眠れる獅子が目覚めるのか 〜 東京ドーム買収劇の本質

鈴木 友也

SYMFONIA/iStock

最近、スポーツ施設関連の投稿が増えてますが、この件に触れないわけにはいかないですね。そうです、東京ドームTOBの件です。

三井不動産、東京ドームを買収 読売新聞と共同で(日経新聞)

この買収の事業的なポイントは、三井不動産が「読売新聞と共同で行う」点にあると思います。ジャイアンツの事業は球団ではなく読売新聞が行っていますから、この買収の本質は「球団による施設のTOB」(つまり、球団と球場の一体経営の実現)です。

形としては、三井不動産が東京ドームをTOB後、読売が株式の2割を取得する流れになるようですが、本質的には2016年にDeNAが横浜スタジアムにTOBを行ったのに近いのかなと見ています。

東京ドームと言えば、抜群の立地に遊園地や多目的ホール、ホテル、スパなどを擁する都市型複合施設「東京ドームシティ」を運営していることで知られています。1955年の後楽園遊園地の開園を皮切りに、まだ戦後復興の気配から抜けきらないような時期にこうした壮大なビジョンを掲げてそれを実現したのは本当に凄いことだと思います。

ただ、スポーツ施設として東京ドームを評価すると、残念ながら球団と施設の一体経営がなされていない弊害からか(東京ドームと読売Gに資本関係はない)、適切な改修が行われておらず、老朽化が進んでいました。

これは日本では特に公設施設でよくあることなのですが、球団がテナント(球場利用者)の一人にすぎないため、施設経営と球団経営がバラバラに行われてしまい、両者にシナジーが生まれない形になってしまうのです。施設経営者としては、できるだけ改修を先延ばしにしてコンサート等の収益性が高いイベントを回して行くことに専念する方が短期的な業績は上がります。ですから、球団経営での収益最大化とはコンフリクトを起こすのです。

スポーツ施設では、こうした事態を避けるために球団が球場を保有・管理する権利を手に入れる動きを起こすのが必須になってきています。ファイターズが札幌ドームを出て新球場建設に動いているのも、DeNAがハマスタをTOBしたのも、同じ理由からです。

今回の三井不動産・読売新聞による東京ドーム買収も、この一連の流れに沿ったものであると考えられます。特に近年は試合観戦だけでなく、来場時の総合的な観戦体験全体が重視されるようになってきているので、観戦体験をコントロールする上でも、施設の経営権を握るのは球団にとって重要になってきています。

三井不動産は、ハマスタでも隣接する市庁舎街区活用事業(要はハマスタの隣にある市庁舎が解体された後の開発計画)でDeNAや竹中工務店、星野リゾートなど8社のコンソーシアム(通称「カンナイエイト」)で国際的な産学連携エリア「MINATO-MACHI-LIVE」の建設を進めています(2025年開業予定)。

また、三井不動産は千葉ジェッツを買収したMixiとともに南船橋にジェッツの新アリーナ建設を進めています。是非、スポーツが街づくりの中心的役割を果たす「スポーツアンカー地区」のパイオニアとして、日本でも夢のある都市開発を進めてほしいと思います。

スポーツ施設建設によるジェントリフィケーションって何?と思った時に読む話」でも書きましたが、米国ではスポーツ施設建設を都市開発の触媒にするという発想は1990年代くらいからあり、不動産会社もその開発に関与してきています。

その中で、近年新たな動きは、球団自身が不動産業にも手を広げてきている点です。ここ数年で、球場周辺に駐車場があれば、その一部を複合開発してオフィスや商業施設などを作るプロジェクトが急増しています。そして、その不動産開発の主導権を球団が握っているのです。ブレーブスやレッドソックス、パドレスなどは、不動産事業を行う球団子会社を作ってしまっています。

米国の球団主導の「スポーツアンカー地区」開発では、セントルイス・カージナルスによる「Ballpark Village」やアトランタ・ブレーブスによる「Battery Atlanta」などが有名です。

スポーツアンカー地区では、基本的に球団と不動産会社がJVを作って開発を行うケースが多いのですが、Battery Atlantaは例外的で球団が不動産会社を使わずに自らがマスターディベロッパーとしてBraves Development Companyという子会社を通じて都市開発を行っています。開業直後によく話を聞きに行きましたが、開発責任者が「時間がない中で進めていかなければならないため、何もかも大変だった。(こんな命を削るような働き方は)もう二度とやりたくないよw」と言っていたのが印象的でした。

このように、米国では球団自身の経営規模もそれなりに大きく、体力もあるので「球場建設も周辺開発も自前で」というケースはままあるのですが、「日本のスポーツ施設建設が直面しているユニークな共通課題」でも書いたように日本では事情が少し違います。球団が不動産会社などと上手くコンソーシアムを組み、弱点を補い合う形で施設経営・周辺開発を進めて行く形を模索しなければなりません。

この買収により東京の一等地にある東京ドームがスポーツ施設として再生し(できれば改修ではなく、建て直して欲しい)、新たなスポーツアンカー地区として生まれ変わることを期待したいです。

最後に、スポーツ施設つながりで少しPRをさせて下さい。日経BP社から「スポーツビジネスの未来 2021-2030」が最近刊行されたのですが、このレポートの「第2章 スタジアム・アリーナの未来」の「2-3 ファシリティ・マネジメント」(施設経営)の部分を執筆しています。内容的にはこんな感じです。

2-3. ファシリティー・マネジメント

2-3-1 序論

2-3-2 観戦者(顧客)を想定しない日本のスポーツ施設

2-3-3 米国の地方自治体がスポーツ施設に投資する理由

2-3-4 先行する民設民営プロジェクトが果たす役割

2-3-5 成功する施設経営に欠かせないプラットフォーム

2-3-6 施設の安定経営に欠かせない取り組み

2-3-7 変化を柔軟に取り込める施設経営を

2-3-8 コロナ禍が及ぼす影響

1冊55万円!と、かなり高額なレポートですので、簡単に購入できるようなものでもないと思いますがw、ご参考まで。他にも興味深いトピックが目白押しです。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2020年11月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。