コロナが炙り出した日本型「反権力」の正体

2021年01月08日 06:00

「政府は何ができるのか」が先

コロナの感染者増大を受けて世間では「政府は何をすべきか」が熱心に議論されている。しかし「政府は何をすべきか」を議論する前に「政府は何ができるのか」即ち政府が有する法的権限・人員・予算・資機材の確認、「国の政府(内閣)」と「地方の政府(地方自治体)」の役割分担を検証することが先ではないだろうか。

Nastco/istock

非常事態下ではヒト・モノ・カネは簡単に増やせない。政府の能力は無限ではない。既に触れたように一口に政府といっても「国の政府(内閣)」と「地方の政府(地方自治体)の違いもある。

だからこそ「政府は何ができるのか」の議論が必要であり、これを欠いた「政府は何をすべきか」の議論はまとまることはない。
コロナ禍を打破したければ「政府は何ができるのか」→「政府は何をすべきか」の順序で議論すべきである。

そしてこの日本には「政府は何ができるのか」に精通している者がいる。それは「反権力」の立場にいる者だ。反権力とはただ単純に政府に反対することではない。反権力とは「権力と闘う」「権力を監視する」という意味である。

反権力の立場の者は政府の仕組みに精通していなければならない。闘争・監視対象の仕組みに精通せずして反権力は務まらない。

政府の仕組みを理解していなければ政府と勝負することもできない。待っているのは敗北だけである。敗北だけなら良いが、その結果、権力の子分・代弁者に成り下がる危険性すらある。

だから一見、反権力に見えても「政府は何ができるのか」を主張しない者、例えば「政府の法的権限に触れないで医療崩壊を叫ぶ者」などは反権力でもなんでもない。

個人的に一番問題だと思うのは反権力の装飾で「国の政府(内閣)」と「地方の政府(地方自治体)」の対立関係を殊更、強調する者である。彼らは日本国憲法下の日本には政府が複数あることを忘れている。

「政府は何ができるのか」という思考があれば中央と地方の関係は「対立」ではなく「協調」になるはずである。

今、緊急事態宣言を巡って「国の政府(内閣)」と「地方の政府(地方自治体)」のやりとり、特に東京都が注目されているが、単に「小池知事が腰の重い菅首相を動かした」と評価してはいけない。「地方の政府(地方自治体)」は「政府は何をすべきか」と問う立場にはない。

論を戻すが反権力の立場の者は他の誰よりも「政府は何ができるのか」を語らなくてはならない。いちいち名前はあげないが普段、得意になって反権力を語るジャーナリスト、有識者はこのコロナ禍でどれほど「政府は何ができるのか」について語っているだろうか。

筆者の見た限りでは誰も語っていない。日本の反権力とは所詮「ファッションセンスなきファッション」「スポーツマンシップなきスポーツ」という感想しか出てこない。

コロナは日本型反権力の正体を炙り出したのかもしれない。

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