コロナ禍で大切な思考回路、6つのポイント

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長く続くコロナ禍の中、同調圧力や自粛(マスク)警察などの行動が、多くの国民に心理的なプレッシャーを与えています。

大阪大学三浦麻子教授の調査によれば、サンプル数はそれほど多くないものの、日本は他国と比べコロナ感染を「自己責任」と考える割合が圧倒的に多いという結果が出ています。

これに関連し外国生まれの著述家の方が、外部目線で日本人の特質を指摘しています。

「コロナ感染は自業自得」世界で最も他人に冷たい日本人の異様さ 過激な自己責任論に潜む「同調圧力」 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

著者は来日前に日本人への偏見や先入観はありませんので、かなり客観的な観察・分析と受け取れます。

中野信子氏も著書「空気を読む脳」(講談社+α新書)で、日本人に顕著な空気を読む行動や利他的な行動は、相手が応えてくれない場合一転して攻撃的になりやすいことを述べています。

まじめで不安感の強い日本人気質からすれば、現行の国民の不安を煽りまくる報道や、法的強制がなく各自の自粛行動に任せるやり方を続ければ、他人を許せない過激な言動が増幅されるリスクは高まるでしょう。

日本人の同調・集団意識(マイナス面)として、

  •  正義よりも安心・安全を得るため多数(主流)派に属そうとする
  •  被害者を助けることより先に被害者にならないことを考える
  •  自分や身内が被害を受けていないのに、安全地帯(多数派集団内)から感染者や感染源(少数派)を非難する
  •  自分は強制されたくないのに人には一方的に同意を求める
  •  注目される事象への野次馬根性が被害・差別を拡大する
  •  有識者,専門家,マスコミを無批判に信じてしまう
  •  内的要因よりも外的要因(世間様)が生活を規定しがちである
  •  誠意を示せば分かり合えてコンセンサスが得られると信じ込む

があげられますが、現実には次のことも言えるのではないでしょうか?

  •  話し合いとはまとめるものではなく、違いを認識して割り切るものである
  •  「迷惑」は行為の後に起こるのであり事前に発生しない
  •  健全な精神を維持するには利己が利他をほんの少し上回るのがよい
  •  世の中は原因(加害者)が特定できない(わからない)事象のほうが多い
  •  自分の「正義」は絶対ではなく、一人一人異なる「正義」が存在する

これらを踏まえ、コロナ禍の日常生活で大切な思考回路とは、

ア.テレビなどマスコミの報道や出演者の発言をうのみにしない

(*毎日特定の情報番組だけ見ていると洗脳されやすい)

圧力・利益団体、業界ごとに都合のいい見解を述べることがあるので、1つの事象(例えばGO TO事業)について、誰(団体)が何を言ったのか、発言は変節していないか、時系列でまとめるとよいでしょう。

イ.他者(社会)に対する言動の責任は自身にある

アとの関連で、例え有識者の発言の受け売りであっても、自らが取った言動により他者に何らかの損害を与えた場合は、その責任は自身が負うことになります。

ウ.自分や身内が実被害を受けていなければ、他者をむやみに批判しない

直接関わりのない相手なら事実を正確に把握できるわけがありません。例え正義感からでも事実に基づかない軽率な行動は、犯罪に至る可能性があります。

エ.「わからなくてもいい、まとまらなくてもいい」という思考を心掛ける

特に日本人はマスメディアを筆頭に原因(犯人)探しが大好きです。しかしこの世は謎だらけで、凶悪犯罪でも殺害の理由・動機が分からない事件は幾つもありました。

また日本人は「みんな一緒!」が好きですが、全員が本心から納得・同意できるケースは稀であり、発言を我慢し妥協してストレスをため込む人を一定割合生みます。

オ.人のためや世間体より、自分と身内のための生活・生き方を優先する

他者のため、社会のために働くこと自体は素晴らしい行為ですが、そんな利他的な行動は、自分達が一定水準の健全な生活を営めるという前提がなければ簡単にはできません。

世の中にはその日暮らしに精一杯の人だけでなく、一定水準の生活ができる人でも、お金と時間を他者のために使う余裕があるのは半分にも満たないかもしれません。

ところがテレビ局が過度にかわいそう感を煽るドキュメンタリー報道を繰り返すと、「善意の押し売り」の形で、余裕のない家庭にもプレッシャーがかかり、「私たちも何かしないと申し訳ない!」という罪の意識を生む恐れがあります。

だからまず自分の家庭が優先という意識が必要だと思うのです。

カ.絶対的な正義を信じることなく臨機応変な生き方を心がける

玉石混交の現代は、事実・真実の把握が極めて難しくなっています。新型コロナもこのわずか1年間に新たな事実が次々に判明しました。

この先もウイルスの変異や被害状況によっては、再び施策や対応を変えなければならない可能性があります。

その時は、立案者や指導者は変更理由を正直に述べ、謝るべき点は素直に謝るしかないと思います。ところが政府、有識者、専門家の多くは、自分が失敗の責任を負わされるのを恐れて火中の栗を拾おうとしないように見えます。

このような状況では、国民一人一人が情報リテラシーを高め、自分や身内が後悔しない充実した人生を歩めるように、自主的に考え行動するしかありません。

ただ、残念ながらいくら冷静かつ客観的に話しても、全く理解してもらえない人が一定割合いることも事実です。そんな厳しい状況でも、情報リテラシーの高い方を中心とした、正しい情報を一人でも多くの人に伝える努力は決して無にならないと思います。