宇宙に覇権を広げる中国、量子暗号技術に日本はどう対応するのか(藤谷 昌敏)

2020年11月18日 06:00

政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長 藤谷 昌敏

全世界が新型コロナウィルスCOVID-19の惨禍に見舞われる中、中国は次々と宇宙に覇権を拡大している。

中国メディアは、11月6日、中国で第6世代「6G」の実験衛星の打ち上げに成功したと報じた。「6G」の実験衛星を載せたロケットは6日午前、山西省の太原衛星発射センターから打ち上げられた。「6G」の実験衛星の発射は「世界初」で、今回の実験ではデータ通信に使われる電磁波「テラ・ヘルツ波」の宇宙空間での通信技術の検証を行う。

中国は、既に「5G」の技術でも世界的に先行しているが、「6G」についても2030年ごろの実用化を目指しており、情報通信分野では米国を凌駕しつつある。

feellife/iStock

そもそも中国が宇宙開発に参加したのは、1955年、毛沢東の掛け声で「両弾一星(りょうだんいっせい)」という計画が始まったからだ。この計画は、中華人民共和国の核技術および宇宙技術の同時開発プロジェクトで、「両弾」は原子爆弾と大陸間弾道ミサイル (ICBM)を、「一星」は人工衛星を意味する。

まず中国は、旧ソ連から技術提供を受けてミサイルや発射実験を実施し、中ソ対立後は、米国から「中国宇宙開発の父」と称された銭学森を呼び寄せて独自の開発を行った。1964年に初の原爆実験、1967年には初の水爆実験を成功させ、1970年には初の人工衛星東方紅1号の打ち上げを行った。

そして1971年には初のICBMである東風5号の発射に成功し、2003年には「神舟5号」に乗船した楊利偉飛行士が旧ソ連、米国に次ぐ世界3番目の有人宇宙飛行に成功した。

また、2013年、月面探査機「嫦娥3号」が月面への無人探査機の軟着陸を行い、その後2019年には、「嫦娥4号」が人類初の月の裏側への着陸に成功した。さらに2020年7月には、火星探査機「天間1号」を打ち上げるなど急速な発展を遂げている。

世界を震撼させた「21世紀のスプートニク・ショック」

習近平(シー・ジンピン)は、国家主席就任後の2015年5月、「中国製造2025」を発表した。この計画は、半導体、5Gなどの次世代情報技術や高度なデジタル制御の産業用ロボット、新エネルギー車など10の重点分野と23の品目を設定し、製造業の高度化を目指している。

この計画は、建国100年を迎える2049年に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を目指す長期戦略の根幹となる計画である。中でも「宇宙開発技術」において、特筆すべきは、2016年8月に量子暗号衛星「墨子」の打ち上げに成功したことである。これは「21世紀のスプートニク・ショック」と言われた。「墨子」は、量子通信を可能にする基礎技術の試験と開発のために打ち上げられたもので、米国ですら到達していない領域である。

量子暗号は、現状のコンピューターでは解読ができず、従来の物理的盗聴は、どんな形であれ不可能とされている。2017年7月に地上・宇宙間の量子テレポーテーション、8月には量子鍵配送が成功し、9月に世界で初めて大陸間の量子暗号通信に成功した。

ちなみに2019年3月、中国科学院院士で中国量子科学技術の代表人物である潘建偉は中国メディアの取材に対して、量子衛星「墨子」の作業の進捗状況を紹介した。「我々はこの2年間で、衛星・地球間暗号の生成量を40倍に拡大した。現在は1秒で約40万個の暗号を送ることができ、一部の応用機関の安全通信の需要を大まかに満たしている。科学実験衛星「墨子」には、主に2つの目標がある。

一つは、超長距離衛星・地球間量子機密通信の実現だ。もう一つは、宇宙スケールでアインシュタインが指摘した「量子力学の不確実性」を検証することだ。墨子号の性能・指標は予想を大幅に上回り、2年で完遂を予定していた科学試験任務を2~3カ月で終えた。これにより、この科学実験衛星は実用化の面でより多くの進展を成し遂げた」。

さらに潘建偉は「将来的に自動運転の時代に入り、自動車を遠隔操作できるようになれば、ハッカーによる攻撃を極力防止しなければならない。そうしなければ、車両走行の安全を確保できなくなるからだ。量子通信は原理的に無条件で安全な通信手段であり、将来的に情報安全水準を大幅に向上させることができる」と述べた。

この潘建偉は、2017年、ネイチャー誌が選ぶ今年1年で科学に重要な影響を与えた「今年の10人」の中の1人に選出されたほどの著名な研究者で、中国では「量子の父」(Father of Quantum)と呼ばれている。

安全保障や産業の発展に貢献する量子暗号技術

現在、情報通信で使われる暗号は、解くためには計算に膨大な時間がかかることで、安全性を確保している。将来、ケタ違いの計算能力を持つ量子コンピューターが実現すれば、現在の暗号はすべて簡単に解かれてしまう。

量子力学によれば、光子の偏光は測定したら変化する。この原理を応用して、送信者が受信者に光子の鍵を送信し、それが他者に盗聴されていないことを確認した場合のみ、その光子の情報を暗号鍵として使う。その鍵でメッセージを送れば、中身が盗み見られることはない(量子鍵配送)。

この技術は解読不可能な暗号を必要とする軍事関係だけではなく、民間の情報セキュリティにも極めて有用である。

中国は、こうした量子暗号技術の開発をさらに加速化する。中共中央政治局は10月16日、量子の科学技術研究と応用の見通しに関する第24回集団学習を行った。学習を主宰した習近平総書記は科学技術革新の重要性を十分に肯定し、そして「量子科学技術の発展推進の重要性と緊急性を十分認識し、量子科学技術発展戦略の策定と体系的な展開を強化し、大きな流れを把握し先手をしっかり打つ必要がある」と強調した。

このような中国の動きに対して、我が国は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が中心となって、東芝など複数の先端企業が量子暗号技術の開発を精力的に推進している。特に量子を基礎に置く通信技術全体のアップデートは、総合力では日本が中国やGAFAより優位と言われる。米国が量子コンピューターの開発に、中国が超長距離の量子通信に力を入れている今、総合力をさらに高めるためには、日本の技術者たちは官民学の壁を超えて、強く結束する必要がある。

日本学術会議のことを議論している余地はない。今こそ、我が国は、強いリーダーシップを発揮して国際標準化と知財戦略を確立し、量子暗号技術の優位性を確固たるものとして、安全保障や民間産業の競争力を大いに向上させるべきと考える。

藤谷 昌敏(ふじたに まさとし)
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

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