論争の不在 - 池田信夫

2009年02月16日 10:33

アメリカではオバマ政権の財政政策に否定的な経済学者が多く、私の知るかぎりそれを歓迎しているのは(政権内の経済学者を除くと)クルーグマンだけです。この論争は、教科書的なケインズ理論をどう評価するかという経済学の内容に関連し、論じるに値する問題です。しかし日本では、「構造改革が格差を拡大した」といったナンセンスな議論が横行し、まともな論争が成立していません。これにはいくつかの原因が考えられます。


いちばん大きいのは、社会主義の影響がまだ強いことでしょう。民主党にも半分ぐらい社民党からの合流組がいるし、メディアや大学にも社会主義への幻想が残っています。さらに困ったことに「年越し派遣村」を主催したボランティアのような世代にも、社会主義の影響が強く残っている。彼らはイデオロギーを正面きっては掲げないが、政府に救済を求めるパターナリズムは社会主義の変種です。

しかし彼らの「理論武装」となっていたマルクス主義は消滅したので、こういう人々の議論はアドホックで一貫性がない。たとえば民主党の菅直人代表代行は、社民党と一緒に製造業への派遣労働を禁止する法案を提出しようとしましたが、「失業を増やす」と批判されたら引っ込めてしまいました。いまだに社会主義への幻想が消えないのは、日本では社民勢力が政権についたことがないため、「大きな政府」の弊害が理解されていないのでしょう。

もう一つは、経済学を系統的に勉強していない自称エコノミストが多いことです。たとえばリチャード・クー氏は、何かにつけて「経済学にないことが起きている」とか「今までの経済学では理解できない」というが、それは彼が経済学を理解していないだけです。彼は自分の「バランスシート不況」論が従来の経済学になかった新理論だと信じているようですが、これは1930年代にアーヴィング・フィッシャーの提唱したdebt deflation理論と同じです。

いわゆるリフレ派も、学部レベルのIS-LM理論しか知らない「なんちゃって経済学者」です。一時はメディアの一部がこれを「構造改革を批判する新理論」だと思って取り上げましたが、このごろは経済誌はまったく取り上げなくなりました。ネット上ではいまだにリフレ派を信じている頭の悪い学生が多いが、こういう匿名の言論には何の影響力もないので、大した実害はない。ほっといても消滅するでしょう。

このように(それなりに)理論のあるものは、間違いがわかりやすい。もっとも厄介なのは、「貧しい人を助けろ」とか「金持ち優遇は許せない」といった感情論です。これは圧倒的多数の国民にアピールし、論理的に説得することはむずかしい。私の経験では、結果で示すしかないと思います。たとえば70年代に貧しい人にバラマキ福祉をやった「革新自治体」は、最終的には財政破綻で崩壊しました。

ただ、これは昔の話なので、覚えている人は少ないでしょう。90年代の失敗は複雑すぎて、原因がよくわからない。人々の目を覚ますには、日本経済が落ちるところまで落ちるしかないのでしょう。きょう発表された昨年10~12月期のGDP成長率は、なんと年率12.7%のマイナスだそうですが、これはblessing in disguiseかもしれません。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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