アメリカ大統領選挙の結果をどう見るか(上)(尾上 定正)

2020年11月11日 06:00

政策提言委員・ハーバード大学アジアセンター・フェロー 尾上 定正

米大統領選挙は7日午前、バイデン前副大統領が接戦州の一つのペンシルベニア州を制し、勝利したと報じられた。開票集計作業は現時点でも続いており選挙結果はまだ確定してないが、バイデン氏は7日夜に勝利演説を行い、民主党と共和党の分断を乗り越えアメリカ合衆国としての融合を訴えた。

バイデン氏ツイッターより(編集部)

一方のトランプ大統領は、7,100万の適正な投票を獲得し勝利したのは自分だとツイッターに投稿、選挙に不正があったとして既に複数の訴訟を起こしており、週明け(9日)から本格的に法廷闘争を行うと明言している。

このような泥仕合を避けるためには、バイデン候補の圧倒的な勝利(Land sliding victory)が必要と言われていた。実際、選挙前の世論調査はそろって7~10ポイントの差をつけてバイデン勝利を予測していたが、現時点での全得票率の差は3ポイント弱に過ぎない。世論調査やメディアの事前予想が大きくはずれたのは前回2016年の大統領選挙と同様であり、同じ失敗を繰り返したことにハーバード大学の専門家や教授達は落胆している。

マサチューセッツ州は圧倒的に民主党支持者が多いので、落胆の理由は世論調査が外れたことよりもすっきりしない選挙結果の方が大きいのだが、それでもバイデン勝利が報じられた7日午後には、車のクラクションを鳴らして喜ぶ若者たちが見られた。投票日以降、大学やシンクタンク等は世論調査の手法やメディアの偏向等の学術的な分析に加え、選挙結果の様々な視点について専門家による討論をオンラインで実施している。これらを踏まえ、断片的かつ暫定的ではあるが、現時点における今回の大統領選挙とその影響についての私的な考察をまとめた。

1 アメリカの民主主義(American Democracy)の危機

選挙当日、米ニューヨークタイムズ紙は“Democracy Reform in America?”というタイトルのオンラインのニュースレターを配信し、民主主義を守るためには民主主義の制度や規則を時代の要請に応じて変えなければならないが、アメリカは現状維持バイアス(Pang of status quo bias)に苦しんでいると主張した。

米国は第2次大戦後の自由で開かれた国際秩序(Liberal Internationalism)を創設し、主導してきた自由民主主義の総本山だが、その米国の民主主義が危機に瀕しているという認識は強い。世界中の80人を超す歴史学者等が署名した「民主主義の光をどう維持するか」という公開書簡(10月31日付)は、「選挙結果にかかわらず、米国の民主主義は我々が承知している通り、危機に瀕している」、「トランプがどういう存在であれ、民主主義への危険は彼の大統領就任とともに訪れたのではなく、11月3日以降もずっと続く」という書き出しで始まる。

実際、総得票数が結果と相違する可能性が有る選挙人団選挙制度(Electoral College)がずっと維持されていること、州ごとに異なる投票や集計方法、上限の無い選挙寄付金、対立候補を誹謗中傷する広告、議会選挙区の区割りの歪み等、米国の現行制度には多くの問題が指摘されている。

下院民主党は2018年の中間選挙直後に続き、本年9月23日にも民主主義制度の改善を目的とするパッケージ法案(the Protecting Our Democracy Act)を提出している。だが、今回の大統領選挙と同時に実施された下院選挙で民主党は過半数を維持すると見られるものの、当初の10~15議席増には遠く及ばず、微増に止まりそうだ(こちらの世論調査も外れた)。

なぜ、民主主義制度の改善が進まないのかとの問いに対する答えは今回の選挙の分析を含め十分な検証が必要だが、ある教授は、縮小する白人マイノリティと宗教原理主義者が既得権益を守るため現行制度を盾としていると指摘している。政権奪還する民主党も社会主義者を自任するサンダース氏や左派の副大統領候補ハリス女史を支持する声は若者を中心に大きく、中道のバイデン大統領確定候補がどの程度民主制度の改善に踏み込めるかは未知数である。

日本を始め西側諸国は、米国の危機を克服する粘り強さ(Resiliency)を信頼してきたし、事実米国は多くの苦難を乗り越え、内外の米国没落予想を覆してきた。今回の選挙はかつてなく高い投票率(67%)と投票数(1億6千万票)を達成したことに、米国民主主義の希望を見る声も多い。

だが、今回の選挙で一層露わになった分断をどのように克服するのか、バイデン次期大統領に負わされた責任と課題は重く大きい。それ以前に、トランプ大統領の法廷闘争の展開と選挙結果の確定、更には1月20日に向けた政権移行という困難な道がまだまだ続く。NYTのレターに、「民主主義の規範の根幹は自己の利益を超えて民主主義のルールを尊重する政治家の存在だが、このことは政治家に明示的に要求されてもいないし、法に書かれてもいない」とある。

詰まるところ、民主主義制度の進化は政治家とその政治家を選択する国民一人一人の民主的価値観の成熟度に帰着するのかもしれない。

(中)に続きます

尾上 定正(おうえ・さだまさ)
1959年、奈良県生まれ。1982年防衛大学校卒業(管理学専攻)。1997
年米国ハーバード大学ケネディ大学院修士課程修了、2002年米国防総合大学戦略修士課程修了。統合幕僚監部報道官、第2航空団司令兼千歳基地司令、統合幕僚監部防衛計画部長(2013年空将昇任)、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官を経て、2017年、第24代航空自衛隊補給本部長を最後に退官。現在、JFSS政策提言委員、企業アドバイザー、2019年7月からハーバード大学アジアセンター研究フェローを兼任。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

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