韓国与党の対北ビラ禁止法強行採決、英米が人権蹂躙と猛非難

高橋 克己

他国に対して「内政干渉するな!」などと吠える国はどこかと問えば、多くの者がまず中国と北朝鮮に指を折るだろう。ともに中国共産党と朝鮮労働党という一党の独裁国家であり、国際社会が干渉するのはその国民への人権蹂躙だ。他国の干渉以外に、これらの被害者を救う方途はない。

韓国大統領府公式サイトより:編集部

ところが今回は、その党名からして民主主義を標榜しているはずの韓国の与党「共に民主党」(以下、民主党)が、「内政干渉するな」と英国や米国に対して強く反発している。21日の朝鮮日報が報じたところによれば、先ごろ同党が強行採決した「対北ビラ禁止法」が原因だという。

民主党はこの14日、民間の脱北者団体などによる北へのビラ散布禁止を含む「南北関係発展法改正案」を強行採決した。だがこれに英国人権派のアルトン上院議員は政府が韓国にこの法案の再考を促すよう求め、米国議会超党派の「トム・ラントス人権委員会」もこの法案の聴聞会を開くというのだ。

民主党は早速、「韓国への内政干渉の度が過ぎている」と反発、「対北ビラ散布規制は大韓民国国民の生命と安全を守るための最低限の装置だ」などと述べ、また康京和外交部長官も、出演した米CNNテレビで「表現の自由は絶対的なものではない」などと(きっと反射的に)口にしてしまった。

この6月に筆者は、朝鮮戦争勃発70周年を契機とした>南北朝鮮の「ビラ合戦」について投稿した。その時は南の民間団体の行為を猛烈に罵倒する金与正を揶揄する論調でまとめたのだが、今回は南の与党がその行為を法律で禁じるという、文政権ならではの「北へのお追従」をやらかした訳だ。

朝鮮日報も19日の社説で、民主党は「接境住民の安全のための措置だと言うがウソだ。この法律は金与正が『法律でも作れ』と言った直後、急に勢いに乗った。・・北朝鮮の機嫌を取るため、韓国国民の表現の自由と北朝鮮住民の最小限の知る権利を引き渡してやる法律だ」と難じている。

ビラ禁止法案という、ほんの取るに足らない法律だが、うっかり本性を現した文政権への打撃は少なくない。アルトン議員など、「文大統領がこの法律を承認すれば、韓半島において北朝鮮の人権を増進し、国連人権宣言が保障する人間の尊厳を守るプラットフォームが消え去ってしまう」とまで言う。

このままだと来月20日に発足する、おそらくは人権問題重視のバイデン政権にも、韓国は格好の餌を与えた格好だ。先の「人権員会」のみならずCSISもチャ韓国部長が、ウイグルや香港の問題で沈黙する韓国が「D10(民主主義国家協議体)のような多国間連合体から疎外される可能性」を指摘する。

その「南北ビラ合戦」、韓国紙の過去記事を読むと、どうやら南北合意に違反しているらしい。ハンギョレは6月22日、北朝鮮は対韓国へのビラ散布が「南北合意違反」と認めた上で、韓国が民間団体による対北朝鮮ビラ散布を「黙認」しているので、南北関係が「すでに壊れた」と書いていた。

また東亜日報も6月5日に、金与正が「脱北者団体が北朝鮮に向けてビラを飛ばすことが南北軍事合意に反する『敵対行為』と主張」したものの、具体的な条項に言及しなかったことについて、韓国側は軍事合意の「空中緩衝区域」条項を準用したとみている、と書いた。

韓国の肩を持つ訳ではないが、であるなら民主党も「北朝鮮と合意した事項だから、民間団体といえども違反を放置することは許されない」とでも言えば、今回のビラ禁止法案を他国からとやかく言われずに済むものを、と思う。だが、そうは言えない事情があるようだ。

そのヒントが6月12日の中央日報に書いてあった。野党に与する某大学教授の以下のような談話を、「ビラ散布も水曜集会のように自由民主主義国家で国民が持つ意思表明の自由範疇に属するのに、国益を理由にこれを侵害しようとする発想がナンセンスという意味だ」と報じたのだ。

日本政府や安倍首相が「我々を非難するな」といって圧力を加えて国益を侵害してきたら、毎週日本大使館前で開かれている水曜集会もやめさせるのか」。当時、日本と朴槿恵政府が合意した内容の中にも少女像撤去という裏合意があったが、「これは政府ができることではない。民間が作ったものなのに、どうしたらこのようなことができるか」と言って無効化させたのではなかったか。

欧米各国に人権無視が露見した上、持ち前の場当たり的なご都合主義政策で二重基準やらブーメランをやらかす文政権、検察総長の追い落とし劇を見ても、すでに政権末期のヤケクソ状態を呈しているようにも見える。が、北と一体化した核保有国を目指すなら、ヤケクソは既定路線なのかも知れぬ。

それが証拠に、新しい駐日大使に内定した民主党の姜昌一議員は、中央日報が19年4月から2カ月おきに連載している「危機の韓日関係、連続診断」なる有識者の座談会の第10回(19年8月16日)で、いわゆる徴用工判決に関連して次のように言い放っている。

世界の植民地の中で合法的に植民地になったところがどこにあるのか。右傾化した日本の政治家たちは韓国の強制占領を認めていない。今回司法部が日帝の植民地支配が違法強制占領だったことを明確に判決した。最近超党的訪日団が日本に行ったが、共産党を除き与野党が声を合わせて「65年の体制を維持しなければならない。個人に対する賠償と補償は韓国がしなければならない」と主張した。

この様な歴史観を公然と口にする人物を駐日大使として送り込むとは、文政権には(既定路線の一つとして)日韓関係をさらに悪化させる目的がある、と日本側に思われても仕方あるまい。