刑事裁判での「証拠開示のデジタル化」は喫緊の課題

郷原 信郎

政府は、社会全体の効率化とコスト抑制を図ると共に、一人ひとりに対しても公平かつ迅速に、最適なサービスの提供を可能にする「行政のデジタル化」を進めることで、官民一体となったデータ流通の促進を促す方針を打ち出している。各省庁のデジタル化を推進する司令塔となる専門機関として、来年春には「デジタル庁」が創設されることが決定されている。

(写真AC:編集部)

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その「デジタル化」という面で最も遅れている分野の一つが刑事裁判の分野だ。

刑事裁判では、警察、検察が集めた証拠は、検察官が保管している。検察官が裁判で起訴事実を立証するために請求する証拠や、弁護人が弁護活動のために必要となる証拠を弁護人に提供する手続が証拠開示だ。

その手続は、これまで、検察官が、弁護士に検察庁まで来させて証拠を自分でコピーさせるという「アナログ」のやり方で行われてきた。その際に弁護士が使える業者も限られており、1枚40円といった高額の費用がかかることもあった。

開示証拠は、特に、金融商品取引法違反、脱税などの経済事件では、膨大な量になる場合が多い。それをすべてコピーするための費用が数十万、数百万円に上ることもある。

国選弁護事件の場合には、コピー代のかなりの部分を国が補填する。そのため、年間で1億円以上の税金が使われている。

私選弁護事件では、開示記録のコピー代はすべて被告人の負担となる。コピー代を節約するために弁護士か事務員が検察庁に出かけていって、書類をファイルに綴じたまま1ページずつデジカメで撮影することは可能だが、この場合、時間と労力が相当なものとなる。遠隔地の裁判所の事件の場合はなおさらだ。

私が弁護人として検察と戦う事件の多くは経済事件などで、開示証拠の量も膨大だ。しかも、裁判所は東京とは限らない。遠隔地の裁判所の事件での開示証拠の写しを迅速に入手するのは容易ではない。

証拠開示を受けて、証拠の写しを精査するというのは、刑事裁判に向けての弁護活動の出発点であり、そこに膨大なコストないし労力がかかるという現実は、弁護活動を制約し、「公正で迅速な裁判を受ける権利」をも侵害することになりかねない。

刑事事件など自分には関係ないことだと思っている人が多い。しかし、そういう人が、突然、特捜捜査の対象とされ、人生が変わってしまうことになる。そのような一般人が犯罪の嫌疑を受ける事件の多くが経済事犯であり、検察官が開示する証拠は膨大な量に上る。現状のままでは、開示証拠の謄写にかかる費用が弁護活動の妨げになるのである。

刑事事件の弁護を行う弁護士はもちろん、多くの国民が関心を持つべき問題だと思う。

刑事弁護に積極的に取り組んできた弁護士有志が、刑事事件の証拠を電子データ化して交付するよう求める、内閣府特命担当大臣(規制改革)河野太郎、法務大臣上川陽子、検事総長林眞琴あての要望書を取りまとめ、11月11日から賛同者を募る署名活動を行っている。( 証拠開示のデジタル化を実現する会

刑事事件の証拠は、捜査権限によって証拠収集を行った警察、検察が独占すべきものではない。刑事訴訟の目的である「実体的真実の解明」のためには、警察、検察が収集した証拠を、弁護人の立場からも十分に検討し、裁判での主張立証に活用することが不可欠だ。

刑事事件の証拠開示を効率的かつ経済的に行うための「証拠開示のデジタル化」は、今、日本政府が重要な政策課題として進めようとしている「行政のデジタル化」の喫緊の課題である。