対等な日米関係とは? - 松本徹三

2009年11月05日 00:41

衆院予算委で、鳩山首相はあらためて「対等な日米関係の構築」という持論を展開しました。首相によれば、「自民党政権は、米国側に言われるままにイラクに自衛隊を派遣し、インド洋で給油活動を行った。これは「対米追随」であり、対等な関係とは言えない」という事のようです。

しかし、果たしてそうでしょうか? 私はそうは思いません。


そもそも、現在の世界においては、一国が他国に実質的に軍事占領されていない限りは、二つの独立国の間には「対等な関係」しかありえないのです。一方の国がもう一方の国に何かを求めた場合は、求められた方の国は、「応」「諾」の何れが自国のプラスになるかを考え、どう答えるかを決めるのです。

外交交渉とは、「相互にwin-winの関係が作り出せる場合には、適切な実現方法を取り決め、逆に、お互いの国益に相反関係がある場合には、その中間に適切な着地点を求める」ものですが、両国とも、当然の事ながら、その交渉の中で、「出来るだけ自国の負担を軽くして、相対的に大きい見返りを得る」よう、お互いに秘術を尽くします。

そして、その前提としては、「相手が本当に欲しいものは何か?」「逆に、こちらにとっては大きな価値を生むが、相手にとってはさしたる負担にならないものが何かないか?」「相手の要求をはねつけた場合、相手はどう出るか?」「その場合、こちらが受けるマイナスはどの程度か?」等々ということを、詳細に分析する事が必要なのは勿論です。

これは商取引についても同じ事です。英国の商人が未開のアフリカの奥地に入り込み、安物のガラス玉と高価な象牙を交換したとします。英国での価値にすれば、1万ポンド対1ポンドと言ってもよい様な法外な取引です。しかし、この交渉は「対等の交渉」だったのです。この部落の長は、何も卑屈な「対英追随」の取引をしたわけではありませんし、そんな必要もなかったのです。

この場合、軍事力ではむしろ英国商人は劣勢でした。相手はその気になれば、彼等を捕まえて釜茹でにする事だって出来たのです。しかし、その部落の長にすれば、光り輝く小さなガラス玉は、他の手段では絶対に入手できないほどの貴重なもので、象牙との交換は十分意味のある取引だったのです。この場合は、たまたま、英国とその部落との間に情報力と技術力で大きな差があったのでこの様な取引になっただけであり、部落の長が愚かだったわけでもなく、英国商人が殊更に狡猾だったわけでもありません。

いきなり極端な話から始めましたが、これは現在の国内外のあらゆる商取引関係においても言える事です。各企業は、或る時は競合し、或る時は提携し、或いは共存共栄の道を求めますが、その関係は、各企業が自社の繁栄の為に考えて考え抜いた戦略に基づいて築かれたものであり、誰かに強要されて作られたものではありません。

見た目には、強い立場にあるものが弱い立場にあるものをねじ伏せたように見えても、弱い立場にあるものは、それなりに深く先を読み、選択肢の中からベストと思う方策を取ったに違いありません。逆に言うなら、仮にそれがあまり楽しくない選択だったとしても、一見屈辱的な選択であっても、「その選択肢を取らねば、状況はもっと悪くなる」と考えたからこそ、その選択肢が取られたのでしょう。

さて、対米関係です。

敗戦直後の日本は、東西冷戦構造の中にあり、「明確に西側陣営の一員となる」事が国益に叶うと考える人達と、インドのネルー首相やエジプトのナセル大統領などが提唱していた「非同盟中立路線」を取る方がよいと考える人達、更には、ソ連が推し進めていた「国際共産主義(コミンテルン体制)」に身を投じた方よいと考える人達が、三つ巴で鋭く対立していました。

しかし、大勢は「西側陣営の一員となる」方向を支持しました。(内訳は、大体6対3対1ぐらいだったでしょうか。)そして、「結果論としては、その選択が結局一番良かった」ということが、現時点では多くの人達の目に明らかになっていると思います。

この頃に比べれば、「外交の基本」を巡る現在の日本の各党派の相違は、微々たるものだと思います。「何が国益か」を巡る議論には、大きな対立軸はないように思われ、言うなれば「戦術論の違い」を議論しているかのような観があります。

現在の日本が抱える最大のリスクは、「資源確保の道が閉ざされること(最悪時は、何らかの事由で食料と燃料が入ってこなくなること)」と、「自由貿易が阻害され、経済が停滞すること」であり、かつての様に、「国内で武力闘争が生じて、それに外国が介入してくる」というような事態は、あまり考えられません。

最も可能性のある紛争は、「巨大な需要を抱える中国との『資源』を巡る争い」ではないかと、私は常日頃から考えていますが、これは、「中国との友好関係をより一層緊密にする」一方で、「日米同盟」を堅持して最悪時に備えることにより、何とか凌げると思っています。

しかし、問題は「日米同盟」のあり方です。日本が状況を見誤って対米関係を悪化させ、この結果として米国が日本に関心を失えば、(言い換えれば、米国側が「日米同盟から得られるものは少ない」という判断に傾けば、)この基本戦略の基盤が崩れます。このことについては、鳩山政権は相当真剣に考えておくべきです。

私は、ブッシュ政権のイラク侵攻を「史上稀に見る不適切で愚かな政策」と考えている一人ですので、小泉首相がそのブッシュ政権と必要以上に親密だったのが、実はあまり嬉しくはありませんでした。(同様に、中国側を過度に神経質にすることを省みず、「筋を通す」という理由で靖国参拝にこだわったのも、良くないと私は思っていました。)

しかし、これは、どちらかと言えば感情論であり、小泉さんは小泉さんなりに、それが国益上ベストの選択であると考えてやったことでしょう。単に「対米追随」をしたとは、私は決して思っていません。

小泉首相が、積極的に、且つ徹底的に、「ブッシュ政権によろこばれそうな事」をしたのも、「いつものように『ぬらりくらり』を繰り返し、そのうちに追い詰められてやっと重い腰を上げるより、『結局はやるしかない』事はさっさとやり、それで信頼を勝ち得た方が得策」と考えたからではないかと思います。(現実に、このやり方は米国側には相当高く評価され、北朝鮮問題等では或る程度の見返りが取れたと思います。)

「多分に市場原理主義的だった『小泉―竹中路線』を全否定し、経済政策を大きく変える」ということは、良い悪いは別として、「鳩山政権の看板」だったのですから、「深刻な壁にぶつかるまで、これを推し進める」というのも、まあ、止むを得ないことなのでしょう。私は、当面はそう考えて諦めています。

しかし、外交問題では、無理をして格好をつけ、殊更に新基軸を打ち出す必要はありません。「労多くして得るものは少ない」だけでなく、一つ間違えると、将来に禍根を残す事にもなりかねないからです。

松本徹三

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