ビジネスが分かるためのスキル向上を

古い話で恐縮です。私がカナダに赴任する際に本社の経理部(主計)から「君は秘書だったから経理は大丈夫か?」と言われ、現場の工事会計はやったけれどそれ以外は未経験と申し上げたところ、赴任する前にせめて貸借対照表と試算表の作り方だけは覚えていかないとすぐに月次報告の際に困ると脅されました。

当時はもちろん会計ソフトもないので表計算ソフト、ロータス123を使いながら苦戦しました。本を読み、仕組みを体得し、初めの数カ月は見よう見まねでしたがその後、年次決算も含め、自分の中に吸収します。その後も不必要な四半期決算を作り、経営と決算書を眺めながら経理とは過去の数字をまとめるもの、だけど経営にはこの数字を一日も早く知ることが絶対条件と結論付けました。それ以降、月次は月が明けて数日中に、年次も2週間程度で作ります。

事業費1000億円の不動産開発のためにカナダにひとり赴任した時、私に渡されたのは紙が数枚入っているファイル一冊のみ。あとは現地に開発申請をしている土地がある、というほぼ無の状態で事務所も人もいないところからのスタートです。慣れない経理もやりながら事務所のリースに人の採用、事務機などを揃え、事業を展開しなくてはいけません。今思えば無謀な会社だったと思いますが、その無茶苦茶さのおかげであらゆることを自分で体得するチャンスを頂いたと思っています。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

少し前の日経に「一つの仕事で満足ですか」という連載があり、みずほ銀行の副業解禁の記事があります。私が業務上付き合ってきた金融マンのほぼ全ては事業を金融マンとしてみていることでした。それは数字であります。ただ最近は数字を読めない金融マンも散見でき、業種ごとの特徴を理解していない方もいらっしゃいます。銀行マンも実業を知らないな、と思ったことしばしばであります。

カナダでは一流大学を出てもなかなかフルタイムの正社員にはなれません。極端な話、アルバイトで入りながら仕事が認められれば正社員に引き上げてもらうケースもあるでしょう。バイトでは食えないので掛け持ちで仕事をする人も結構多いものです。その点、日本は大学を卒業すればスーツを着て立派なオフィスビルで勤務できる「格好良さ」はありますが、スキルで当地の新卒に比べ、見劣りしてしまうのは学生時代も含め、積み上げた経験値の違いでしょうか?

大企業であればあるほど社業のごく一部の仕事しかやっていません。歯車の歯車と言われるゆえんです。弊社でバイトをしていたある方は国立系大学院卒、トヨタ自動車で技術職を5年ほど務めていた経歴ですが、車のことがさぞ詳しいのかと思いきや、エンジンのごく一部のことだけに携わっていたのでどんな車が売れているとか、他社の車がどうなのか全く知りませんでした。

商社マンは縦割り社会で専門業種、繊維、鉄鋼、資源、食品、プラント…といったキャリアでほぼ全てが語られます。商社マンと初めて会った時にはまずは「ご専門は?」と聞かないと他の話をしてもちんぷんかんぷんなのであります。

日本の大手企業にお勤めの多くの方はこの縦割りの分厚い壁に閉じ込められてほとんどスキルと経験値向上のチャンスがないとも言えます。よってみずほ銀行が副業解禁したのは縦割りの壁のみならず、出身行派閥が未だに残る横割りもあり、銀行マンが狭い升の中でもがいているような状態だったと想像すれば副業解禁は3次元的解決方法だったのかもしれません。

東大生に起業家が多いといわれます。東大生は地頭がよいとすればビジネスのどんな分野も器用に吸収し、身に着けるのが早くビジネスの基本武装が上手だからともいえます。私も10年ぐらい前は「起業のすすめ」をしていましたが昨今のビジネス環境の変化を見てこりゃ、未経験者のハードルは5段も10段も上がったな、と思っています。

起業にはそれぐらいカバーしなくてはいけない高度な分野が増えてきたともいえるのですが、それらのスキルを一つでも多く学び取り、自分に取り込むことでスキルの掛け算ができるようにすべきでしょう。大手企業は今や日本国内では戦っていないので海外での戦略となればツワモノばかり。生半可な知識や経験では障子に穴を開けるぐらい簡単に打ち破られます。

電通やタニタでは一部社員を雇用関係から業務委託契約に切り替える動きをしています。但し、それらは40-60歳という中高年層へのプログラムでそれぐらいの年齢になってから自分の専門外の知識を学ぶのは異様に大変です。経理だって数字がバランスして税務申告すればよいのではなく、その数字が何を意味しているのか読み解き、改善させることに本当の意味があるのです。

可愛い子には旅をさせよ、と言います。20-30代の若手にはあらゆる経験を苦労しながらも積み上げるキャリアを身に着けてもらいたいし、企業側もそれを促進すべきでしょう。コロナで一部の企業では全く違う業種に出向させているようですが、それも一つの経験値となればよいと思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年1月15日の記事より転載させていただきました。