日本民主主義再構築論① 挑戦を受けるイデオロギーの世紀

高橋 富人

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2021年が始まった。

世界の幕開けは、アメリカの大統領の号令一下行われた議会での民衆暴動や、中国による香港の民主派弾圧などのニュースが躍った。

世界は、民主主義へ挑戦する権威主義勢力が民主主義と拮抗し、あるいは打ち負かす力を持った時代に突入した。

 民主主義ではない国とオートクラシー化した国

世界を「民主主義国家」と、「非民主主義国家」とに区分けしたとき、昨今台頭が著しい中国は言うまでもなく「非民主主義国家」だ。共産党の一党独裁であり、党は憲法に優越し、党員の選出方法は国民の投票によらない。政府に反対する政党の存在を認めず、個人が政府を批判することに厳罰を科す姿は、全体主義国家の十分条件を満たしている。

他方、「民主主義国家」の中にもグラデーションがある。形としては民主主義的である国でも、制度的、指導者の資質的に独裁色の強い国家を、近年「独裁(オートクラシー)化した民主主義国家」と呼ぶことがある。

ロシアのプーチン、フィリピンのドゥテルテ、トルコのエルドアン、ブラジルのボルソナロ、韓国の文在寅、そしてアメリカのトランプ等の大統領に率いられる国家が、程度の差こそあれ「オートクラシー化した国家」に大別されよう。

スイスの政治学者クロード・ロンシャン氏の2018年の論考によると

オートクラシー政権(独裁政権)の典型的な特徴は、自由の抑圧、メディアの監視と制限、そして反対派の弾圧だ。

オートクラシー化とは、民主主義の原則に従った国を独裁傾向の政府幹部が統治するようになること意味する。

とあり、2018年当時すでにオートクラシー化は「アジア、アメリカ、欧州で広がりつつ」あり、主に東欧で「忍び足で広がっていく」不気味な兆候を紹介している。

SWI swissinfo.ch:世界的に民主主義離れの傾向 崩れ落ちる平和の礎

さらに、スウェーデンの調査機関V-Demの昨年の発表では、民主主義国・地域は世界に87、非民主主義は92と、民主主義が18年ぶりに非民主主義の勢力を下回ったと報告されてもいる。

 権威主義化する世界とその背景

世界各国の権威主義化の主たる理由は

・ソビエト崩壊後の民主化により自由を得た多くの国において、経済が思うように発展しなかったことによる民衆の絶望が、「強いリーダー」を求める心的要因を生んだ。

・情報化社会の劇的な伸張に伴い、社会の変化に即応できる政治システムの必要性から、決定に至るまでの手続きが多い旧来型の民主主義が忌避されるに至った。

・経済格差の固定化に決定的な解決策を見つけることができない既存の主要政党に対する民衆のいら立ち。

などが上げられよう。さらに、覇権国家として伸張著しい「全体主義国家中国」が一定の成功を収めている点も、日本では比較論的に民主主義の退潮を印象付けているのかもしれない。

日本の民主主義の歩むべき道

現代社会における政治とは、私は「自分が属す社会に対する納得感を得るための権力装置」であると理解している。

例えば、政府に対する批判発言ひとつで厳罰が課される国家の振る舞い対し、同意できる日本人は皆無だろう。そのような強権的な政治に対し、私達は絶対的なNOを突きつける。

他方、確かに社会の変化の速度は加速度的にあがっており、「貧困家庭の子は貧困から抜け出せない」とされる経済格差の固定化も、解消されない課題だ。

そのような社会にあって、私達はつい「強権的なリーダーシップ」を求めてしまいがちだ。もちろん、政治は大きな流れを決定する役割を担う。しかし、その役割は常に「自由主義とセットになった民主主義」の範囲内で行われるべきものだ。逆に言えば、私達は現在、その手法以外に有効な「納得できる権力装置」を見いだせていない。

結論は、私達は現在ある民主主義を深化させて、国家や地域の課題を解決していくより他道はない、ということになる。

では、「民主主義の深化」とは何だろう?そこには、制度、社会、政党、運用、教育、選挙等の大項目の中に、目もくらむような膨大な論点がある。

そのすべてを一括して「よき方向」に振り向ける魔法はない。しかし、民主主義という形態を保持しながら、国民の政治に対する信頼を獲得しているスウェーデンやオーストラリアなどの事例はある。政治の政策決定が「正しいかどうか」は歴史が長い時間をかけて検証していくものだが、「国民市民の納得、信頼」を獲得しているかどうかは、リアルタイムで確認が可能だ。ちなみに、日本における政治への信頼度は世界最低レベルだ。その意味で、日本の民主主義は現在の世界の潮流の中にあって「極めて危機的状況」にあると考えるのが自然だろう。

日本国民の政治家への信頼度はなぜ世界最低レベルなのか ダイヤモンド・オンライン

次回は、地方議会議員という立場で、政治が市民の「信頼・納得」を獲得するために、特に重要な論点であると考える「市民の政治参加」について述べたい。