WHO「科学諮問グループ」発足へ

ジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)は13日、新規病原体の起源に関する科学諮問グループ(SAGO)の26人のメンバーを公表した。2週間のパブリックコンサルテーション後、正式に承認される運びだ。SAGO(Scientific Advisory Group for the Origins of Novel Pathogens)はSARS-CoV-2を含む流行およびパンデミックの可能性のある新興および再興感染症の起源に関する研究・指導を支援するグローバルフレームワークの開発についてWHOに助言する役割がある。

記者会見でSAGOについて説明するテドロス事務局長(2021年10月13日、WHO公式サイトから)

WHOのテドロス事務局長は13日の記者会見で、「エピデミックやパンデミックを引き起こす可能性のある新しいウイルスの出現は当然考えなければならないことだ。SARS-CoV-2はそのような最新のウイルスに過ぎず、最後ではない。新しい病原体がどこから起因するのかを理解することは、流行やパンデミックの可能性がある将来の発生を防ぐために不可欠であり、幅広い専門知識が必要だ。私たちは世界中からSAGOに選ばれた専門家の能力に非常に満足しており、世界をより安全にするために彼らと協力することを楽しみにしている」と述べている。

700人を超える公募から選ばれた26人のSAGOメンバーは、疫学、動物の健康、生態学、臨床医学、ウイルス学、ゲノミクス、分子疫学、分子生物学、生物学、食品安全、バイオセーフティ、バイオセキュリティなど、さまざまな分野の専門知識の保有者だ。もちろん、SAGOの構成は、地理的および性別の多様性を反映している。

SAGOの創設の契機は中国武漢発の新型コロナウイルスのパンデミックだ。発生から2年半余り経過したが、コロナウイルスの起源については中国共産党政権の消極的な姿勢もあって、いまだ解明されていない。26人構成の科学者チームは行き詰った武漢ウイルスの起源調査を進展させる一方、近年、中東呼吸器症候群(MERS)ウイルスやさまざまな鳥インフルエンザウイルスなど、非常に危険な病原体がますます出現してきたため、WHOは今年の初めに、新規病原体に関する科学諮問グループ(SAGO)を設立すると発表していた。

推挙された26人の科学者リストを見ていると、ドイツの世界的ウイルス学者、クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)の名前を見付けた。同教授はポッドキャストを通じて定期的に国民にコロナ情報を報告し、メルケル政権のコロナ規制にも大きな影響を与えてきた。メルケル首相が最も信頼するウイルス学者だ。教授が厳しいコロナ規制を発するので、国民の一部から激しい反発が生れ、時には強迫メールさえも届いたという。教授はその度に、「自分はウイルス学者だ。自分が得た情報を国民と分かち合うことは義務だ。ただし、政治、経済問題には関わりたくない。自分はその分野の専門家ではないからだ」と説明し、ウイルス学者の立場を常にキープしてきた。

WHOは今年1月から2月上旬にかけ10人から構成された武漢ウイルス調査団を現地に派遣した。ドロステン教授は同代表団に参加を希望していたが、参加登録の期限を逸してしまい参加できなかった。同教授が参加していたならば、WHO調査団の報告内容も変わっていたかもしれない。いずれにしても、WHOは今回、同教授を26人の1人に加えたわけだ。

WHO武漢ウイルス調査団は2月9日、視察後の記者会見で中国側の主張を丸呑みした内容の報告を明らかにし、武漢ウイルス研究所(WIV)の流出については、「その可能性はほとんどない」と強調、欧米から批判を受けた。武漢ウイルス調査団の団長を務めたデンマーク人の食品安全問題専門家ぺーター・ベン・エンバレク氏(Peter Ben Embarek)は8月12日、デンマーク公共テレビ局TV2の「ウイルスの謎」というドキュメンタリー番組の中で、WHOが2月9日の記者会見で発表した調査報告が中国側からの圧力もあって強要された内容となった経緯を明らかにした(「WHO調査団長エンバレク氏の証言」2021年8月22日参考)。

WHOはSAGOの任務の中でSARS-CoV-2の起源との関連で、①WHO事務局に、SARS-CoV-2の起源に関する世界的な研究から得られたすべての利用可能な科学的および技術的発見の独立した評価を提供すること、②SARS-CoV-2の起源に関するグローバル研究を実施するためのWHOの運用計画に関する迅速なアドバイス、③SARS-CoV-2の起源に関するWHO・中国合同グローバル調査、必要に応じて追加の調査について助言する、等が明記されている。SAGOの重要な任務が新型コロナウイルスの起源解明にあることは一目瞭然となる。

トランプ前米大統領はコロナ発生源問題では明確な立場を示してきた。トランプ氏が主張する「WIV流出説」は当時、根拠のない陰謀説と受け取られ、メディアからは冷たく扱われた。それがバイデン米大統領の5月26日の発表前後から状況が激変した。WIV流出説が注目されてきたのだ。それを支える新たな状況証拠もメディアで報じられた。

①2019年11月、3人のWIV研究員がコロナに感染していた可能性があること、②19年9月12日、WIVで保管してきた膨大なウイルス関連情報のデータベースが突然、オフラインとなった、③WIV周辺の5カ所の病院の駐車場に同時期、普段より多い車両が駐車していたことが人工衛星の写真分析で判明、④WIVは19年9月以降、P2、P3の研究所の安全管理が不十分であることを認め、メンテナンスを頻繁に行っていた。以上は、米共和党が米議会に提出した「新型コロナウイルスの発生源調査」に関する追加報告書の中に記述されている。

不思議なことは、追加調査報告の期限が過ぎ、その報告書が一部明らかになったが、引き続き継続して調査するというあいまいな結論で終わりその後、WIVに関連したウイルス流出説はメディアから消滅していったことだ。バイデン大統領は駐アフガン米軍の撤退を決定し、それに関連したゴタゴタで米国のメディアの関心はアフガン情勢に移っていったからだ。武漢ウイルスの起源問題を逸らすためにアフガンの米軍の撤退が急遽実施されたような印象すら受けるほどだ。

武漢ウイルス発生起源問題を解明するためには、3人のウイルス学者の証言が必要不可欠だ。1人は欧米メディアで「コウモリの女」と呼ばれている新型コロナウイルス研究の第一人者、石正麗氏、2人目はウイルス遺伝子工作の痕跡を消滅する技術を開発した米ノースカロライナ大学のラルフ・バリック教授、そして3人目は英国人動物学者で米国の非営利組織、エコ・ヘルス・アライアンス会長のペーター・ダザック氏だ。3人はWIVで共同研究をした関係だ。石正麗氏は「コロナウイルスの父」と呼ばれるバリック教授やダザック氏との共同研究で遺伝子工作の痕跡削除技術を取得したはずだ。ダザック氏はWHO第1回武漢調査団の一員に加わっている(「ダザック氏よ、議会の召喚に応じよ」2021年8月12日参考)。

新型コロナウイルスによるパンデミックで10月13日現在、世界で2億3800万人が感染し、486万人以上が亡くなっている。中国共産党政権が感染症初期の段階で事実を公表していたならば、パンデミックにはならなかったはずだ。WIV流出を裏付ける数多くの証拠、証人も出てきている。WHOは名誉回復のためにも新型コロナウイルスの起源を解明しなければならない。SAGOの26人の科学者たちが中国からの圧力に屈することなく新型コロナウイルスの起源を解明し、世界に発表してほしい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。