トランプからのクリスマスプレゼント!?「チベット政策および支援法2020」の中身

高橋 克己

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見かけ上は大統領選に敗北した格好のトランプ政権だが、混乱の渦中でもやるべき仕事はキッチリやっている。22日のRadio Free Asia(RFA)が、上下両院を通過して大統領の署名を待つばかりの「チベット政策及び支援法(The Tibetan Policy and Support Act pf 2020)」について報じた。

同法案(以下、TPSA)は、月曜日に可決したコロナ対策を含む予算案の一部で、米国が21年から25年まで、内外のチベット人道支援計画に資金を提供し、同地の水源の安全保障と気候変動の問題に取り組み、ラサに米国領事館を開設することを中国に要求している、と記事は述べている。

RFAと同じ米国政府系のVoice of America(VOA)もこれを報じ、「1.4兆ドルの政府支出と9千億ドルのコロナ救済策の修正法案」の一環であるTPSAが、「ダライ・ラマの継承を妨害する中国を米国が制裁する道を開き、ラサに領事館を設立することを許可することを中国に要求するだろう」とする。

VOAはまた、インド亡命中の中央チベット政権(CTA)のセンゲ大統領が、同法案可決を「チベット人にとって重要なランドマーク」とし、「中国政府当局者によるいかなる干渉も深刻な制裁に直面し、米国への入国は認められないと見做されるだろう」とVOAに述べたと報じた。

RFAとVOAの記事を紹介した理由は後述。

■過酷なチベットの近現代史

チベットは日本で「西蔵」とも称され、孫悟空の「西遊記」とその主人の「三蔵法師」(玄奘)のイメージも重なって、平和で神秘的な仏教国と映る。事実、13世紀に占領されたモンゴルにはチベット仏教で影響を与えたし、筆者の知人にはインドのダラムサラに30年滞在したタンカ絵師がいる。

だがここ一世紀のチベットに平和な日はない。辛亥革命を機に清の支配を脱し、チベットは独立を図った。インドを植民地に持つ英国は、モンゴルを勢力下に入れたソ連に対抗してチベットを承認、庇護を試みる。が、51年に共産中国に占領されてインド北部ダラムサラに亡命政権を建てた。

共産中国は、朝鮮戦争や台湾海峡危機の忙中にチベットを占領、領土を3割以上拡げた。58年末から「ラサ武装蜂起」が激化したのを見た台湾の蒋介石は59年3月、中国西北・西南部各省に蜂起を促す「チベット同胞に告げる書」を発表したが、4月には人民解放軍に鎮圧された一幕もあった。

そして習近平の共産中国は、従来にも増してチベット人から古来の文化や伝統を奪っている。軍事訓練風の技能訓練などを通じて強制的に同化させるための強制労働プログラムを課し、チベット語学校に中国語で教えることを強制するなど、ウイグルや内モンゴルと同じ所業だ。

ダラムサラに長年亡命政権を受け入れているインドは、チベット難民のためのチベット語学校に資金提供するなどの支援も行っている。昨今の中印紛争の火種は、領土争いのみならず、インドに対する中国のこの辺りの恨みもあるのではなかろうか。

インド・ビラクッペのチベット人居留区の僧侶(ajijchan/iStock)

だが米国がこのTPSAでチベット支援を本格化するなら、チベット人は勿論のこと、インドにも大いに恩恵を及ぼすだろうし、今般、安倍前総理が米国から叙勲した理由たる「自由で開かれたインド太平洋構想」もさらに確固としたものになろう。

インド紙The Hinduが22日、「China slams U.S. over Tibet Bill, South China Sea ‘trespass’」との見出しで、中国の米国非難を、このTPSA法案と米駆逐艦による南シナ海での航行の自由とをダブらせて報じているのは、この構想をも意識してのことのように筆者には思える。

■実に懇切なTPSA

最後にTPSAの中身に触れて本稿を結ぶが、本年5月に上院外交委員会で議論された法案(1月28日に下院を通過)を基にしていることを予めご了承願う。

法案は以下の8項からなっている。

1項「名称」

2項「2002年のチベット政策法の修正と再承認」

3項「ダライ・ラマの継承または転生に関する方針の声明」

4項「チベット高原の環境と水資源に関する方針」

5項「チベット亡命コミュニティの民主主義」

6項「文化、宗教、言語の保護を求めるチベット人コミュニティの持続可能性」

7項「予算枠の承認」

8項「予算効果の決定」

2項にある通りこの法案は02年の「チベット政策法」の修正。この項には文言の修正が事細かに、例えば「大統領はこの法律に従って、米国のチベットに関する政策が調整されていることを保証するよう国務長官に指示するものとする。米国チベット問題特別調整者によって、中国政府と接触している全ての連邦省庁に連絡される」などと書かれている。領事館設置もこの項にある。

3項には、「チベットの転生プロセスへの中国の干渉は、国際的に認められた宗教的自由の権利の侵害で、(略)中国以外の他の国々には長いチベット仏教の伝統があり、チベット仏教の転生に関連する問題は世界中のチベット仏教徒にとって非常な関心事」とある。

また、「チベット仏教徒を標的とした信教の自由の乱用に責任のある中国の政府高官に責任を負わせるよう検討することは米国の方針」とし、「マグニツキー人権責任法」や「移民国籍法」に基づいてそのような当局者に制裁を課す」としている 。

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4項では「チベット高原には、氷河、河川、草地、その他の地理的・生態学的特徴があり、植生の成長と生物多様性を保ち、推定18億人の水流と供給を調節している」が、中国による「チベット以外に電力を送るための大型水力発電ダムの建設や四川-チベット鉄道を含む他のインフラ計画が、チベット人の居住環境を変える可能性がある」などと述べる。

5項には「ダライ・ラマ14世は、チベットの600万人のチベット人に真の自治を求め」ており、「11年に亡命中のチベット人の選出された代表者に彼の政治的責任を委ねた」。「この民主主義の原則に従って、選出された指導者に政治的権威を委譲するというダライ・ラマの決定を称賛されるべき」とある。

6項では、米国務長官がネパール政府に、チベットからの長期滞在者に対し、ネパールの経済と社会にさらに完全に参加することを受け入れるための法的文書を提供するよう、要請すべきことが述べられる。

7項の予算枠は以下のようだ。いずれも21年か25年までの会計年度毎の金額。

  • チベット問題の米国特別調整者当局のために年1百万ドル
  • チベット奨学金計画実施のために年675千ドル
  • グァンチョペル交換計画(旧教育文化交流計画)の実施に年575千ドル
  • チベット自治区のチベット人コミュニティと中国の他のチベット人コミュニティにおいて、文化的伝統を維持し、持続可能な開発、教育、および環境保全を促進する活動を支援するために61年の外国援助法に基づき年8百万ドル
  • チベットの文化と言語の発達、およびインドとネパールのチベットのコミュニティの回復力を促進および維持し、次世代のチベットの指導者の教育と発展を支援するため61年の外国援助法に基づき年6百万ドル
  • チベットの統治-チベットの機関の能力を強化し、民主主義、統治、情報および国際的な組織的奉仕や研究を強化する計画のために年3百万ドル。この一環でチベットのチベット人を含むチベット人にチベット語で無修正のニュースや情報を提供する放送のためにVoice of Americaに年3,344千ドル、Radio Free Asiaに4,060千ドルを割り当てる。
  • 中国の迫害の脅威から逃げてきた南アジアのチベット難民のために、食糧、医薬品、衣類、医療および職業訓練を含む人道支援に利用できるようにする。 (8項は省略)

以上、決して「America First」だけでないトランプ政権の、大手メディアが報じることのなかった一面にようやく光が当たったように思う。チベット人にまたとないXmasプレゼントとなろう。