資本の論理と沖縄観光 - 樋口耕太郎

2010年04月09日 16:51

日本経済全体が失速し続ける中、重要な外貨獲得手段のひとつとして、今後の日本向けインバウンド観光の成長戦略が重要性を増していますが、観光立県を目指す沖縄は、この国家戦略においてて重要な役割を果たす責務を有していると思います。しかしながら、少なくとも私の認識において、観光地としての沖縄は数年前にピークを打ち、かつての熱海、宮崎、グアムなどのように、一時繁栄を謳歌した後に凋落して行った無数の「観光名所」とほぼ同様の道筋を辿っているように思います。「観光立県」沖縄の実態*(1) は、世の中に普通に存在する原材料に「沖縄」の名を付して、質の低い高額商品を観光客や本土消費者に販売する「ぼったくり型」の慣行が定着し、県産品やみやげ物をはじめ、価格に到底見合わない品質の食事、夏のハイシーズンに法外なほど高騰する宿泊価格、低単価の顧客を多数詰め込むリゾートホテルのマーケティング、リゾート地に似つかわしくない雑然とした町並み、日没の1時間以上前から遊泳禁止になるビーチ、広大なビーチにほんの僅かしか設定されない遊泳区域、一向に改善しない道路標識の分かり難さ、何度も議論されている台風足止め客への対応などなど、リゾート事業や行政*(2) などを含むサービス産業全体の劣化傾向は目を覆うばかりです。


日本に限らず、世界中の事例において、観光地が没落する理由は突き詰めると唯一、「質の低下」 だと思うのですが、観光地としての沖縄の質は著しくといって差し支えないほど劣化し続けており、それをもっとも顕著に表す、観光客一人当たりの平均滞在日数は、過去30年間ほぼ一貫して下降し続けています。沖縄への観光客は600万人に届くといわれていますが、既にそのうちの約半数290万人は離島への観光客です。この意味するところは本島への観光客は実質的に300万人程度に過ぎないということであり、このことからも、観光地としての沖縄本島は激しい衰退状態にあると考えるべきでしょう。主要観光施設への来場数も、海洋博記念公園(美ら海水族館)365万人、首里城公園250万人ということは、平均で 2.5泊する本島への「300万人」の観光客が、一日北部と美ら海水族館、一日首里城公園と那覇を観光して帰路に着くに過ぎず、実質的に「沖縄観光」と言えるほどの深みと多様性は、既に消滅していると考えるべきかも知れません。沖縄が誇る「リピート率」の高さも、過去10年くらいのトレンドとして増加してきた離島観光と、本島におけるレンタカーの普及によって、毛細血管のように訪問先が増加したためであり、顧客は決して自分のお気に入りの場所に再訪(リピート)している訳ではありません。この傾向に持続性はありませんので、時間の問題でやがて量的成長の限界が顕在化するでしょう。

資本の論理と沖縄観光
問題の根源を特定せずに行う、全ての問題解決は対症療法に過ぎません。観光地沖縄の問題を指摘する方々やそれらに対処している人が無数に存在しながら、地域の観光の質が一向に改善しないように見えるのは、それぞれの対処方法が間違っているというよりも、問題の根源が特定されていないからではないでしょうか。観光立県を目指す数々の方策や多大な善意の努力も、我々の社会の根源的なあり方を決定している「資本の論理」に向き合わなければ、対症療法による副作用を地域に蔓延させるだけにならないかと危惧します。

ファンド資本に象徴される「資本の論理」がリゾート地に及ぼす多大な影響について、深く考えるようになったきっかけは、私自身の体験によります。およそ6 年前、当時共同経営をしていた不動産金融/投資会社(JASDAQ上場、株式会社レーサム)の事業として、恩納村のサンマリーナホテルと、那覇市の元オーシャンビューホテルを買収したのですが、運営が想定していた通りに機能せず、自ら現場経営を余儀なくされました。私はホテル運営に関して全くのど素人でしたが、恐らくそれゆえに、「高級なものほど慇懃無礼に感じる」現在のサービス業のあり方に素直な疑問を投じることができたかも知れません。事業再生の現場で私が直面した三つの問題は、第一に、現代社会で私たちが日常的に体験する、サービス業の現場における従業員の「思いやり」は、どんなに言葉を飾っても、結局利益を上げるための「手段」に過ぎず、その隠れた「嘘」が顧客を小さくしかし頻繁に傷つけるのだ、という私なりの結論に達したこと、第二に、従業員・顧客・業者などを含む、経営環境の一切を可能な限りコントロールすることで生産性を上げようとする現代経営の常識が沖縄の風土においてまるで機能せず、その合理性にそもそもの疑問を抱いたこと、第三に、いわゆる成果主義人事考課制度においては、現場を支えている人たちの無数の善意や、大きなトラブルを未然に防ぐ機転など、本当に大事な仕事を評価することが不可能だと感じたこと、です。

この問題を解消するためには、「手段」であることが常識となっている「思いやり」を事業の「目的」にする必要があると考え、それまでの「目的」、すなわち売り上げ目標、収益目標、顧客満足度、成果主義を文字通り完全に廃止し、サンマリーナホテルでは、全ての人事考課基準を、1.人間的な成長と、2.どれだけ人の役に立ったか、の二点に集約しました。人間関係を全てに(仕事よりも)優先し、「最も質の高いサービスとは、最も幸福かつ正直な従業員の在り方そのものである」と再定義して運用したところ、私自身の想像を超える莫大な利益が結果として生まれ、短期間での事業再生が実現した経緯があります。

しかしながら、短期間で収益が生まれたがために、当該ホテルは僅か2年で倍の価格で売却され、私はこの売却に反対したためにパートナーに解任される、というちょっとしたドラマがありました。当初私が取得した30億円*(3) の簿価は、既に当時築20年を過ぎていた物件の実質耐用年数が終了するまでの20年間で投資額を回収するために、年間1.5億円の税引後利益が必要という計算(30億円÷20 年=1.5億円)ですが、売主資本家が30億円の売却益を手にした後、一夜にして買主資本家の投資簿価は60億円になり、事業から回収すべき税引き後利益は3億円に倍増します。売主資本家が手にした30億円は、あたかも資本家のものであるかのごとく売買されていますが(それが資本主義の基本的なルールです)、本来従業員がこれから何十年も努力を続けて生み出すであろうキャッシュフローの現在価値である、という本質は殆ど問題にもされていません。・・・そして、この原理は、一般的には事業の成功とされている、上場による資本回収であっても全く同様にあてはまります。

私はこのような体験をきっかけに、特に沖縄において(沖縄に限りませんが)、転売目的でホテル事業に大量の資本が投下され、いわゆる資本の論理に翻弄されることで、事業の現場と従業員がとても傷つき続けている現状(ホテルに限りませんが)をいかにしたら改善できるのかということについて考え続けています。現時点における私の結論は、少なくとも資本を軸とした「再生」は答えではないということであり、それが上場資本であっても、プライベートエクイティであっても、資本の論理に基づく「事業再生」は、そもそも構造矛盾を抱えているという認識に至っています。転売によるエグジットは資本家にとっての「成功」なのかも知れませんが(もっとも、そのような事例すら沖縄には殆ど存在しません)、より高い簿価で売却されたホテルは、その翌日から更に高い資本回収額を、同じ事業から賄う必要が生じるため、資本家が「成功」すればするほど、更なる資本回収資金捻出のために人件費が削減され、正社員が自給680円のパートタイマーに置き換えられ、組織のモラルが低下し、従業員の生活が不安定になり、現場が傷み、事業の質が低下するという悪循環に陥り、沖縄の観光産業全体に著しい質の低下を招いています。

「思いやり」を事業の「目的」にした現場で、幸福そうに見えたサンマリーナホテルの社員の殆どは、次の資本家の経営に代わってからことごとく(実質的に)解雇されました。5年経った今でも皆どうしているかとよく考えることがあります。・・・しかしながら、社会を生態系に見立てると、殆どの場合目の前の症状に原因はありません。特定の資本家を批判することは簡単ですが、これが他のファンドや投資会社であったとしても、事情は殆ど変わらなかったでしょう。私も過去資本の論理に基づいて行動してきた経験上、彼らがそうしなければならないと考える理由もはっきりと理解できるからです。

私たちができること
この現状に対抗するための有力な策として、私は、資本の論理の弊害から事業を切り離すために、最小限の資本か、可能であれば資本なしで事業再生を行うべき、と考えています。この発想は一見突飛なようではありますが、例えば、破綻に瀕して資本が大きく毀損している事業を債務負担付で買取る機会を伺い、最小限の資本コストで事業を支える条件を整えた上で事業再生を行うことなどで可能であり、金融的にも決して特別なことではありません。そして、このような「ゼロコスト事業再生」を、沖縄における旗艦事業で実現することで、地域全体への最大波及効果を目指す戦略が有効であろうと思います。

そして、その旗艦事業とは、リゾートではなく、むしろ南西航空(現JTA:日本トランスオーシャン航空)であろうと考えます。幸いに、というべきでしょうか、おおよそ150億円±の債務を有するJTAは、企業価値(時価)が債務総額と大きく乖離しておらず、現在のタイミングであれば最小限の資本によって、破綻に瀕しているJALから、51%超の株式の取得が可能ですし、例えばですが、その株式を那覇空港ビルディング株式会社が取得することができれば、実質的な「ゼロコスト事業再生」のための重要な必要条件を備えることになります。・・・那覇空港ビルディングは第三セクターとして公共性が強い企業の代表格であり、本来県民の会社そのものでもあり、創業以来無配でもあり、実質的に「ゼロコストの資本家」としてのユニークな役割を果すことができるからです。この資本を備え、人間中心の事業再生を実現し、事業収益を従業員と顧客と地域に再分配、さらに利益を配当ではなく事業の質を高めるために再投資し続けることが、沖縄の自立と日本の観光産業の成長へ何よりも寄与すると思います。

*(1) もちろん、素晴らしい面がまだまだ存在する沖縄ですが、ここでは論点を明確にするために敢えて赤裸々な表現を用いることにします。

*(2) 沖縄は1972年の本土復帰以来38年間、本土から8兆円を超える財政補助をはじめ有形無形の援助を受け続け、その財務的な依存状態はもちろん、精神的な自立心を完全に失ってしまったかのようです。県の歳出6,000億円のうち、県税で賄われているのは僅か1,000億円。沖縄振興特別措置法によって、道路工事や公共工事の90%(±)は国からの補助で賄われるために、島はコンクリートの塊と化して、観光資源そのものを破壊し続けています。沖縄県の特殊な県政は、国家を巻き込んだ政治行政の構造問題であり、本稿の範囲を超えます。沖縄県政についての議論は、こちらを参照ください。

*(3) 以下、いずれも推定概算値です。

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