教員の働き方改革のまやかし:過労死レベルの残業時間は減るのか

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前回の記事「教員の土日勤務データ改ざん事件の背景」で取り上げた滋賀県日野町教育委員会による教員の勤務時間の改ざんについては、その後続報がなく、関係者の処分などは行われないらしい。

嘆かわしい話ではあるが、私は残業時間を意図的に少なく見せようとした担当者の責任を問うのは難しいと思っていた。なぜなら、このような行為が氷山の一角に過ぎないからだ。

いわゆる給特法という悪法のせいで、修学旅行など特殊な場合を除き、教員には残業など存在しないことになっている。しかし、実際には多くの教員が過大な業務を抱え、過労死レベルかそれに近い超過勤務をせざるを得ないため、文部科学省は苦し紛れに「在校時間等」という謎の概念をひねり出した。ここで詳述する余裕はないが、実態は「残業」そのものなので、この記事ではそう呼ぶことにする。

教員の勤務時間調査が全国的に実施されるようになった背景には、文部科学省が推進中の「教員の働き方改革」がある。前回も述べた通り、勤務時間を本気で減らそうと思えば「業務を減らす」「人を増やす」「きちんと残業代を支払う」という三つの選択肢しかないのだが、呆れたことに、文科省はこれらすべてを嫌って、変形労働時間制という信じられない愚策を打ち出した。もし導入されれば、繁忙期には1日10時間まで勤務を命じることが可能となる。

ただし、この制度には厳しい条件があり、対象となる教員の前年度の残業が月45時間以内でなければならない。現状とはかけ離れているので、すぐに手を挙げる自治体などないと思ったのだが、驚いたことに、北海道と徳島県が来年度からの導入に向け、必要となる条例案をすでに議会へ提出した。

(参考)来年度に変形労働時間制導入 道教委が改正条例案提出
(参考)来年度から変形労働時間制導入 徳島県も条例改正案提出

さらに、現在準備中のところも多いと聞く。新制度導入を目指すのなら、本来は業務の簡素化をすべきなのだが、手っ取り早い手段として、教育委員会や校長は見かけ上の勤務時間を減らそうと画策している。それが現場にさまざまな混乱を引き起こしているのだ。

前回の記事の末尾に、パソコンを活用した日野町教育委員会の勤務時間調査のやり方自体は「むしろ模範的」と書いたが、この点については今でもそう思っている。

38年と4カ月福島県立高校の教員として勤務した私も、不当な雇い止めに遭った2018年7月まで毎月これを提出していたが、その方法ははるかに杜撰で、タイムカードの類いは一切なく、全員に配付されるエクセルのシートに出勤・退勤の時刻を入力するよう指示されていた。

それだけなら大した手間ではないのだが、厄介なことに、定時である 8時15分より5分早く職場に着いただけでも、いちいちその理由を入力しなければならない。退勤時刻についても同様で、面倒なせいもあって、雑用に追われているとつい忘れてしまう。それが三日続けばもう思い出せないから、適当な数字を入れる。残業手当の支給とは無関係のただの調査なので、せいぜいその程度のものに過ぎなかった。

その後、福島県では出勤・退勤を打刻するシステムが導入された学校もあるらしいが、それはあくまでも資料に過ぎず、自分自身で入力して提出するやり方は変わっていない。

タイムカードを導入すれば勤務時間が正確に把握でき、教員の手間も省けるのに、わざとそれを避けている理由は改ざんできる余地を残したいから。そう考えるのが普通である。

福島県では残業が月に80時間を超えると、産業医と面接する義務が課される。それを面倒がって過少申告する教員が多いし、校長もこれを黙認、あるいは奨励している。これは現役校長に直接確認した事実なので間違いはない。

さらに、教員の場合、どこまでが勤務でどこまでがそうでないかが曖昧であることも、管理職の側に勤務時間を改ざんする余地を与えてしまう理由となっている。そういうケースは山ほどあり、とても説明しきれないが、わかりやすい例を一つだけ挙げれば模擬試験の監督がそれにあたる。

高校3年生の担任になると、平均して月に1、2度は休日に監督の当番が回ってきて、重い負担となっているが、学力模試の主催者は校長ではなく、ベネッセや河合塾等である。

そのため、福島県ではPTA会長、あるいは教育振興会などという保護者の幽霊組織をでっち上げ、そこの会長が県に対して校舎の使用許可を申請し、3学年担任に監督を依頼する形を取ることが多い。

だから、実際には進路指導部が計画し、校長が決裁を与えた進路指導年間計画に基づいて実施されているにもかかわらず、「あれは主催者が別だから勤務ではない」という詭弁が一応成り立つわけである。

これと同様の理屈で、受験や資格取得を目的とした課外授業を勤務時間から除外している例もあると聞いた。こんな抜け穴がほかにもたくさんあるのだ。

それらを総動員し、さらに、仕事が山積みの状態の教員に対して管理職が無理やり退勤を迫って、いわゆる風呂敷残業(仕事の持ち帰り)を暗に強要すれば、表面上の勤務時間は間違いなく減少する。

そして、変形勤務時間を導入すれば、ますます残業は隠れて見えなくなるから、それで「教員の働き方改革」は大成功。超過勤務した分を夏休みや冬休みに休暇としてまとめ取りしようとしても、業務の量が変わらなければ、年休や夏期休暇の消化率が下がるだけだが、そんな数字は無視すればいい。

文科省や教委の思惑はこのあたりだろうが、しかし、世の中、そうは甘くない。

現状でもSNS上は現役教員たちの不満や悲鳴であふれているのだから、変形勤務時間制を導入した都道府県はさらに評判を落とし、採用試験に人が集まりづらくなる。これは断言してもかまわない。北海道はこれまで 3年連続で小学校教諭の試験倍率が 2倍を切っているのに、これ以上低下すればまさに危機的状況に陥るはずだ。

優秀な人材が一斉に逃げ出せば、その地域の公教育のレベルの低下は避けられない。そういう意味で、この問題は教員以外の皆さんにも大きな影響を及ぼす可能性が高いのである。