財政拡大の話が出てきていますが・・・ 前田拓生(大学教員)

寄稿

内閣府発表の平成21年7~9月期のGDPは年率換算で4.8%増と2四半期連続のプラス成長ということでした。これは麻生政権の補正予算による効果なので、今後の経済を考えれば、かなり寒いように感じます。これは現状の政府も感じているところであり、ここにきて補正予算の話が盛り上がってきています。でも果たして「拡張的な財政政策(つまり、「バラマキ」)」が本当に経済に良いのでしょうか?


答えとしては「NO」ということになります。この点についてお話します。
ところで、基本的な話ですが・・・このGDP、これって一体何でしょう?

これは「国内総生産」といわれるものです。ただ一般に「生産」「所得」「支出」は「三面等価の原則」により(事後的には)等しくなることから「国内総所得」と考えても問題はありません。

この「国内総所得」ですが、定義としては下記のようになっています。

国内総所得=雇用者報酬+営業余剰+固定資本減耗+(間接税-補助金)

これを多少強引に「通常の言葉」で書き換えれば、下記のようになります。

  • 「雇用者報酬」とは「賃金や給与」であり、「家計部門の儲け」に当たります。

  • 「営業余剰」とは「企業の利益」であり、「企業の儲け」に当たります。
  • 「固定資本減耗」とは「減価償却費」のことであり、「企業の内部留保」に当たります。
  • 「間接税―補助金」とは「政府に入ってくる税金から、政府が支払う補助金を引いている」ことになるので、プラスの数字であれば「政府の儲け」に当たります(政府なので「儲け」は用語として適切ではありませんが・・・)。

以上から、「国内総所得」とは、それぞれの経済主体(家計、企業、政府)の「儲け」を足し合わせたものということになります。

つまり、GDPが減少していると言うことは、各主体の“儲け”が減少していることを意味します。これは大変ですよね。だから、政府は「何とかしないといけない」ということで、いろいろと追加的に経済対策を打っているのです。

この場合、企業の利益を高めるには売上が高まれば良いわけですから、消費が喚起されれば、企業の売上が伸びると思われます。とはいうものの、特に先進国においてはモノが余っているので、企業が頑張ってみても、なかなか消費に結びつかないのが現実です。

とはいえ、何らかの形で家計の可処分所得が増加すれば、たとえ、モノが多少余っていても消費が伸びるという可能性もあります。

そこで「消費を伸ばす」ということを考える場合、思い浮かぶのが「ケインズ型消費関数」という考え方です。「ケインズ型消費関数」は下記のような式で表すことができます。

C=A+cY (但し、C:消費、A:基礎消費、c:限界消費性向(0<c<1)、Y:可処分所得)

この関係が正しいと仮定すると、可処分所得(Y)を増やすことができれば、その増加分に限界消費性向cを乗じた額だけ消費Cを増やすことができることになります。ということから、政府は借金をして家計に定額給付金というおカネを配ることにより、家計の可処分所得を増やすことにしたわけです。

しかし、ここでの問題は「限界消費性向が一定」と仮定していることです。確かに限界消費性向に変化がなければ、可処分所得が増えた分のいくらか(限界消費性向分)は消費として使われることになります。ところが、現下の不況(というよりも「恐慌」)の状態において、平時と同じように消費をすると考えるのは困難と言わざるを得ないと思います。

なぜなら、現状において可処分所得が増加した場合、貯蓄率を高めようと努力することはあっても、消費を増加させようとは思わないはずですから・・・。

これは、つまり、「限界消費性向が低下する」ということを意味するので、その場合には、たとえ、降って湧いたように可処分所得が増えても、その増加の多くが「貯蓄」に回ってしまうため、消費は思うように増えないことになります。まして、この「降って湧いたようなおカネ」は、結局、数年先に予定されている増税によって支払うことが決まっているおカネです。そのようなおカネを「増えたから」と言って、そうそう使うわけにはいきませんよね。

さらに、現在の政府債務残高は現在の名目GDPの1.7倍になっています(一般政府のみ)。

つまり、そうでなくても増税になりそうな状態において「さらに(国債発行を)増額」ということになっているのだから、限界消費性向はますます低下することになるでしょう。

けれども、「貯蓄が増加している」とすると、どこかに資金は移動していることになります。その行きつく先が「企業の設備投資」になっているのであれば、家計消費にならなくても、企業投資になることを意味するので、GDPを増やす方向に役立つことになります。

一般に「家計の貯蓄」は金融システムを通じて「企業の投資に向かう」と考えられることから、家計の可処分所得が増加すれば、上述の「限界消費性向」が低くなっていたとしても、国内経済全体を考えれば、GDPの増加要因になると考えられています。

ところが、この「金融システム」に問題があるのです。

日本では家計貯蓄の大半が「現金」「銀行預金」になっています。つまり、多くが銀行等に流れ込んでいるのです。したがって、銀行等が企業に貸出をドンドンと行えば、資金が企業に流れ込み、企業投資が増加することにより、GDPを押し上げることになります。けれども、実際にはそのような状態になっていません。

少し前の日銀短観(2009年3月調査)によれば、大企業および中小企業ともに、金融機関の貸出態度が厳しくなったという回答が増加していることがわかります。

銀行等は企業への貸出を増やさずに何をしているのでしょうか

リーマンショック前であれば、外国証券等で運用をしていたのですが、最近は国債などで運用しているものと思われます。以上から、資金循環は下記のようになっているようです。

政府は借金(国債)をして資金をつくる。 家計は、政府から定額給付金などを受け取り、可処分所得が増える。 しかし、家計はそれを消費せずに銀行等に預ける。 銀行等は企業への貸出をするのではなく、国債を購入する。

ここで「政府の借金」は、それ、すなわち「家計の借金」ですから、それを考慮すれば、家計はおカネを借り入れて、それを将来返済するために預金にしているということになります。つまり、全く意味のない「おカネのバケツ・リレー」を国家レベルで行っているだけということになります。

ここから見えるように、現状の日本において必要な政策は、家計に使われず残っている「貯蓄」を「如何に消費に回せるか」ということになります。銀行等が当てにならない以上、家計に貯蓄を使わせる方向で政策を考えなければ、いつまで経っても「おカネのバケツ・リレー」は終わらずに、景気回復もないままに、政府債務だけが積上がることになるでしょう。

コメント

  1. あんとん より:

    答えがNoというだけでは、アゴラの読者は満足しないのでは?
    付いている解説も、経済学を少しかじった人なら分ります。
    では、どうすればいいか?
    ここあたりの議論を聞きたい気がします。

  2. takuo_maeda より:

    あんとんさん、コメントありがとうございます。

    アゴラ初心者なものですから、レベルを誤ったかもしれません。。。スイマセン(汗)

    答えというわけではありませんが・・・

    ほとんど政策効果のない「子育て支援特別手当て」におカネを使うくらいなら、「エコカー減税」「エコポイント」のような政策をもっと推進すべきだと考えています。

    「エコカー減税」「エコポイント」は、当該商品を買わないとメリットがないことから、「今買わないで貯蓄する」のと「今消費をすれば儲かる」という事実を、各家計がそれぞれ理性的に比較することになります。とすると、「いずれ買う必要のある商品」であれば、今、買う(消費する)ことに「合理性がある」ので、消費が促進されるわけです。この政策に対しては「買った人だけが減税になるというのは不公平」という意見もありますが、買った人は「消費」ということによって「社会的に貢献している」わけですから、利己的に貯蓄をする人たちとは違うのです。そういう意味で「エコカー減税」「エコポイント」は公平であると思いますし、何よりも「消費促進」ということでは非常に優れた政策であるといえます。

  3. gase2 より:

     この文章を読むと、では銀行が企業に金を貸すように、無理やり法律で強制すればいいのでは? と思う人もいるかもしれませんが、父母が経営する零細企業で働いている自分としては、それをやっても無駄だと思ってます。実際、私の会社は不況期にあってもそれほど業績は悪くないので、銀行の人はいつも「借りてくれませんか」と言ってきますが、父母はいつも断っています。時代を考えるとあと10年前後で清算しようと思ってしまうような衰退産業なので、設備投資の意味がないんですね。機械も相当にオンボロなんですが、ギリギリまで使い倒してます。かといって、追加融資によって全く新しい業種に乗り出すような気概もないし、年齢でもない。私が会社を継いで新しい事業を始めようかと聞いても、株主に変人がいたり、業種が変わっても現在の社員を引き続き雇用しなくてはならないので、新しく会社を興して最適の人材を集めるほうがいいと言います。

    (つづく)

  4. gase2 より:

    (つづき)

     思うに、いわゆるゾンビ企業でなくても、今の会社にはこんな感じで、業績はそこそこだけど銀行から借りる意味が無い、そもそも成長の意思がない会社が多いのではないでしょうか。そんな会社に無理やり金を貸して、設備投資を増やせと言ってもなんの意味もありません。無理やり貸された分だけ、利子が増えて企業の借金が膨らみ、かえって業績が悪化するだけでしょう。しかしその一方で、「金を貸してくれ」と強く訴える企業には、業績が急激に落ち込んでおり、設備投資をして生産性向上というよりは、「延命治療」を求めるだけの企業も多い。もちろん、銀行が横並び体質によって会社を黒字倒産させるような、明らかに銀行に帰責性があるような事例もありますが、そういうのを一緒くたにして「企業に金を貸さない」銀行だけを悪者にするのには問題があると思っています。
     この問題は事実を認識している人がまだまだ少なく、頓珍漢な事実認識の下に「解決策」を下す亀井大臣のような人が出てくるほうが問題です。別に問題提議、事実確認だけでも構わないので、これからも積極的な発言をお願いします。

  5. takuo_maeda より:

    gase2さん、コメントありがとうございます。

    >この問題は事実を認識している人がまだまだ少なく、頓珍漢な事実認識の下に「解決策」を下す亀井大臣のような人が出てくるほうが問題です。

    おっしゃる通りだと思います。

    >別に問題提議、事実確認だけでも構わないので、これからも積極的な発言をお願いします。

    おっしゃる通り、今回は「解決策」の話はしていません。スイマセン。

    ここではおカネの意味を誤って解釈している人(政府内部でも)が多いので、その点の認識を示したかっただけというのが私自身の本音です。

    しかし、現時点では「金融政策」によって云々できる状態にはありません。まして、モラトリアム法案は悪がいあって・・・だと思っています。亀井大臣の想いはわかるのですが、実際の金融の世界は違った解釈をしてしまいます。

    今後、追々記事を書かせていただきますので、よろしくお願いいたします。