災害避難のニューノーマルとは?感染症時代の防災を語る(上)

2020年はあらゆる分野でニューノーマル(新常態)が確立される転換点だった。災害時の行動も例外ではなく、「大地震が起きたら近所の学校の体育館に避難」という、これまでの常識も見直しが余儀なくされる。いま現場で何が起きつつあるのか。

今回は特別企画として、防災リスクに詳しいAIG総合研究所藤居学・主任研究員と玉野絵利奈研究員に、これからの時代の災害避難について尋ねた。(構成:アゴラ編集長 新田哲史)

※議論は10月下旬、ウェブ会議システムによりリモートで実施された。

自宅に避難する選択肢が浮上

新田 今年は幸いにも大型台風の上陸が例年より少なかったですが、避難所のあり方も「ニューノーマル」の動きが出ているそうですね。今年の動きはどんな特徴があったのでしょうか。

藤居 感染症により、避難所の対策はかなり難しくなります。避難所は「3密」と言われるような状況に近く、動線も重なってきます。ただ以前から食中毒や、インフルエンザなどの感染症のリスク自体は指摘されていました。そうしたなかで自治体では2つの対策の動きが見えてきました。

一つは、家族ごとのスペースを取って仕切りを広くしたり、段ボールを付けたり、パーティションで仕切ったり…。そうすることで家族間の距離を取る対策でした。しかし、これはキャパシティが減るので、避難所に行ける人が減ってしまいます。そこでもう一つ取られている対策が「垂直避難の推進」です。

新田 垂直避難とはどういうものでしょうか。

玉野 米国のFEMA(連邦緊急事態管理庁)のガイダンスでは「Shelter-in-Place(シェルター・イン・プレイス)」と呼んでいます。要は、避難所に行かないで屋内に避難しましょうというものです。2017年、米国でハリケーンが多発した当時、洪水で水があふれているのに住民が一斉に車で避難をして渋滞になるなどの問題が起きました。そこで、FEMAは自宅避難の重要性についてのガイダンスを発表しました。

藤居 日本でも水害であれば、2階・3階に行くというようなことなどを自分で判断するように、自治体サイトの避難ページに出てくることが多くなりました。避難所ではソーシャルディスタンスを取り、キャパシティが減った分は、自宅が安全な場合は在宅避難を勧める「合わせ技」が増えた印象です。

新田 自宅避難は問題や課題もありそうですね。地震でライフラインが寸断され、食料確保が大変な状況になったり、家は半壊手前で居続けられたりしたとしても、隣近所とのコミュニケーションをどう取るかとか孤立化のリスクもありそうです。

玉野 深刻な被害が想定される場所に関しては、自宅避難は難しいという留意点はあります。もちろん住宅の耐久性の問題も。もうひとつ見過ごせないのが避難困難者の問題。お年寄りや体の不自由な方などでどうしても1人で動けない方については、個別に対応が必要になってきます。

藤居 垂直避難の前提として、事前の備蓄が重要です。備蓄も含めて垂直避難なりShelter-in-Placeが成り立っていますね。「自助・共助・公助」が菅政権発足時に注目されましたが、垂直避難はまさに避難に関する自助の部分。避難所には、安全の確保と物資の安定的な供給という2つの機能があります。ガスが復旧するまでカセットボンベを用意しておくといったことまでやって垂直避難は成立するのです。

ただ、備蓄には限界もありますから、自助でやりきれないところは共助・公助にスイッチしなければなりません。このとき自宅に避難中の人の様子は行政から見えにくいことが課題です。最初の1週間は食料があったけど、1週間を過ぎて避難所にいなかったばかりに食べられない人が出てくることはあるわけです。

パブリックドメインQ

新田 いい解決策はありますか。

藤居 行政側がIOTや災害アプリを活用して、住民に情報提供する代わりに何かあったらヘルプを出す仕掛けを作るというのは一案と思います。

新田 ところで米国と日本の垂直避難、自宅避難で違いはありますか?

藤居 米国のエリアによっては竜巻対策で地下シェルターを作っています。日本の垂直避難は基本的に水害から上に逃げますが、米国の竜巻は下に逃げるわけです。

米国の民家の竜巻シェルター(Zuura/iStock)

地域ごと、国ごとで避難感覚の違いも

新田 「自助・共助・公助」の感覚は日本と米国やはり違うのでしょうか。

藤居 日本の国民性はどちらかといえば行政の言うことに素直でしょう。例えば避難指示が出たら避難所に行く。一方、米国では、避難指示が出ていない地域の人も、勝手に判断して避難所に行くような事例もあるようです。

新田 日本は有事に避難所に行く習慣は定着していますが、垂直避難への意識付けがまだまだ弱いようには思います。

藤居 感染症の問題があると、避難所に行く動機は間違いなく弱まり結果的に自宅で垂直避難になる人が増えるでしょう。行政はそれを前提に備蓄や連絡体制をきちんとしておくように助言することも必要になります。

新田 都市部と地方の意識の差、あるいは雪国は独特かなど、地域差はどうでしょうか。

藤居 都市部では、広域避難をしたときに避難所が足りなくなるのが問題です。東京の東側の海抜の低い地帯は、大規模水害が起きると街ごと沈むリスクが指摘されており、相当数の人による広域避難が発生します。地方都市でも地形によっては同様のことが起こり得ます。

しかし、逆に地方は、道路が比較的空いていたり、人口密度も高くなかったりして避難所があふれる可能性は相対的に低いでしょう。つまり、垂直避難の議論はどちらかというと、都市部が中心になります。

新田 確かにそうですね。地方はハコモノがある一方で、住宅事情の違いもありますね。

hisa nishiya /iStock

藤居 古い木造建物が多く残る地域では、学校などに避難したほうが安全度が高いのはあります。一昔前は、木造で強度が劣る家屋が多い一方で、小学校はその時代には少なかった鉄筋3階建てだったりという状況だったわけです。

しかし、今は公共の建物と一般住宅の強度はさほど変わらなくなった。地方はまだ避難所に行く文化が残っている方ですが、都市部でマンションに住んでいる方などは、必ずしもそうでなくなっているわけです。

玉野 いまの話につながるデータがあります。大阪府の府民意識調査(2018年)で、避難所の場所へ行くための経路の確認をしているのが全国平均は38.8%。ところが大阪は20.1%、東京も21.3%に過ぎず、都会の人は避難所への経路確認をしない傾向があります。

新田 興味深いデータですね。東京都内でも木造住宅の多い地域とビル街では状況が違いますから、各区市町村が地域の実情に合わせてうまく垂直避難の対策づくりをしていく必要がありそうですね。

(参照)AIG総合研究所インサイト「Shelter-in-Place(在宅避難)が変える災害避難のスタンダード ―米国と日本の事例から考える―」(玉野)

(下)では避難弱者の対応、今年の台風で見えた「新しい避難」の動きについて議論します。