トランプ大逆転なるか?「黒人票」が握る意外なカギ

高橋 克己

いよいよ米大統領選の投票が日本時間の3日夜から、東部各州を皮切りに始まった。すでに1億人近くが郵便投票を含む期日前投票を済ませていて、投票率が65%近い高率になるといわれている。勝敗の帰趨は専門家の間でも割れており、最高裁判断になるとする予測もある。

その理由は変数が多過ぎるからだろう。トランプと共和党を軸にした場合の、バイデンと民主党との比較におけるコロナ対策、経済政策、イデオロギー、人種差別、宗教、外交などの問題に加え、トランプの破天荒な性向があり、そこへバイデンの年齢やスキャンダルが加わった。

筆者はここ2年余り、コロナ禍でも一度たりともトランプ勝利に疑いを持ったことがない。が、主に米国の報道や政治メディアを読んでの判断だから、高名な木村太郎氏や藤井厳喜氏の述べるトランプ勝利の理由(これも筆者の情報源の内だが)とほとんど変わるところがない。

Gage Skidmore/flickr

そこで本稿では、筆者がトランプ勝利の原動力となると思う、黒人のトランプ支持票が4年前と比べ大幅に伸びる根拠の一つを紹介したい。それはヘリテージ財団のニュースレター「The Daily Signal」に載った、かつてレーガン政権にも参画したクラレンス・マッキーのインタビューだ。

記事はマッキーがこの7月に上梓した「オバマがどのように黒人の米国を見捨て、そしてトランプがどのようにそれを救っているか:メディアが伝えない汚れた小さな秘密(How Obama Failed Black America and How Trump Is Helping It: The Dirty Little Secret That the Media Won’t Tell You)」という著書のエッセンスを述べている。

筆者は大統領就任当初から、オバマは黒人であるが故にむしろ黒人差別問題を解決できない、と思っていた。並外れて高潔で思慮深い人物か、あるいは逆に低俗で浅慮な人物でない限り、傍からは自らの属する部類の者たちを利するように見える政策はなかなか採り辛いからだ。

例えば自らの家族と他者との間に争い事がある場合に、一定限度の範囲なら、つい自らの家族に自重を求めてしまうことがある。自分のことしか考えない、との非難を受けるのを恐れるからだ。で、オバマは黒人を見捨てた。彼は低俗でも浅慮でもないが、高潔でも思慮深くもなかった。

高潔で思慮深ければ、事の善悪や正邪に従って相手をも巧みに説得するだろう。低俗で浅慮の場合は、事の善悪や正邪に関わらず、身内を擁護して相手をやり込めようとするだろう。

2017年の大統領就任式でトランプ氏と言葉を交わすオバマ氏、バイデン氏(GPA Photo Archive/flickr)

オバマ在任中の8年間、それは副大統領バイデンの8年間でもあったが、黒人差別の問題が如何に置き去りにされ、トランプの4年間でそれが如何に改善されたかの事例が、マッキーの口から語られる。

16年のギャラップの世論では、調査対象の黒人の52%が、オバマは十分にやったとは思っていないと答えたそうだ。オバマがシカゴ市出身なので、2000年以降シカゴの殺人事件がアフガニスタンでの犠牲者を超えた事態を収拾するとマッキーは思ったが、オバマは何もしなかった。

筆者が調べると、CNNが16年のシカゴの殺人事件が762件(前年480件)で19年ぶりの高水準と報じていた(当該記事)。警官に対する襲撃は2倍になった。他方、アフガニスタンでの米兵の死傷者は22200人(死者2200人)との18年の報道がある。シカゴの死者は黒人が大半だったのだろう。

オバマは彼の支持者の黒人は救わなかったが、同性愛者の権利運動を素晴らしいと支持し、中絶を認めるPlanned Parenthood(家族計画)を擁護し、そして不法滞在者も助けた。マッキーは、オバマは黒人を助けることが有益な場合にのみ、レースに参加すべくやって来たと批判する。

オバマの学校対応も酷い。彼は自分の子供を私立学校に通わせながら、教員組合に忖度して、貧しい特に黒人の子供のためにブッシュ・ジュニアが始めた奨学金プログラムの予算をゼロにした。議会共和党が元に戻したものの、オバマはそれに反対した。

この問題は、特に選挙人が29人と多いフロリダで影響が大きかった。この種の細かいところまではなかなか報じられないが、この一つとってもフロリダの黒人のトランプ支持票は大きく増えよう。一部の世論調査ではトランプ支持がバイデンを上回った。

次にフードスタンプ。オバマ時代には1200万人もの黒人が食料配給のスタンプを持っていた。トランプは「仕事と物事を好転させること」で「黒人コミュニティを助けたい」と述べて経済政策を進めた。

バージニア州には「上げ潮がすべての船を持ち上げる(A rising tide lifts all boats)という故事がある。19年8月、黒人の失業率は5.4%の驚異的な低さになり、低賃金、低所得、低スキルの者も上司よりも高い賃金上昇を得た。結果、160万人の黒人がフードスタンプから降りた。

そのエンジンは規制緩和と減税だ。マッキーは、2兆ドル~3兆ドルが(中国その他から)米国に戻ってきて、企業は人を雇うことができるとし、それは非常に重要で、経済は全体の回復の基礎であり、パンデミックがあっても目下はそれが戻っているように見えると述べる。

4年間を振り返って、トランプが黒人コミュニティに与えた最も重要な影響は何か、と問われ、それは「約束についての気遣いと実現」と彼は述べる。他方、オバマの8年間を見ると、民主党は黒人コミュニティに他に何も提供していないのに、選挙で人種差別を持ち出すとする。

大統領選で郵便投票をする黒人の若者(Brothers91/iStock)

刑務所改革も黒人にとって大きい。マッキー本の表紙の実に可愛い黒人の子供3人は、94年の厳格な刑務所法と麻薬法で逮捕された父親を失った家族を代表しているそうだ。トランプは暴力を伴わない麻薬犯罪で有罪判決を受けた囚人を釈放した。何とその93%は黒人男性だった。

次に不法移民問題。オバマの政策は、基本的に移民を開放してキャッチアンドリリースし、国境を開けた。が、トランプは不法移民を厳しく取り締まる。不法移民という、技能が未熟な労働者は黒人の労働市場を圧迫する。トランプの政策を黒人は歓迎すべきなのだ。

そして中絶問題。全米のすべての中絶の3割が黒人という統計がある。その黒人は米国の人口の12%に過ぎない。生存権は非常に重要であり、トランプはおそらく最もプロライフ(中絶合法化反対)の大統領の一人であるという。

ちなみにトランプが指名して最高裁判事になったエイミー・バレットは、先の公聴会で中絶問題について見解を示さなかったが、10月2日のロイターは06年に「ロー対ウェード判決」(中絶合法化判決)を見直す意見広告に彼女が賛同していたと報じた。

最後にアンティファとBLMについてマッキーは、彼らが米国を去ろうとしているのを聞かない、と述べるにとどめている。

こうしてみると目下の米国分断はトランプのせいではなく、オバマがポリティカルコレクトネス的なことを持ち込んで分断を助長した張本人であると知れる。そして今次の米大統領選が、トランプ対オバマの残滓、あるいはトランプ対反トランプであって、バイデンの影が極めて薄いことも判る。

メディアがほとんど報じないこれらの事実を、実は多くの米国民が知っていることを切に祈る。