期限つき「デジタル政府紙幣」がバラマキの歯止めになる

池田 信夫

期限つきで通貨を発行する提案は、私が初めて考えたものではない。1914年にシルビオ・ゲゼルは、1ヶ月で価値のなくなるスタンプつき紙幣を提案し、ケインズは「未来はマルクスの精神よりもゲゼルの精神から多くを学ぶだろう」と高く評価した。

ゲゼルは実質資本の成長が金利によって抑えられてしまい、このブレーキが外されれば、実質資本の成長は現代社会ではきわめて急速になって、たぶんゼロ金利もすぐとは言わないながらかなり短期間で正当化されるようになるだろう、と論じます。ですから何より必要なのはお金の利率を下げることで、これを実現するには、お金にも他の実物在庫と同じような保有費用を持たせることだ、というのが彼の指摘です。

ここから彼は有名なスタンプ(印紙)つきのお金という有名な処方箋を導きます。ゲゼルと言えばもっぱらこれが連想されるほどで、これはアーヴィング・フィッシャー教授からもお墨付きをもらいました。この提案によれば、紙幣は保険カードと同じで毎月印紙を貼らないと価値が保てず、その印紙は郵便局で買える、というものです。

印紙代はもちろん、何らかの適切な金額で固定されます。私の理論によれば、その値段は完全雇用と整合する新規投資に対応した資本の限界効率に対し、金利が上回っている分とほぼ等しくなるべきです。ゲゼルが実際に提案した料金は週あたり0.1パーセントで、年率5.2パーセントに相当します。(『一般理論』23章

ここでゲゼルが提案した印紙代がマイナス金利に相当し、ここでは年率マイナス5.2%である。こういう実験は地域通貨として世界各地で行われたが、その問題点は、地域通貨にマイナス金利をつけると現金に代替されてしまうことだ。期限つき電子マネーにも「ポイントは消費に回るが、現金で貯蓄するから同じことだ」という批判がある。

その一つの解決策は、電子マネーにかけるマイナス金利を大きくすることだ。たとえば毎月3万円分のポイントが1年で消えるとすると、月収30万円の人の所得は33万円に増えて1年で30万円に減るので、年率マイナス10%の金利をつけるのと同じだ。これは通貨を減価させる人為的インフレだから、消費を促進する効果がある。ポイントで金券や貴金属を買うかもしれないが、貯蓄よりは経済を活性化する。

「デジタル政府紙幣」は通貨の電子化の第一歩

もっといいのは、ロゴフの提案するように現金を廃止して日銀券をすべて電子化することだ。これによってマイナス金利が自由に設定できるが、資産がガラス張りになるので政治的に困難だ。銀行が逆鞘になるリバーサルレートの問題が発生し、銀行貸し出しが減るおそれもある。

政府が銀行を通さないで、ポイントでデジタル政府紙幣として発行すれば、リバーサルレートの問題は発生しない。この財源は一般会計から支出して日銀券とリンクさせ、政府が無利子の永久国債を発行して日銀が買えばよい。

政府紙幣のイメージ

今のようにGDP比マイナス6%も需給ギャップが発生しているときは、30兆円までの直接給付はマクロ経済的に可能だが、最大のリスクは財政赤字の歯止めがなくなることだ。需給ギャップが埋まってからも発行を続けるとインフレになるので、その歯止めとしてもポイントに期限を設けることが有効だ。コロナ不況がいつまで続くかは議論があるので、期限はそれに応じて決めればいい。

大事なことは、ゲゼルもケインズも(そしてフィッシャーも)、不況期にはマイナス金利が望ましいと考えたことだ。マイナス金利は異常な政策だと思いがちだが、金利は企業の収益率(ケインズのいう資本の限界効率)とは違う不労所得であり、それが高すぎることが投資不足をまねいている。サマーズのいうように日本の自然利子率がマイナス3%だとすると、現在の政策金利(マイナス0.1%)も高すぎるのだ。

長期的にみると紙幣がなくなるのは時間の問題であり、通貨の電子化にはセキュリティの点でも犯罪や脱税の防止の点でも大きなメリットがある。その第一歩として、ポイント還元による電子マネーの実験をやってみてもいいのではないか。