「祈る」のはローマ教皇だけではない

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欧州では2日、「死者の日」(Allerseelen9)だ。一部のカトリック教会では祝日だが、当方がお世話になっているオーストリアでは休みではない。ドイツでは2日から部分的ロックダウン(都市封鎖)が施行された。4週間の予定だが、相手が新型コロナウイルス(covid-19)だけに100%確実な予測は元々不可能だ。

隣国オーストリアでは3日から部分的ロックダウンが始まる。急増する新規感染者を抑えるために外出制限(午後8時から午前6時までは条件付)が実施される一方、通常の営業活動はオープンできるが、ホテル業、レストラン、喫茶店は閉鎖される一方、幼稚園、学校は続行され、上級クラスと大学ではオンライン授業となる。それ以外はこれまでの感染規制措置の継続だ。

欧州諸国は11月に増加する新規感染者を抑え、12月末のクリスマスは可能な限り家族と共に祝うことが出来るようにしたいという願いがある。2020年のクリスマスは11月のロックダウンの成果次第というわけだ。その意味で、11月は勝負の月だ。

イスラエルのように第2ロックダウンの結果が直ぐに現れてくればいいが、ロックダウンを実施しても新規感染者数を抑えるまで時間がかかる国も出てくると予想されている。唯々、政治家も国民も「祈る」だけだろう。

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ところで、新型コロナウイルスが欧州に広がって以来、世界のキリスト教会の大本、ローマ・カトリック教会最高指導者、フランシスコ教皇は普段よりも「祈る」機会が増えている。今年4月12日の復活祭(イースター)を思い出してほしい。イタリア北部ロンバルディア州では連日、多数の死者が軍のトラックで他州に運ばれる写真は世界を震撼させた。

今年の復活祭は世界から信者がサンピエトロ広場に集まることなく、サンピエトロ大聖堂内で教皇と数人の代表とだけで記念礼拝が挙行された。信者たちのいない広場で祈るフランシスコ教皇は後日、「何か不気味な静けさ」に恐れすら感じたと述懐している。

ペテロの後継者フランシスコ教皇は復活祭でも祈った。その後も感染拡大が続く新型コロナの消滅のためサンタ・マルタ館の朝拝でも「祈り」を捧げている。しかし、「祈祷」しているのはフランシスコ教皇だけではない。世界の宗教主導者だけでもない。普段は「祈る」ことから遠い立場だった政治家まで祈り出した。

ワクチンが出き、covid-19を克服できるために祈る人々が増えた。その祈りは声を出す「祈り」というより、静かだが深刻な思いを込めた祈りだ。世界は新型コロナを克服できるワクチンの完成のために祈る。子供が欲しいおもちゃを手に入れるために熱心に親にねだるように、祈りが人々の生活の中に戻ってきたのだ。

もちろん、祈らない人もいるだろう。祈りを他力本願と感じ、潔しとしないプライドの高い人はどこの世界でもいる。

しかし、祈りは決して他力本願の表現ではない。自力の限界を感じ、祈らざるを得ない状況に立たない限り、人は祈らないものだ。すなわち、自力の弱さを認めるというプロセスを経過しない限り、人は真剣に祈らない。だから、「弱い人こそ強い」といったパウロの言葉が生まれてくるわけだ。

人間の行動にはエネルギーが伴う。祈りも同様だ。祈るためにはエネルギーが必要であり、祈る対象に向けてエネルギーを集中すれば、数十基の原発が生み出すエネルギーを上回る。「祈りは山をも動かす」という聖句すら現実味を帯びてくる。

そのように考えていくと、新型コロナに対し、人間は強力な武器を所有していることになる。ただ、そのことに気が付かないだけかもしれない。祈りの力を体験で知っているフランシスコ教皇は新型コロナ感染拡大以来、その潜在的武器を行使しているわけだ。

ただし、繰返すが、祈りはローマ教皇の専売特許ではない。全ての人が祈る。キリスト信者やユダヤ教徒、イスラム教徒だけではない。仏教徒も他の宗教の信者たちも祈る。その意味で人は平等だ。困難な時ほど、その祈りのパワーは発揮できるものだ。祈りが自分の為だけではなく、他者の為に祈る時、最も力を発揮するという。祈っている人の姿は美しい。

戦後、最大の試練に直面する世界で全ての人々が祈り出したら、どうなるだろうか。「危機はチャンスでもある」といわれるが、その意味が理解できる。地域、民族、国境を越えて同じ試練に直面するという機会は歴史上でも多くはない、私たちはその貴重な機会に直面している。

21世紀の世界で人類は、初めて、共通の、緊急の試練に直面していることにむしろ感謝しなければならない。この機会を逃してはならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。