日本的保守思想とはいかなるものか(私論) ―中川信博―

2009年10月01日 00:13

―自民党新総裁は谷垣氏―

自民党の新総裁に谷垣氏が選出され、大島幹事長、田野瀬総務会長、石破政調会長、川崎国会対策委員長とともに政権奪還に向けて先頭に立つとその決意を新たにしました。


―式年遷宮―

神宮―伊勢神宮のことをこう尊称する―の式年遷宮は690年―41代持統天皇4年―に最初に執り行われて以来、若干の中断はありましたが、今日まで次回の平成25年で62回を数えています。遷宮とは内宮・外宮それぞれ交互に社殿を新しく造り替えることです。つまり神宮の創建は今から約1300年前なのですが、お宮は20年ごと新装され新しいということです。しかし神宮に参拝しますと、その1300年間の超然とした歴史的な時間空間を感じるのは私だけではないでしょう。

―日本最古の建造物は法隆寺―

法隆寺の創建は607年と言われておりますので―異論もありますが―、最初の遷宮の時には法隆寺を建立した建築技法もあったということです。ご承知のとおり1993年、法隆寺は日本最古の仏教施設として世界遺産に登録されましたが、そのような1300年間の風雨に耐えうる建築技法があったにもかかわらず、なぜ遷宮という手法がとられたのでしょうか。

―霊体と物体―

この世の生成物には寿命があり朽ち果てます。放射能のように半減するのに数千年かかる作用もありますが、物質あるいは作用である限り寿命があります。しかしその実態である霊体(魂)は普遍であり、永遠であるという考え方が古神道にはあります。死体のことを亡骸(なきがら)というのは魂がぬけた空っぽということを表現した言葉なのです。この考え方が日本人の思想に大きく影響を及ぼしています。

―伝統を「墨守」することは「保守」ではない―

物体は滅び朽ちるが魂は永遠という思想が顕現されているのが、神宮における遷宮とはいえないでしょうか。霊体(魂)が不滅不変であるならば、物体が新しくされ、入れ替わったとしても、その本実体は変わらないということです。神宮はユネスコの世界遺産になることはありませんが、参拝した人に歴史的な時間空間的インスピレーションを与えることが出来るのは世界広しと言えども神宮だけではないでしょうか。

アインシュタイン博士が神宮に参拝した時の感動を以下のように綴っています。

世界の未来は進だけ進み その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時がくる。その時、人類はまことの平和を求めて世界的な盟主をあげねばならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力でなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まりアジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない、吾々は神に感謝する。吾々に日本という尊い国を造って置いてくれたことを。

私はこの言葉の中に、アインシュタイン博士は、キリスト教の教義としての神に死刑を宣告し、再構築することなくこの世を去ったニーチェの、その構築しようとした、思想の原点を超然とした神宮に見出したのではないかと考えています。

法隆寺がその建築の古さで世界遺産に登録されたことと、20年に一度、新らしくされてきた神宮が、20世紀最大の科学者に、その歴史的意義を感じさせたことは実に対照的です。つまり物体を大事に保存してきた法隆寺が単なる観光名所に成り下がってしまったことと、神宮が物体を常に新しくしたにも拘わらず、伝統を失っていないこととの違いを、政治的な場に置き換えれば、「墨守」と「保守」なのではないかと私は思うのです。

―自民党が出直せるのは真日本主義しかない―

霊体を失わず―わかりやすく精神と言っても良い―、物体は常に新しく造り替え、変化させる思想を私は「お上自由主義」または「真自由主義」と定義したいと思います。限定された器の中を自由に、常に現実に対応しながら、新しく変化していく―生成化育する―ことこそ実は日本的であり、保守的なのだと思います。革新革命思想と違うところはすべてを破壊し去ることなく、その「芯」を残しながら「種」を植えて変化成長させることにあります。

池田先生は経済学者の立場から自民党の再生を提言し、松本さんは経営者のお立場から自民党の再生を論じています。

わたしはこのように考えますが、自民党の議員は早くこれらのことに気付く必要があると思います。

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