トランプ再選をアシストする薄熙来の娘(澁谷 司)

アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

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8年前に失脚した薄熙来(無期懲役で服役中)には、正妻、谷開来(同)との間に、英米へ留学した薄瓜瓜(薄曠逸)という1人息子がいる。瓜瓜は英オックスフォード大学を卒業後、米ハーバード大学ケネディスクール(公共政策大学院)で修士号を取得した。

だが、薄熙来には、某スター(不詳。馬曉晴か)との間にも、薄甜甜という私生児の娘がいたのである。今まで、甜甜の存在は、ほとんど知られていなかった。薄甜甜は、仮名を鮑嘉琪(Bao Jiaqi)と言い、長年、エネルギー会社の董事長、葉簡明(香港籍。本名は葉建名)の下で働いていた。

一説には、葉は周永康(無期懲役で服役中)の私生児だという。もし、それが本当ならば、昔、周永康と薄熙来が極めて親しかった。だから、その息子と娘が一緒に働いていても不思議ではないだろう。

2002年、葉は、「中国華信能源有限公司」(以下、華信能源)というエネルギーおよび金融コングロマリットである会社を創立している。

チェコのゼマン大統領は、葉簡明を同国の「経済アドバイザー」として招聘した。そこで、葉を介して、同国と中国の親密な関係が築かれた。その後、華信能源は、チェコを中心にヨーロッパで、ビジネスを展開している。

おそらく、その過程で、華信能源は、ウクライナの天然ガス会社「ブリスマ・ホールディングス」との関係を深めたのだろう。最近、米大統領候補、ジョー・バイデンの息子、ハンターとブリスマ社幹部とのメールのやり取りが暴露された。華信能源がハンターに毎年1000万米ドルを献金していたという。

なお、2018年、葉簡明は、中国当局に贈収賄を疑われ、拘束された。同年、華信能源はデフォルトを起こし、今年(2020年)3月、破産している。

さて、昨2019年3月、薄甜甜は、ハンターとブリスマ社幹部との間でやり取りされたメールをバイデン家に送りつけたという。今日まで、問題化されなかったのは、FBIの不作為によるものなのか。それとも、トランプ陣営が「オクトーバー・サプライズ」のため、取っておいたからなのか、定かではない。

では、なぜ、甜甜は以上のような行動を取ったのだろうか。

重慶市トップだった薄熙来失脚の直接的原因は、第1に、2011年11月、妻の谷開来による息子、薄瓜瓜のイギリス人家庭教師、ニール・ヘイウッドの毒殺だった(薄の関与も疑われている)。第2に、翌12年2月、薄の右腕、重慶市公安局長の王立軍が成都市の米領事館へ亡命を求めて逃げ込んだ事件が発覚したためである(王は薄に殺されるのを恐れた)。

当時の胡錦濤政権は、薄熙来が重慶市で一部「文革」を復活させ、また、胡主席外遊の際、薄が軍を動かしたので、不快な思いをしていた。そこで、胡政権は、薄を切り捨てたのである。

習近平主席は、「太子党」最大のライバル、薄熙来失脚で多大な恩恵を受けたのではないか。また、近年、薄は刑務所内で毒を盛られ、身体が衰弱したという噂もある。したがって、薄甜甜にとって、習主席は親の仇であり、上司だった葉簡明の仇でもあった。

周知の如く、習近平政権は党内から激しい突き上げを喰らっている。まず、「新型コロナ」下、中国経済は悪化の一途を辿る(公表された数字は信用できない)。 他方、習政権は、「戦狼外交」を展開し、孤立無援の状況に陥った。

今年に入ってから(1)中国各地で(「新型コロナ」以外の)新たなウイルスの発症、(2)黄河・揚子江流域で広範な水害(当局は、湖北省宜昌市にある三峡ダムを死守しようとして、長江上流と下流のダムを決壊)の発生、(3)バッタによる蝗害等が起きた。そのため、食糧不足さえ懸念されている。

しかし、それだけでは習近平政権は崩壊しないかもしれない。そこで、薄甜甜は、米国の対中圧力を利用しようと考えてもおかしくないだろう。そのため、甜甜は、バイデン候補に不利な情報を流したのではないか。

目下、中国共産党は、トランプ再選を渇望しているかのような作話を世界中に流している。無論、北京政府の本音としては、バイデン候補当選だろう。仮に、バイデンが大統領になれば、オバマ政権時代同様、対中政策はかなり手緩くなるからである。

実は、北京政府は「抗米援朝」を盛んに唱え、国内で反米意識を高めようとしている。ただ、習政権が、いくら米国に対して強硬姿勢を見せても、所詮、ポーズに過ぎないのではないか。共産党内では、特に「太子党」が四分五裂している。このような状況下で、北京が(台湾侵攻を含めて)対外的軍事行動を採るのは極めて難しいだろう。

澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。