らせれば、手に負えなくなるだろう」と、当時の毛沢東の言葉を引用し「抗米援朝」のメッセージを米国に発した。

29日の日経別記事、習が「3期目への布石を打った。終わりの見えない米国との長期戦をにらみ、自身に権力を集めて国内の体制固めを急ぐ。内向く大国が強硬姿勢を弱める兆しはない」などと勇ましい。が、「抗米援朝」はまだしも、内循環は果たして「強硬姿勢」なのか。

というのも、ここ半年、中国経済に関する負の報道に事欠かないからだ。5月には李克強首相、「中央政府不要不急の支出を50%以上減らす地方政府も予算を削減せよ」とし、地方幹部に「耐乏生活をする」、「倹約を習慣にするように」と要求していた(7月27日「大紀元」)。

同記事は、上半期の中央政府の収入が前年比△14%で、地方の収入も△7.9%となったことや、主要地域の財政収入が前年比で、コロナ発祥の湖北省△38%、広東省△5.8%、江蘇省△2.8%、浙江省△2.6%、大都市も上海市△12.2%、北京市△11%と、軒並み落ち込んだとしている。

だからか、中央政府は不満分子に備えた治安維持には熱心で、各地方政府に国民を監視し各地の住民の抗議活動を鎮圧する「社会安定維持費」の確保を要求しているとし、地域によって警官一人当たり5万元(約76万円)から3万元(約45万円)を支給するともしている。

ブルームバーグは9月25日、不動産大手の恒大集団が債務不履行の可能性について中国当局に警告し、同社が求める深圳上場を当局が認めなければ、中国の50兆ドル(約5274兆円)規模の金融システムが動揺する恐れがあるとしていると報じた。

後に恒大集団は上場している香港で新株を発行、43億香港ドルを調達したが、計画より規模だったようだ(10月14日ブルームバーグ)。また中国4大銀行(中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行)が資金不足のため預金引き出しを厳格化したとの報もある。

10月5日の大紀元は、米格付け大手S&Pが8月25日、中国の4大国有銀行は19年末時点で、TLAC規制が求める基準と比べ、2兆2500億元(約35兆円)の資金が不足していると指摘したと報じた。(TLAC規制・・Total Loss‐Absorbing Capacity。重要な国際銀行の経営破綻に際し、公的資金注入を回避するため資本や社債の積み増しを求める規制)。

同記事は、金融規制の一環で浙江省と広東省深圳市が10月10日から高額な現金引出の管理措置のテストを開始し、利用客は現金で預金を引き出す前日までに予約が必要となるとした。法人は50万元(約778万円)、個人は30万元(約467万円)以上とされる(深圳市の個人は20万元)。

さて大国の条件として食料とエネルギーの自給が良く挙げられるが、周知のように中国をその両方の多くを輸入に依存している。これが米国から高い関税を払っても大豆やトウモロコシを輸入しなければならない所以だ。

だのに中国は、オーストラリアがコロナで対中強硬姿勢であることに逆上し、大麦や豚肉の輸入を規制する。国民の苦境が頭にないことの証左だが、今年はトウモロコシの主要生産地の東北部3省が旱魃や台風などに見舞われ、17年の安値と比べ約62%も値上がりしているという。

天候要因のほかに、一部でのバッタ被害や、黒龍江省を中心に近年トウモロコシ畑が大幅に減少したことも供給不足につながった(10月21日大紀元)。筆者に60年前の「大躍進」政策の結果としての「大飢饉」を想起させたのはこのニュースだ。

筆者は3月の拙稿「習近平の共産中国は『本卦還りの三つ子』で、「毛沢東の『大躍進』が無理にフルシチョフに張り合って起きた事件なら、習近平がトランプに挑んで起きる事件もあり得よう」と書いた。それが「内循環」政策への転換といえまいか。

毛沢東はスターリンの後を継いだ粗野なフルシチョフを「小馬鹿に」していて、57年12月のモスクワ訪問時に、「東風は西風を圧倒している」、すなわち「資本主義勢力に対して社会主義勢力は圧倒的優位に立っている」との大演説をぶった。

近平も「一帯一路」や「中国製造2025」によって遠からず米国と肩を並べることを公言し、また今次のコロナ禍に際しても、「共産党の指導と中国の特色ある社会主義制度の優位性は明らかだ」と2月23日に嘯(うそぶ)いた。

「大躍進」のポイントを挙げれば、一つは、食堂まで共同化する「人民公社」に農民を狩り出し、農作物の「余剰」を召し上げた。そして毛は「ソ連が国の進歩の度合いを示す唯一の数字」とした「鉄鋼生産量」に取り憑かれた。

前者では「密植」というおよそ非科学的な農法を奨励した。これが招いた大幅な収穫減を糊塗するため、過大な収量を各人民公社が挙って報告し、農民への配給をさらに減らした。この辺りは、黒龍江省を中心としたトウモロコシ畑の大幅減少に何やら似ている。

製鉄フィーバーでは、人民公社の裏庭に小型溶鉱炉「土法高炉」を作り、農民はコークス鉱石溶剤を布袋やモッコで投入した。党の宣伝隊は、家々を回って屑鉄を集め、果ては鍋釜や鋤鍬まで高炉に投入、農作にまで支障を来した(「毛沢東の大飢饉」フランク・ディケーター)。

すべては、毛沢東がフルシチョフと愚かな競い合いをしたことに起因する。そして、この毛の失敗を劉少奇が厳しく非難したことが、後の文化大革命とそこでの劉失脚につながった。

今次のコロナ禍や米中対決、20年の大卒874万人の就職に影響しそうだ。海外から帰国して就職する留学生前年比7割増の80万に上る。うち約29%が米国、26%が英国、13%が豪州の留学者で、その6割以上が修士号か博士号を持つという(9月25日大紀元)。

就職難への対応で、中央政府が大卒者に「軍入隊を奨励」し、「農村部での就職・創業を促している」。文革でも、農村支援の名目1600万の若者が農村や辺境に「下放」された。習も7年間延安に行かされた就職難もデカップリングで待遇の良い外国企業が中国離れしていることが原因

19年のGDP比個人消費は39、米国68%50%代前半の日本やドイツと比べはるかに低い。国民の8割強(11億3千万人)は月収2000元(31600円)以下で、個人消費額は米国15分の1に過ぎない。2億9万人全人口の21%)の農民工の収入減り続けている(10月22日大紀元

この状況下でデカップリングさらに進む。果たしてこの経済をそう容易く好転させられるのだろうか「大躍進」と同様に為政者の失政によって採らざるを得なくなった「内循環」も上手くはゆくまい