タイ政府、英アストラゼネカの技術移転でコロナワクチン国内生産へ

藤澤 愼二

世界中で再びコロナの感染拡大が猛威をふるう中、早急なワクチン接種が人類にとっての唯一の希望となっていて、各国で激しいワクチン争奪戦が展開されている。

sittithat/iStock

すでに接種の始まったファイザー、モデルナ(いずれも米国製)、そしてアストラゼネカ(英国製)の3社の他に、シノバックやシノファームといった中国企業が開発したワクチンもあるのだが、詳細な治験データが開示されていないことから、その効果や安全性が疑問視されおり、これらワクチンの使用を敬遠する国は多い。

ところで、日本ではあまり知られていないと思うが、タイにサイアムバイオサイエンス社というバイオテクノロジーの会社がある。最先端科学ということもあり、実はバイオ薬品の会社はタイにはこの1社しかない。そして、この会社がイギリスのオックスフォード大学とアストラゼネカが開発したコロナワクチンの技術供与を受け、近々タイ国内でワクチンの生産を始めるのである。

同社サイトより

すなわち、同社がASEANの中で唯一、コロナのワクチンを現地生産する製薬会社となるわけであるが、この会社に関し現地のグルンテープトゥーラギットというオンライン経済紙に次のような興味深いコメントが載っていた。

サイアムバイオサイエンス社はラーマ9世(亡きプミポン国王)の意思により設立されたバイオ薬品の会社であり、この会社があったからこそ、タイは今回ASEANで唯一、アストラゼネカ社からコロナのワクチン生産の技術供与を受けるという大きなチャンスに恵まれたことを、我々は知っておくべきである

2016年に崩御されたプミポン国王は、タイ国民から最後まで敬愛され続けた稀有の国王であったことから、これに興味を持った筆者は、早速同社ホームページ等から設立の背景や現状を調べてみた。

すると、バイオサイエンス社は今回のコロナ感染拡大の場面においても、短時間でコロナ陽性のチェックができるPCR検査ユニットをいち早く開発し、タイ国内での感染拡大阻止に貢献したと評価されていることがわかったのであるが、この記事ではさらにこんなことが書いてあった。

この会社を語るには、まず最初に2009年に遡らなければならない。つまり、約11年前にサイアムバイオサイエンス社は、タイ国民の健康維持と管理を重要視する今は亡きプミポン国王の、タイにもバイオテクノロジーの医薬品会社が必要だという意思に基づき、資本金48億バーツで設立されたのである。

 

その後、この父の意思は現在のワチラロンコーン国王(ラーマ10世)によって引き継がれ、タイ国民の健康維持に対する王室の貢献は今も続いている。そして、同社はタイで一番最初で、しかも現在も唯一のバイオ薬品を生産できる会社なのである。

以上からもわかるように、この会社があったおかげでタイは、他国のようにワクチン争奪戦に加わることもなく、近い将来、タイ国民は現地生産された安全なワクチンを接種できるようになったのである。

しかも1接種わずか5ドルという製造原価でタイ政府は購入することができることから、政府の負担も少なく、タイ国民全員が無料でワクチンを接種できるのである。

さらに、同社は将来的に月間1,500万接種分のワクチンを国内で生産する計画で、タイ国民への接種が一巡した後は周辺国へ輸出して、ASEANにおけるワクチン供給のハブになることを目指しているという。

ところで、筆者の調べたところでは、世界の他の国々は中国シノバックのワクチンを1接種17ドル、そしてファイザーやモデルナのワクチンを20ドル前後で購入しているらしい。従って、このサイアムバイオサイエンスのワクチンを原価の5ドルで買えるタイ国民は本当に幸運であったが、同社にとっても海外に輸出できるという大きなビジネスチャンスなのかもしれない。

もっとも、サイアムバイオサイエンス社は現在も王室が株主であり、周辺国がコロナで苦しむ中、ワクチンの輸出で大儲けしようなどとは考えないのかもしれないが…。

いずれにせよ、もしタイにこのサイアムバイオサイエンス社が存在してなかったら、アストラゼネカは他の国をASEANの供給基地として選んでいたかもしれない。そういう意味では、11年前、国民の健康を願うプミポン国王の意思で設立された同社は、世界中がコロナの感染危機に苦しむ今、この上ない国王からタイ国民への贈り物になったと思うのである。

藤澤 愼二(ふじさわ  しんじ) バンコクの不動産ブロガー兼不動産投資コンサルタント
2011年、アーリーリタイアしてバンコクに移住。前職ではドイツ銀行国際ファンドのシニアマネジャーとして、不動産ポートフォリオのアセットマネジメントを行ってきた。 現在は、ブロガーとして「タイランド太平記/バンコク コンドミニアム物語でタイの現状や不動産市場について最新情報を発信中。