必要とされる「通信システムのグランドデザイン」 - 松本徹三

2010年03月22日 10:00

私は長らく通信業界に身をおいてきましたが、「通信」というものはあくまでITサービスの「裏方」です。昔は、通信と言えば「電話」であり、「ITサービス」とか「コンテンツ」とかいう言葉すらありませんでしたから、「通信」そのものがサービスの全てでしたが、今は時代が変わりました。

「放送」も同様です。「放送」は、技術的には「1対Nの片方向通信」であるに過ぎませんが、情報取得の手段が、「新聞・雑誌」と「ラジオ・テレビ放送」しかなった時には、「放送」というものの相対価値が現在よりはるかに大きかったように思います。しかし、ここでも時代は変わりつつあるのです。


にもかかわらず、今でもなお、多くの議論が「通信業界(とりわけNTT)はどうあるべきか?」とか「放送業界はどうあるべきか?」等というテーマから始まります。しかし、これは、相も変らぬ「供給サイドからの発想」ですから、そろそろ変えたほうがよいのではないかと思います。

これからは、「人はどういう情報をどういう風に得たいのか」という「需要者サイドからの発想」から、全ての議論を出発させるべきです。「通信システム」も「放送システム」も所詮は「裏方で使われる道具」であり、主役はユーザーなのですから。

「通信」も「放送」も、国民のもつ貴重な有限資源である「電波」を使います。また、電線や光ケーブルを敷設する管路や電柱、電波を送受信するアンテナを、全国津々浦々にまで展開するのは、国が行っている道路網の建設に類似しています。従って、「電波をどのように効率的に使うか」「建設工事をどのように効率的に行うか」は、国民の一大関心事でなければなりません。一企業が自らの利益の為に何でも自由に行うというわけには、もともといかないのです。

ということは、先ずやらなければならないのは、国民(ユーザー)の視点から見た「通信・放送システムのグランドデザイン」の作成ではないでしょうか? これは個々の企業のそれぞれの利害を超えるものです。このような「グランドデザイン」を作ることなくして、個々の企業の利害を調整し始めたら、エゴとエゴがぶつかり合って、議論は延々と続くでしょう。そして、結局は、国民の資産を非効率に使うことになったり、国民が多彩なITサービスを安価に享受することが出来なくなったりする恐れがあります。

この「グランドデザイン」を作るにあたって、先ず考えなければならないのは、概ね下記のようなことではないでしょうか?

1)ユーザーは何を求めているか? 今後どういうものを求めることになりそうか?
2)その為にはどのような端末機が必要で、それをセンター施設と結ぶためには、どのような通信(放送)システムが構築されていなければならないか?
3)そのような通信システムをサポートする為に、有線システムと無線システムをどのように使い分ければよいか?
4)有線システムは、どの部分を光にすべきか(どの部分に銅線を残すのか)? 無線の帯域は、どこをどのような目的に使うべきか?
5)事業者は、どういうルールで選ばれ、どういう義務を負うべきか?
6)どの分野では競争原理が働き、どの分野では働かないか? 国はどこに介入すべきで、どこに介入すべきでないか?
7)デジタルデバイドを解消し、地方格差を是正する為には、何がなされなければならないか?

ということではないでしょうか? 

しかし、現状では、こういうことが総括的且つ集中的にスタディーされた形跡はありません。このことは、よく考えてみると少し残念なことです。我々通信事業に携わっている者としては、先ずこの現状を恥じなければなりません。このようなスタディーは、もし本気で取り組めば、比較的少人数でも1ヶ月もあれば大枠のところは出来る筈ですから、今すぐにでもこれに着手すべきです。

それから、これはいつも気になっていることなのですが、現状で出てくる断片的な議論は、技術面での基本的な理解や、将来に対する洞察力に欠けているものが多いようですから、先ずはきちんとした技術的な知識を全員がシェアして、全ての議論はこれをベースとすべきです。

例えば、「これからは無線が主になる(従って、光ケーブルなどはあまり必要ではない)」という議論がありますが、「衛星システムを除くと、どのような無線システムも有線システムで支えられる必要がある」ことや、「一定以上の高速通信を担保するためには、有線システムの比重を高めざるを得ない」ことなどが理解されていないようです。(これはほんの一例にすぎませんが、事ほど左様に、そのような勘違いの議論が多いのは事実です。)

また、現在よくなされている議論は、「施設を先行させても、十分利用されるかどうかは分らない」ということであり、多くの人が、地方都市の「がら空きのハコ物」や、地方の「がら空きの道路」とイメージをダブらせて、このことを語っているようですが、こと通信については、これは見当はずれの議論です。

「通信施設」はサービスを支える「裏方」ですが、この「裏方」が存在しないと、そもそもどんなサービスも成立しないのです。施設を先行させなければ、サービス業者は様子眺めになり、具体的なサービスが出てきません。そして、具体的なサービスがなければ、潜在需要も掘り起こせないのです。

もうとっくの昔に全国にくまなく行き渡った「電力線」のことを考えてみてください。当初は行灯やガス灯を電灯に入れ替えるのが主目的でしたが、一旦「電力線」が行きわたれば、これに数多くの家電製品がつながれることになりました。各家庭に「電力線」のコンセントがなかったら、家電製品は開発もされず、販売もされなかったでしょう。既に開発されて家電製品をサポートする為に「電力線」が敷設されたわけではないのです。

「先行して光ファイバーを全戸に引き込んだのに、利用率は極めて低かった」として、朝日村などの例を上げて、「施設先行型」の問題点を語る人もいますが、これもITサービスの本質を理解していない典型例です。

どんなITサービスにも、それなりのソフト開発やサーバーの構築が必要であり、コンテンツを揃えるにも厖大なお金と時間が必要です。一地方都市に設備が出来たからといって、その為にそのような投資をするサービス業者はいません。全国的に設備が進み、「地方都市に向いた一つのサービスを開発すれば、数百、数千の地方都市での利用が見込める」ということにならなければ、民間レベルでのそのような投資はなされないのです。

現在話題になっている「ICT(IT + 高速通信網)を駆使した医療システム」にしても、国がバックアップして全国規模で推進するということになれば、各方面で多くの大規模な開発投資がなされるでしょうが、どこかの病院や地方都市がやるといっただけでは、誰もそんな投資はしないでしょう。

今や時は熟しました。「高速通信(ブロードバンド)網を駆使したITサービスの新時代」を開拓する為に、先ずは通信事業者が奮起すべき時です。この重要な時に、みんなが「誰が得をし、誰が損をするか」とか「どうすれば今の組織や権益が維持できるか」とかいった「後ろ向きの議論」ばかりしているようでは、何とも情けないことです。

今こそ、通信に携わる全ての人が、「世界最強のIT先進国を作る」という夢を共有し、力を合わせて、「裏方」としての役割を先行して完遂し、「さあ、どうだ。これで全国どんなところででも、どんなサービスでもサポートしてやるぞ。あんた方は、頑張って、この上で多彩なITサービスの花を咲かせてみろ」と言えるようにすべきです。

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