企業の事業売却は取締役にとって「有事」と考える

1月26日の日経ニュースでは、「企業の事業売却、11年ぶりの多さ-鬼滅缶好調のダイドーも」との見出しで、コロナ禍において日本企業が事業の組み替えを急いでいることが報じられています。

(写真AC:編集部)

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企業の合併・買収助言大手のレコフによると、2020年に上場企業やその子会社などによる事業やグループ企業の売却が判明した件数は399件に上り、リーマン・ショック後の09年以来11年ぶりの多さだったそうです。上記ニュースの分析では、新型コロナウイルスの感染拡大による環境悪化に加え、資本効率への意識の高まりが売却を活発にしている、とのこと。

たしかに業績低迷のために「事業を売却せざるを得ない」ということで動いている企業も多いと思いますが、近時のコーポレートガバナンス改革の一環として「資本効率の向上を図ること」が推奨されているので、資源の最適配分を目的として動いている企業も増えているのではないでしょうか。なかには機関投資家から「〇〇部門(子会社)を売却せよ」と厳しいプレッシャーをかけられている会社もあります。

「事業の切り出し」が、当該企業にとってどの程度の資産規模なのかはマチマチですが、私は事業の切り出し(事業売却が中心)は、どのような規模であれ、当該企業の役員にとっては有事だという認識です。といいますのも、資源配分の変更に利害関係を有する社内および社外の関係者(たとえば従業員、取引先、顧客等)への根回し(事前説明やその優先順位)を間違えると、会社の社会的信用を毀損するような不祥事に発展するおそれがあるからです。

昨年11月、資生堂は長年お付き合いのある化粧品販売店に事前の説明もなくEC販売戦略に特化した化粧品販売を開始し、驚くことにEC戦略の対象商品について値引き販売を行いました。これまで、資生堂との厳しい取引条件を守りながら、一緒になって資生堂のブランドイメージを築き上げてきた化粧品小売店はこれに激怒したため、資生堂は昨年12月にこの販売を中止、代表取締役社長名で化粧品小売店に対して謝罪文を提出したそうです(こちらのライブドアニュースを参照)。

上記の日経記事でも取り上げられているとおり、資生堂は(ネームバリューは高いけれども)比較的低価格な商品の販売を他社に委ねて、高級価格帯の商品の製造・販売に特化する経営方針をとられるようです。資生堂のガバナンスは昔から定評がありますので、今回も前向きな事業戦略の一環として資本効率の向上策が実践されていると思いますが、その資生堂がどうして取引先事業者を敵に回すような戦略を実践してしまったのか、私自身もちょっとよくわからないところです。

上記ライブドアニュースの元ネタである東洋経済の記者は、

資生堂が値引き販売を敢行した背景には何があったのか。2019年に那須工場(栃木県)を稼働し生産能力を増強していた同社だが、そこにコロナ禍が直撃した。売上高は2020年1~9月時点で、前年同期比20%以上減少している。「工場新設とコロナ禍によって過剰になった在庫の消化を急いだからではないか」。専門店オーナーたちの指摘はおおむね一致している。

と解説されています。思えば今から20年ほどまえ、資生堂は化粧品小売店との間で「不公正な取引方法としての拘束条件付取引」の有無を巡り、独禁法上の紛争にまで発展したことは有名です。小売店の協力があって資生堂のブランドが維持されていることは、この紛争でも取り上げられていました。今回、「天下の資生堂」でさえ、事前にこのような「取引先リスク」について配慮できなかったのは、おそらく有事の意識が乏しかったからではないかと考えます。

資生堂の場合には、社長の謝罪文で収まったものの、最悪のケースは、このような紛議をきっかけとして、取引先から「日ごろの優越的地位の濫用行為」を公取委に持ち込まれたり、従業員から商品偽装や不適切な表示、あるいは労基法違反の事実を監督官庁に持ち込まれることです。つまり、事業の切り出しは、取引先や下請先、サプライチェーン、そして従業員が我慢しているトップ企業の違法行為をあぶりだす誘因となる、ということは認識しておくべきです。トップ企業にとっては通常取引かもしれませんが、相手方取引先にとっては「我慢の限界の取引」かもしれません。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2021年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。