アメリカが鳴らす尖閣危機への警鐘(古森 義久)

尖閣諸島・魚釣島
内閣官房ホームページより

顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカの国防総省が11月上旬に発表した「中国の軍事力」報告書は中国の人民解放軍東部戦区が日本の尖閣諸島に対して日本の主権や施政権を否定する侵入行動を急速に高めてきたことへの警告を発した。

日本側では尖閣の日本領海への侵入を中国海警だけの海上治安行動として受け取りがちだが、同報告書は中国側が東部戦区の正規の軍隊が直接の指揮下におく中国海警や漁船を装う民兵を先頭に立てての軍事行動とみなしていることを指摘していた。

中国の人民解放軍は共産党中央軍事委員会の司令の下に2016年に軍態勢の再編成を実行し、全軍を東部、西部、南部、北部、中部の5戦区に分けた。そのうち東部戦区は南京市に司令部をおき、周辺の各省と台湾と東シナ海、さらに日本に関連する有事への対応を任務として、その戦区内の「平和を守り戦争に勝つ」ことを活動目標とする。

アメリカ国防総省の同報告書によると、東部戦区は陸軍3集団軍、海軍艦隊、海軍航空部隊、3海兵旅団、2空軍部隊、2航空基地、1ロケット軍基地などを保有し、尖閣海域に出動する中国海警部隊と海上民兵をもすべて指揮下においている。

同報告書はとくに東部戦区の尖閣諸島に対する最近の動きを具体的に指摘していた。その要旨は以下のようだった。

  • 東部戦区は2020年に日本の尖閣諸島への施政権の主張に挑戦するため、艦艇と航空機による尖閣の日本側の領海と接続水域への侵入の継続時間と積極性を激増させた。
  • 東部戦区の艦艇や航空機は尖閣諸島の至近海域を中国側の主権の主張の誇示のためだけでなく、日本側との有事に備えての敏速な臨戦態勢を強化するために、活動を続けている。
  • 2020年7月には東部戦区の中国海警の艦艇2隻が日本側の12カイリ(約22キロ)の領海内を39時間23分、継続して航行し、2012年以来、最長の日本側領海内の航行記録を作った。
  • 2020年12月末までに中国側の同種艦艇は尖閣の日本側接続水域に年間通算333日も侵入して、2019年の282日という記録を破る最多の日数を誇示した。しかも中国側の艦艇は2020年には日本の領海内で操業中の日本漁船に対しても追尾して退去の命令を発するなど従来よりも攻勢、威圧的な動きをみせた。
  • 2020年11月には日本政府は中国艦艇が日本側の接続水域に年間通算306回、侵入したことに対して中国政府に強い抗議をした。その結果、日中関係はさらに緊迫し、習近平国家主席の国賓としての日本訪問という計画にも影響を及ぼした。

以上のアメリカ国防総省の報告書の記述は日本側でも確認され、中国側も積極的に発表している「侵入」の記録だが、アメリカ側がこの中国側の2020年からの新しい尖閣攻勢激化をきわめて強く警戒している点が注目される。

このアメリカの姿勢は尖閣諸島への中国の軍事がらみの攻勢の激化がいよいよ危機を高め、日中関係の緊迫を増していることへの深刻な懸念の表明だといえる。

しかし同報告書は緊張を増す尖閣諸島の領有権問題についてアメリカ政府の立場をも改めて以下のように記していた。

  • アメリカは尖閣諸島の主権に対しては特定の立場をとらないが、日本の尖閣諸島への施政権は認めて、同諸島が日米安全保障条約第5条の範疇に入ることを確認し続ける。さらにアメリカは日本の尖閣諸島への施政権の侵害を求める、いかなる一方的な行動にも反対する。

いうまでもなく日米安保条約の第5条は日本の施政権の及ぶ領土や領海への外部からの軍事攻撃に対してはアメリカが同盟国として日本との共同防衛にあたることを責務としている。

しかし日本側のその施政権がいまや中国側艦艇の自由自在かつ頻繁で継続的な侵入によって脅かされつつある現状にはアメリカとしても切迫した危機感を抱く、ということだろう。

日本にとっての固有領土の喪失という国難がすぐそこまで迫った現実に対してアメリカ側の国防総省の公式な報告書までが重大な警鐘を鳴らすようになったわけである。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年11月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。