北朝鮮の次の一手

北朝鮮で労働党大会が開催され、金正恩氏が「総書記」の肩書を得ました。また幹部の約半分を入れ替えるなどの大幅な人事刷新があり、その中には注目すべき異動もありました。金正恩氏がこのタイミングで総書記の肩書を得たこと、そしてこの次の一手について考えてみたいと思います。

北朝鮮・朝鮮労働党創建75周年の祝賀会で演壇に立つ金正恩党委員長(朝鮮中央通信公式サイトから)

まず、総書記の肩書の重みでありますが、金日成、金正日両氏しか使わなかったタイトルであります。金正恩氏が正日氏の後を継いだのち、今日に至るまで別の呼称、最高指導者、第一書記、委員長などを使ってきており、どれがより高位な地位を示すのか、日本語的にもわかりにくいものでした。今回、就任10年目の節目を迎え、祖父、父と同じ呼称を使うこととしたようです。総書記より更に上の呼称となると日成氏が使っていた(国家)首席が残されています。

党大会では経済の不振について謝罪するという珍しいシーンが見られました。各種経済制裁の上にコロナもあり、国を閉ざした状態において10月の中朝貿易額が99%減といった壊滅的状況となり、極めて厳しい市民生活を余儀なくさせられました。我々が目にする北朝鮮の画像はほとんどが平壌の見栄えが良いところでありますが、それ以外は道路は舗装されておらず、人は自転車か徒歩、牛車もつかっています。また女性は自転車に乗ってはいけないルールがあります。人の移動の自由もありません。平壌にすむエリート層も結局は「お上」の機嫌を損ねれば一発退場どころか命すらないわけでYESマンどころではなく、党大会などで金正恩氏に対して必死に手をたたく以外生きる道がないのです。

その経済不振で食べ物もない経済の疲弊の責任を取らされたのが朴奉珠氏で、5人しかいない政治局常務委員から落ちました。朴氏は北朝鮮経済の最高責任者でありました。次に外交の不振で責任を取らされたのが金英哲党副委員長、崔善姫外務省第一副長官の両名でこの両名はトランプ氏との会談やその事前交渉でしばしば名前が挙がっていたので覚えていらっしゃる方もいるでしょう。

そしてもう一人、金正恩氏の妹の金与正氏も大幅降格しています。幹部リストに名前はなく、中央委員会委員139名のうち序列21番目となっています。一時期はナンバー2と言われ、トランプ氏との交渉にも積極的に関与、また昨年6月に南北共同連絡事務所を爆破する指示を出したともされますが、なぜ、そこまで降格させたのでしょうか?

多くの報道には序列的には下がったが実質はまだ妹という立場もあり、変わらないのではないか、と評されています。私は実はそう取っておらず、金正恩氏が目に見える降格人事をする明白な理由が存在したものと思われます。個人的な想像としては与正氏が踏み込み過ぎて、軍の規律と統制が取れなくなり、不満が鬱積したのではないかとみています。

さて、外交ですが、金正恩氏はこの会議でアメリカを「最大の敵」と称しています。一方、上記のように金英哲、崔善姫両氏を降格させてしまい、人事的にアメリカおよび韓国への敵対姿勢とその実効性が裏腹ではないかとみています。つまり、金氏の当面のプランは北朝鮮の体力回復であり、アメリカを仮想敵国とし続けることで軍部の緊張感を維持する戦略ではないかとみています。

これはバイデン氏のアメリカだと米朝関係が目に見えて改善、ないし、展開する期待感がほぼないと思われ、バイデン氏をトランプ氏のようにミサイルで釣って会談に持ち込むことは困難とみていると考えています。中国も今は北朝鮮政策は二の次三の次程度の優先度であり、中国が同国に今、手を出しても得るものは少ないとみているようです。

最大の仮想敵国がアメリカであっても当面は朝鮮半島の支配権をめぐる韓国とのし烈な「ポールポジション争い」となりそうです。韓国は文大統領が22年5月に任期終了となるため、これから韓国国内の世論が大きくぶつかり合うことが予想されます。その中で北朝鮮の存在感をアピールしながらもあまり強く押し出せば韓国野党の保守党が優位になりかねない政治力学が生じます。よってこの時間的隙間を利用して北朝鮮の国内基盤固めを行うというのが2021年の展開になるとみています。

軍事力強化は引き続き傾注するでしょうが、経済の疲弊が思った以上に進んでいる今、以前のように世界の耳目を集めるようなロケット実験は散発的にはするかもしれませんが、政策的には継続的な実験の可能性はやや下がった気がします。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年1月12日の記事より転載させていただきました。