「主権免除」と「内政干渉」は重大な人権侵害にどう作用するか

高橋 克己

Ludmila Lozovaya/iStock

小室直樹博士は元外交官で国際法に精通する色摩力夫との共著「戦争と平和の法」(総合法令)の中で、「主権」について示唆に富む発言をしている。以下にそのポイントを要約してみる。(以下、文中の太字は全て筆者)

主権の第一の根本的性質は立法権であり、立法権こそ近代国家を中世と分かつ革命的な考え方だ。主権者は絶対的だが、それは法的地位であって政治的にも全能な訳ではない。主権者の法的地位も、契約からは自由でない。国際法の関連で重要なのは外国との契約であり、これは遵守せねばならない。

他方、色摩は国際法が慣習法であることに関連し、「慣習は個人に対して、自然と同様に実に横暴な社会的圧力となってのしかかる」としつつも、「個人に対しても社会全体に対しても、ある種の恩恵をもたらす」として、次のような要点を述べる。

慣習は振舞いの基準となって、他者との準共同生活を可能にする。その様な社会のお陰で、人間は過去を蓄積して進歩できる。これは緩やかな風俗習慣から始まって、更に強力で硬直した次元の、法や政治や国家にも及ぶ

冒頭に「主権」と「国際法」について引用したのは、韓国の慰安婦訴訟判決についての投稿政府は主権免除に逃げず、起訴事実を否定性せよに関連して、「主権免除」について補足し、併せて「内政干渉」と「人権侵害」についても国際法の観点から少し考察したいとの思いからだ。

嘘を前提として「主権免除」を否定する裁判が、国際法違反なのは自明だが、かといって嘘の起訴事実を否定しないのでは、それが国際社会で独り歩きする、と愚稿では述べた。ここでは「過去を蓄積して進歩」した今日の「慣習国際法」を以て、戦前のことを裁くのも不適切だ、と付け加えたい。

国家はその行為や財産に関して外国の裁判管轄権に服することを強制されない、との「主権免除」の根拠は、「国家が平等であることの帰結として『対等なる者は対等なる者に対して支配権を持たない』ということや、相手国との友好関係の維持などが挙げられてきた」(「現代国際法講義」有斐閣)。

この一文には、韓国での今回の裁判の性格が尽くされている。つまり韓国(司法)は、日本を対等な国とも、また友好関係を維持すべき相手とも見做していない、ということだ。更に、65年の日韓基本条約を否定は、韓国が国交回復以前の状態に戻りたいとの意思表示、と見ることもできる。

こうした裁判と起訴事実に綴られた嘘八百は、我々日本人に上記のことを想起させ、韓国に対する懲罰的制裁にとどまらず、(韓国がその気なら)国交断絶すら決意させかねないことを、韓国司法は元より文政権も気づいていないのではなかろうか。浅薄と言う他ない。

ところで現下の国際社会は、中国の外縁地域、それは新彊ウイグル自治区であり、チベット自治区であり、内モンゴル自治区であり、香港などだが、そこでの重大な人権侵害が、習近平率いる共産中国によって現在進行形で起こされているという深刻な問題を抱えている。

共産中国による香港への国家安全法施行に対し、旧宗主国の英国は永住権付与等の救済策を公表、また米国は中国企業や要人らに対するいくつかの制裁法案を超党派で決議し、実行しつつある。が、鉄面皮の習近平はこれらを「内政干渉」として意に介さず、逆に香港民主派を大量逮捕してみせた。

170万人規模ともされる新疆ウイグル地区での大量収容や強制労働が内部文書の漏洩によって国際社会に晒され、また不妊手術や堕胎の強制も報じられる。内モンゴル地区での中国語強要の報もある。チベットに対しては、米国が昨年これを支援する法案を決議した。

これら中国外縁地域での共産中国による重大な人権侵害に対して、諸外国がこれを非難し、そこから難民や亡命者を受け入れ、あるいは国内法を以て共産中国の関係者を制裁することが、果たして共産中国の戦狼広報官のいう「内政干渉」に当たるのか、ここを我々は知る必要がある。

これは「主権免除」とも通底する。つまり、重大な人権侵害が例えばC国で起きている時、A国がC国に「干渉」または「A国内でC国を提訴する」ことができるかということ。むろん後者では、C国在住のA国人が人権侵害を受け、その責がC国にあると疑われるようなケースでなければなるまい。

ワームビア事件がこれに当たる。彼の両親は18年4月、北朝鮮を相手に賠償金10億ドルを要求する訴訟をワシントンの連邦地裁に起こした。同地裁は12月、北朝鮮にはワームビアの拷問、人質、超法規的な殺人に関して責任があるとして5億ドル余の支払いを命じた。

両親は外国主権免責法(FSIA:Foreign Sovereign Immunities Act)を使った。北朝鮮は無視し、逆に治療費2百万ドルを米国に請求した。また昨年5月、スティーブ・バノンは大紀元の取材、新型コロナ問題で共産中国を訴える際にFSIAを用いることを示唆した。

 

さてこの問題、前掲の国際法書を含めた資料を読む限り多様な主張がある。そして近年、それが「主権的行為」であっても、重大な人権侵害行為に対しては、外国に「主権免除」を与えるべきではないとする主張が登場してきたのは確かなようだ(「重大な人権侵害行為に対する国家免除否定論の展開」(坂巻静佳)国際関係法研究動向レビュー)。

背景には、上述の共産中国や北朝鮮に見るように、人権を侵害された個人に対する国際的な救済手段が依然として十分ではなく、自国の内外で行われた人権侵害行為に対しては、国内の裁判所がその役割を担うとの認識があるから、とされる。

その一方で坂巻論文は、「かりに人権規範にもとづく免除の否定が認められれば、フォーラム・ショッピング(*自分に有利な法廷地を選んで原告が訴訟提起すること)が生じ、リベラルな管轄権規則をもつ先進国の国内裁判所での裁判が増大するおそれがある」ともしている。

前掲国際法書にも「内政干渉」について、「(今日)重大な人権侵害に対する干渉は適法であるとする主張が見られ」るが、「濫用の危険性があるため否定的な評価も強く、国際機関の介入に委ねるべきとも主張され、慣習国際法上確立したものと見ることは難しい」とある。

ワームビア判決にある「拷問」の他に、「国連憲章違反の武力行使」、「ジェノサイド」、「海賊行為」、「奴隷売買」などは、ウィーン条約法条約第53条で「いかなる逸脱も許されない規範として、国際社会全体が受入れ、かつ認める規範」、すなわち「強行規範」とされている。

慣習国際法が「過去を蓄積」して進化するものならば、今回の慰安婦判決の起訴事実にある行為(嘘だが)の一部は「強行規範」に当たり、「主権免除」が否定される可能性がある。だが、(韓国の得意技だが)一般に「法の不遡及」という原則があるので、戦前のことに適用されることはなかろう。

とはいえ、共産中国による重大な人権侵害は現在進行形だ。一刻も早く国際法でこれらを断罪できるように「過去を蓄積」し、「慣習」とせねばならない。