アフリカの紛争から文明を考える - 『資源大陸アフリカ』

2009年11月15日 13:21

★★★★☆ (評者)岡田克敏

アフリカ
「資源大陸アフリカ」
著者 : 白戸圭一
出版社: 東洋経済新報社 ()
発売日: 2009-07-31


 本書は毎日新聞の記者白戸圭一氏によって書かれた現地ルポで、多くは生命の安全が保証されない紛争地域での現地取材に基づいています。イラク戦争の開戦前、日本の大手メディアは危険だからと外国メディアを尻目に一斉に引き上げたことを思い浮かべますが、白戸氏は大手新聞の記者ながら危険な紛争地域での取材を試みています。

 この本の舞台は主として人類発祥の地、アフリカの紛争地域であります。白戸氏は紛争の主体である武装勢力に接近し、危険な取材によって紛争の構造をおぼろげながらも明らかにします。むろんアフリカには平和な地域が多くあり、本書に書かれたことがアフリカ全体を代表する現実と捉えるのは誤りです。

 紛争は部族間の対立、宗教の違い、鉱山などの利権、旧宗主国の思惑などが複雑に絡んでおり、単純なものではありません。本書を読むと紛争には経済的な利害がとりわけ大きく関係していることがわかります。紛争の原因を部族間の対立、あるいは宗教間・宗派間の対立とする報道がよく見られます。部族や宗教、あるいは政治的な思想などは集団を識別するラベルとしての役割はありますが、それを対立の主原因とする表面的な見方の多くは、問題の核心を捉えているとは言い難いようです。

 紛争地域では数多くの武装勢力が対立していますが、彼らが軍事力を維持するためには兵を食わさねばならず、武器も必要です。金が極めて重要であり、石油や鉱山の支配権は争奪の標的になります。また極度の貧困は僅かな食糧だけで兵を集められることを意味します。貧困状態では食糧や金の欠乏がたちまち生存を脅かしますから、経済が極めて重要な意味を持つわけです。

 石油や鉱山のない地域では住民からの収奪や外国からの資金が兵力維持の原資になります。領土をめぐって多くの武装勢力が争う状況は日本の戦国時代のようなものでしょう。しかし戦国時代の戦は軍隊同士の争いですが、不幸なことにアフリカでは住民の大規模な虐殺がしばしば起こります。

 94年のルワンダでは100万人前後が、現在も続くスーダンのダルフールでは03年以降だけで18万人、56年の建国以後では200万人もの死者が出たとされています。また村単位などの小規模な住民虐殺は武装勢力が恐怖で支配するための方法ともされています。

 ヨーロッパでも敗れた側の住民は皆殺しか奴隷という時代が続いたため、都市全体を囲う城壁があるのに対し、日本では、戦は兵だけで行われ、住民が巻き込まれることが少なかったため、城はあっても都市を囲う必要はなかったと聞いたことがあります。このことから日本人は比較的穏健な民族であるという見方もあります。

 著者は貧富の格差や貧困そのものが暴力を生み、それが9.11のように先進国まで及ぶと述べています。しかしアフリカの混迷を改善する具体的な方法は示されていません。本書を読む限り、国連などの国際機関の活動も限界があり、とても楽観的にはなれません。

 格差と貧困が社会を不安定にし、暴力を生み出すことは納得できますが、それとともに人々の意識も重要な要素だと思います。しかしどれも短時間に解決できそうにありません。

 アフリカの状況は社会の原初的な形態のひとつとも考えられます。本書を読んで、文明国に生まれた幸運を改めて思いました。我々は平和と安全な暮らしを享受していますが、それは長期間にわたる先人達の膨大な犠牲によって購われたものであり、我々はタダでその恩恵に浴しているということも。

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