「準軍事組織」となった中国海警公船には海上自衛隊で対処すべき

高橋 克己

本題に入る前に、本件と深く関係する米国事情に少し触れたい。

バイデン新大統領が早々にトランプ前大統領のそれを否定する15件の大統領令に署した。1776委員会の廃止など内政に関わるもののみならず、パリ協定やWHOへの復帰、メキシコとの国境の壁やカナダからの石油パイプラインの建設中止など、外国と関わるものもある。

ホワイトハウス公式サイトより

批判も少なくないが、バイデンはメキシコとカナダのトップには電話を掛け、前者には中米諸国への40億ドルの支援を申し出た。不法移民の根が絶てるなら好ましい。トルドーは「acknowledge(了承)」した。この語は米中上海コミュニケにも使われたが、「正式に」というより「しぶしぶ」のニュアンスだろう。

これらの日本への影響は総じて間接的と思われるが、直接影響する新政権の外交案件が二つある。一つは23日に国務省がプレスリリースした中国への台湾に関する要請、他は24日に行われた岸防衛相とオースティン国防相との電話会談だ。

前者では、台湾を含む近隣諸国を脅迫しようとする中国の試みへの懸念を表明し、台湾に対する軍事・外交・経済での圧力の代わりに「民主的に選出された」台湾の代表者との対話を要請、併せて、上海コミュニケ、台湾関係法、6つの保証などにも言及し、従来通りの関与を表明した。

後者では、両者は強固な日米同盟の絆と、尖閣諸島への安保条約第5条適用を含む地域における力を背景とした一方的な現状変更の試みなど、いかなる事態にも対処する準備を確認した。北朝鮮の核やミサイルについても、計画の完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄に向けての連携を確認した。

但し、防衛省の発表には「自由で開かれたインド太平洋」とある一方、ペンタゴンのリリースは「the peace and security of the Indo-Pacific region」で、巷間いわれる「自由で開かれていなくとも、繁栄するし、安全でもあり得る」との、バイデン政権の中国への軟化懸念は払拭されない。

Ryan Fletcher/iStock

これらを踏まえて本題に入る。

22日の日経新聞は「中国の海警局『準軍事組織』に 新法で位置づけ明確化」との見出しで、習主席が同日に中国海警局の権限などを定める「海警法」に署名し、同局を「重要な海上武装部隊」、すなわち「準軍事組織としての位置づけた」と報じた。

中国全人代による海警法の草案公表は、世論調査でトランプを大きく上回るバイデンの勝利が予想された米大統領選投票日の11月4日(北京時間)だ。そして難産の末のバイデン新政権発足(20日)を待ちかねたようにこの新法に署名した。習の胸中に尖閣や南シナ海がないと思う方がおかしい。

習政権は12年の発足以来、海上警備を強化して来た。13年には公安省など4つに分散していた機能を集約した海警局を国家海洋局に設け、18年には行政組織から人民武装警察部隊に移した。そして今回の新法で人民解放軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会の指揮下に入れた。

その間に海警公船は質も量も強化された。76ミリと目される機関砲を備えた1万トン級の船も確認される上、19年時点での数も海上保安庁の巡視船(66隻)の約2倍に当たる130隻と、12年の3倍を超えた。ちなみに、フィリピン海軍の最大艦は7,000トン級とのこと。

ところで米軍はトランプが設けた宇宙軍を加えて6軍になった。陸・海・空・宇宙、海兵隊と沿岸警備隊だ。沿岸警備隊は、国防総省ではなく国土安全保障省の所属とされるが、軍組織として防衛準備態勢を維持する。習はこの米国組織を模して新法を設けたのだろうか。

日本にとって何よりの脅威は、中央軍事委員会の指揮の下で「防衛作戦の任務を遂行する」と明記されたこと。搭載している武器を、彼らが国家主権の侵害があると判断して行う警告の効果のない場合や緊急時に使用することの法的根拠を、海警局公船に付与したことだ。

これに対抗する日本の海上保安庁の任務は、海上保安庁法第2条で次のように定められている。

「法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。」

つまりは海上警察であって、武器使用についても警察官と同様に極めて厳格な規定がある。外国船の乗組員らの「異常な挙動」を確認した上で、「重大凶悪犯罪」につながりかねないなど4つの要件を全て満たさなければ、相手に危害を与える事態は許容されないのだ。

昨今は海警公船の領海侵犯が恒常化し、尖閣周辺の接続水域で日本漁船が海警公船に追いかけられる事態が相次いで報じられるが、新法では「接続水域で管制権を行使する」とも定めている。この様な「準軍事組織」に「警察組織」たる「海上保安庁」で対処し得るとは誰も思うまい。

領海に対する国の主権は領土と違って排他的ではないから、他国の船舶には無害通航権が認められる。だが我が領海で我が漁船を追い回すのは無害通航でない。接続水域で我が漁船や漁師に向うの一存で武器を使うなどは、我が国に対する武力の先制使用にも等しい。ならば国際法に違反しよう。

国際法では、他国の違法行為に対して「対抗措置」が認められている。但し、対抗措置の効果は、相手国の違法から生じる損害と「均衡」するものでなければならない。つまり、素手で殴られたお返しに武器を使ってはならないということ。逆にいうなら、原爆には原爆で報復できる。

中国海警でいえば、軍隊vs警察では、船の質と量を云々する前に組織としても「均衡」しない。中国海警局のカウンターパートはもはや海上保安庁ではなく海上自衛隊であろう。自衛隊法の(海上における警備行動)第82条には以下の規定がある。

「防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる」

尖閣に安保条約が適用されるとしても、日本が拱手傍観では、米兵の血が流れる事態に米国が踏み込む道理がない。日本政府は新法を施行する中国に対して、海上自衛隊が対抗措置に当たる場合があることを表明しておくべきだ。主権国家として当たり前の気概を示すに過ぎない。