米独議会周辺騒動にみる「深い闇」

「国民の代表が集まるハウス」(ペンス米副大統領)である議会前に多くの抗議デモ参加者が集まり、議会内に侵入し、建物を破壊するといった出来事は世界を見渡せば、残念ながら珍しくはないが、先進諸国では幸いほとんど見られないものだ。

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通常、議会周辺の警備体制は他の場所より厳重で、多数のデモ参加者が議会に入り込み、建物内で暴れるといった事態は本来考えられない。しかし、世界最強国の米国で今月6日、トランプ大統領支持者の抗議デモ参加者が首都ワシントンDCの連邦議会内に侵入して破壊行為を行った出来事は、世界に大きな衝撃を与えた。忘れてならない点は、昨年8月末、欧州連合(EU)の盟主ドイツの連邦議会周辺でも同じような騒動が起きていることだ。そこで両国の議会周辺での騒動をもう一度振り返ってみた。

ドイツの場合、昨年8月29日から30日にかけ、メルケル政権が施行した一連の新型コロナウイルス関連規制法に反対する抗議デモ集会が行われた。警察側の発表によると、29日には総数4万人が複数の抗議デモに参加した。ブランデンブルク門周辺や“6月17日通り”では30日、2500人が参加した。ベルリン州警察は数千人の警察隊を動員し、市内で広範囲に警戒警備・交通規制を実施した。

問題は29日、極右過激派がベルリンの国会議事堂建物(連邦議会がある)の階段に登り、ナチス・ドイツ時代のドイツ帝国議会の旗を振り、過激な政治的プロパガンダを行ったことから、警察隊が介入して強制解散させた。

警察当局によると、国会議事堂の階段を上ったデモ参加者数は300人から400人という。316人が逮捕され、33人の警察官が負傷した。131件の刑事責任が問われた。国会議事堂建物の階段で帝国旗を振ったのは極右過激派や「旧ドイツ帝国公民」(Reichsburger)メンバーとみられている。彼らの幾人かは建物の中に入ろうとした。

シュタインマイアー大統領は30日、デモ参加者が国会議事堂の建物前でナチス・ドイツ時代の帝国旗(Reichsflaggen )を振り、極右的な過激な言動をしたことに対し、「われわれ民主主義の中核への耐え難い攻撃だ。絶対に甘受できない。帝国旗を振った人間の数は少ないが、ドイツでは大きなシンボル的な意味が出てくるのだ」と強く批判した。

1933年、ドイツ国会議事堂放火事件が起きた。同事件はワイマール共和国の終わりの始まりを告げ、国家社会主義の独裁政治の台頭を促す出来事でもあった。その国会議事堂建物前でナチス時代の「帝国旗」を振るということは、ドイツ国民に1933年の歴史的事件を想起させてしまうわけだ。

米国の議会内騒動事件を受け、ベルリン警察は7日、国会議事堂周辺の警備強化に乗り出す計画を明らかにしている。米国議会の騒動の二の舞になっては大変というわけだ。ドイツ南部バイエルン州のゼーダー首相は、「連邦議会を含む主要建物の警備強化」を呼び掛けている。具体的には、連邦議会、首相官邸、米大使館などだ。

一方、米連邦議会での騒動はトランプ大統領支持者の暴動と受け取られ、米民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、「議会侵入騒動はトランプ大統領の責任だ」として、同大統領の即解任を要求。連邦捜査局(FBI)は議会内に侵入したデモ参加者の身元割り出しを進めている。また、議会警備担当の警察責任者が解任されたが、問題はどうして多くのデモ参加者が簡単に議会内に侵入できたのかという点だ。ソーシャル・メディアで流れる動画などでは「議会に入れ」と扇動している声が聞き取れる。明らかに誘導者がいたことが分かる。

ドイツでは警察隊が議会内に侵入しようとした多数のデモ参加者を拘束し、侵入を阻止した。「米国の民主主義の拠点」ともいうべき米連邦議会周辺の警備体制がドイツ連邦議会のそれより緩かったのか。それとも何らかのサボタージュがあったのか、という憶測すら出てくる。

ドイツの場合、抗議デモ集会はコロナ規制への反対だ。同集会には極右過激派だけではなく、極左過激派も集会を開いていた。米国の場合、トランプ大統領支持者の集会であり、大統領選の不正に抗議することがその主要目的だった。1月6日は米上下両院合同会議が開催中で、ジョー・バイデン氏の当選を正式に追認する会議が進行中だった。トランプ支持者はその会合の議会前で抗議することが目的だったが、その一部が議会に侵入し暴れ出したわけだ。

その結果、トランプ支持者は「暴徒」と受け取られ、トランプ氏は暴徒を煽る大統領として激しいバッシングを受ける羽目となり、バイデン氏が大統領として公認されるのを助けることになった。すなわち、議会内に侵入して暴動化したトランプ支持者は意図とは逆にバイデン氏を支援したことになったわけだ。

ちなみに、米俳優アーノルド・シュワルツェネッガー氏は10日、ツイッターでトランプ支持者の議会侵入事件を反ユダヤ主義暴動の1938年のナチス・ドイツの「水晶の夜」事件と比較し、「トランプ氏は国民を誤動する指導者だ」と批判している。

当方は米議会内侵入事件を「水晶の夜」と比較するシュワルツェネッガ―氏の見解には同意できない。今回の騒動でトランプ氏を糾弾することに追われ、肝心の、大統領選の不正問題の解明問題が忘れられてしまうことは避けなければならない。

ドイツの議会内侵入(未遂)は同国のナチス・ドイツ時代の「歴史」を蘇らせ、米議会内侵入事件では同国の建国以来の「民主主義」が問われ出したが、両者とも事件の核心に至るまでには「深い闇」が覆っているのを感じる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。