政府はなぜ指定感染症を延長するのか

池田 信夫

厚生労働省の感染症部会は、来年1月末で切れる新型コロナの「指定感染症」扱いを、2月以降も延長する方針を決めた。この理由は「医療崩壊を避けるため」ということになっているが、これはおかしい。

先週の言論アリーナで森田洋之さんも指摘したように、人口あたりベッド数が世界一で、コロナ死亡率がヨーロッパの1/50の日本で、医療崩壊が起こるはずがない。医療が逼迫しているとすれば、問題はコロナウイルスではなく医療資源の配分のゆがみにある。機材よりも医師・看護師の配分が硬直化している。

指定感染症は暫定の制度であり、現場の負担が大きいので、コロナの指定を延長することには批判が強い。全国保健所長会も厚労省に対する緊急提言(厚労省資料の90ページ以降)で「現行の指定感染症(2類相当以上)の運用をより柔軟に対応すること」を要望している。現場の医師からも「指定感染症の指定を解除して5類に格下げしてほしい」という声が多いが、なぜ厚労省は延長するのか。

この背景には、部外者にはわからない大人の事情がある。週刊新潮で東大法学部の米村滋人氏が、医療法の問題点を指摘している。

日本では医療法上、病院の監督権限を持つ都道府県知事が、各医療機関が提供する医療内容に関し、指示や命令を行うことが認められていません。国公立病院など公的医療機関であれば、国や自治体が事実上の指示を行えますが、民間医療機関に対しては“要請”止まりです。

そのうえ、日本は民間病院が全病院の81%を占め、病床数で見ても全体の70%に上る。一方、ヨーロッパは、イギリスやフランスはほとんどが、ドイツも半数は公的医療機関です。この差が、日本の数十倍から100倍の感染者が出ても、医療崩壊を起こさない原因の一つです。

週刊新潮より

 

行政が人員配置も変更できないゆがんだ構造

日本の医療機関の8割は民営なので、行政は「お願い」しかできない。今のような緊急事態でも、ガラガラの病院から逼迫している病院にスタッフを再配分できないのだ。コロナ患者を受け入れると院内感染のリスクが大きく、マスコミが騒いで他の患者が寄りつかなくなるので、普通の病院は受け入れを拒否する。

指定感染症については国が指定医療機関に勧告する法的根拠があるので、辛うじてコントロールできるが、これを5類にすると病院は患者を拒否できるので、コロナ患者はたらい回しされるだろう。今でも罰則はないので、コロナ患者を受け入れるのは良心的な指定医療機関だけだ。厚労省もそれを知っているから、指定感染症を延長して病院に指示する便法をとるのだ。

これはおかしくないだろうか。民営でも医療費の7割以上は国が負担しているのだから、緊急時には行政が人員配置ぐらい指示できるように医療法を改正すべきだが、それは不可能に近い。医師会が反対するからだ。また医師法では第1類・2類相当の感染症は診療拒否できるので、指定感染症はコロナ患者を拒否する理由になっている。

日本では戦争で壊滅した医療を急いで再建するため、開業医を中心にして医療インフラが構築された。他方で国民皆保険で健康保険料は増えたため、経営は民間・負担は公共というゆがみが生じた。このため医師会の既得権が強く、厚労省は人員配置も変更できないのだ。

指定感染症は、こうした構造問題の象徴である。今から医療法を改正するのは間に合わないから、とりあえず指定感染症を1年延長してしのごうという厚労省の立場もわかるが、そういうことを続けていると、患者を受け入れる指定医療機関に負担が集中し、医療が本当に崩壊してしまう。

指定感染症は予定どおり1年で終了し、その代わり「緊急時には行政が民間病院の人員配置を一時的に変更できる」という政令をつくってはどうだろうか。あるいはコロナ患者を受け入れた病院に補助金を出してもいい。GoToに2兆円も出すより有効な税金の使い方だと思う。

指定感染症の延長はまだ閣議決定されていない。1月15日までパブリックコメントを募集中である。