アゴラ 言論プラットフォーム http://agora-web.jp 経済、ビジネス、情報通信、メディアなどをテーマに、専門家が実名で発言することで政策担当者、ジャーナリスト、一般市民との交流をはかる言論プラットフォーム ja Wed, 17 Jan 2018 05:01:22 +0000 http://agora-web.jp/img/logo-for-smartnews.png アゴラ 言論プラットフォーム http://agora-web.jp 鰻の蒲焼は今のうちに食べておいた方が良い society 季節に関係なく、毎月のようにうなぎ重を食べるくらいのうなぎ好きですが、うなぎはこれからさらに贅沢品となって滅多に食べられないものになりそうです。 日本ではうなぎは冬から春にかけて収穫した天然の稚魚を育てて、夏の土用の丑の

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季節に関係なく、毎月のようにうなぎ重を食べるくらいのうなぎ好きですが、うなぎはこれからさらに贅沢品となって滅多に食べられないものになりそうです。

日本ではうなぎは冬から春にかけて収穫した天然の稚魚を育てて、夏の土用の丑の日を中心とする需要期に出荷しています。日本経済新聞の報道によると、シラスウナギの国内漁獲量は、1963年度には232トンもあったのに、2013年度は5.2トンと過去最低まで落ち込み、2018年度はそれをさらに下回る1トンにも満たない深刻な漁獲不漁になってきているそうです。

供給が減れば、価格は上昇します。シラスウナギの稚魚の取引価格は1キロ当たり360万円と1年前の2倍近くに跳ね上がっています。過去最低の収穫量だった2013年度と比べても1.5倍の価格です。これは、5センチの小さな稚魚1匹が600円前後に相当する高値ということです。こんな高い稚魚を育てて出荷すると、お店で食べるうな重は果たしていくらになるのでしょうか。

稚魚の価格が高騰していることで、食べられるサイズの親うなぎの価格も既に1年前より2割ほど上昇しているそうです。これから夏にかけて価格上昇はこの程度では収まらないと思います。

とすれば、私のようにうなぎ好きな人は、値上がりする前に、とにかくたくさんうなぎを食べておくべきです。そのうちに上質なうな重を食べようとすると、1人前1万円といった未来も充分ありえます。

将来うなぎは、トリュフやキャビアと同じような希少性の高い高級珍味になってしまうのでしょうか。そうなれば、街中にあるうなぎ店の多くは経営が成り立たなくなり、廃業してしまうことでしょう。

この深刻な状況を打開するには稚魚の安定供給が必須です。うなぎの稚魚の養殖技術はまだ無いようですが、クロマグロの完全養殖技術が確立されたのと同じように、うなぎも何とか早く安定供給できる新しい技術が生まれて欲しいと強く期待しています。

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編集部より:このブログは「内藤忍の公式ブログ」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030575.html http://agora-web.jp/archives/2030575.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:53 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:17:02 +0000
日銀の金融政策の修正の難しさ economy 1月15日に日銀の支店長会議が開催された。日銀のサイトには黒田総裁の挨拶がアップされている。これを前回の昨年10月の挨拶分と比較してみたところ、昨年10月の挨拶分と今回の挨拶分の違いはわずか1か所だけとなっていた。 「物

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1月15日に日銀の支店長会議が開催された。日銀のサイトには黒田総裁の挨拶がアップされている。これを前回の昨年10月の挨拶分と比較してみたところ、昨年10月の挨拶分と今回の挨拶分の違いはわずか1か所だけとなっていた。

「物価面をみると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%台後半となっている。」2017年10月の支店長会議挨拶

「物価面をみると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、1%程度となっている。」2018年1月の支店長会議挨拶

つまり消費者物価(除く生鮮食品)の前年比の居所だけが、ここにきての前年比での上昇を受けて「0%台後半」から「1%程度」にやや上方修正されていた。

これ以外の挨拶分には変更はない。景気に関しては昨年10月も今回も下記の通りとなっている。

「わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している。先行きについては、緩やかな拡大を続けると考えられる。」

この部分は昨年7月には下記のようになっていた。景気についてはより強気の姿勢を維持した格好となった。

「わが国の景気は、緩やかな拡大に転じつつある。先行きについては、緩やかな拡大を続けると考えられる。」

最も注目すべき部分となるのは、「金融政策運営について」であろうが。その文面は下記のように全く変更されていない。もちろん金融政策そのものが現状維持となっていることで当然と言えば当然ではある。

「金融政策運営については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する。今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。」

この金融政策運営はこの5年近い経験則なども踏まえ、より柔軟なものに修正すべきものであることは確かである。しかし、そもそも物価目標が達成されていないこと、また外為市場などへの影響、政府との関係等々を配慮すると、現在の日銀としてはこの頑なな姿勢を維持せざるをえないのも確かである。それではこの姿勢を修正せざるを得なくなるとすれば、それは何が原因となるのか。

そのひとつの可能性としては、日銀の本来の思惑通りの物価の上昇が挙げられる。日本の消費者物価指数(除く生鮮食品)が安定的に2%を超えて推移することは、まず考えにくいものの、瞬間的に2%を超えることはありうる。

それはあくまで外部環境がそうさせるものとなり、中央銀行の金融政策によるものではないことが、むしろこれで明らかとなることも予想される。そこにあって金利が超低位に押さえつけられている。つまり我々が本来もらえるはずの金利分がもらえていない実情に対して批判的な見方が強まることも考えられる。その際に日銀が柔軟な対応を示せるのか。外為市場への影響なども考慮するとなかなか難しい選択に迫られることになる。

編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030574.html http://agora-web.jp/archives/2030574.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:48 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:14:30 +0000
またもや仮初めの笑顔で二階訪中団を歓迎した中国 --- 古森 義久 international 「日中関係が改善」という観測が年明けの日本で広まった。2017年末に自民党幹事長の二階俊博氏が訪中し、習近平国家主席らに歓迎されたことからの期待のようだ。 では、中国側の対日政策は実際に変わったのだろうか。 答えは明確な

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「日中関係が改善」という観測が年明けの日本で広まった。2017年末に自民党幹事長の二階俊博氏が訪中し、習近平国家主席らに歓迎されたことからの期待のようだ。

では、中国側の対日政策は実際に変わったのだろうか。

答えは明確なノーだといえる。中国側は対日政策の根底は変えないまま、外交戦術として仮初めの微笑をみせているにすぎない。日本側は警戒を怠ってはならないのだ。

中国政府が友好行事を開くタイミングとは

「中国の対日政策の軟化」や「日中関係の改善」といった日本側の観測は、自民党幹事長の二階俊博氏が公明党幹事長の井上義久氏を伴って北京を訪れたことから広まった。2017年12月24日から29日までのこの“北京詣で”で、二階氏は習近平国家主席とも会談する誉れを得て、歓待を受けた。中国共産党の中央党校にも招かれて演説をした。中国版シルクロードとされる「一帯一路」構想への日本の参加も熱烈に要請された。そうした中国側の前向きにみえる態度が、「対日政策の雪解け」という推測を日本側に生み出した。

しかしちょっと待て、である。日中関係での二階氏の動きには気をつけねばならない歴史がある。

米中関係が険悪となり、日米同盟が強化されると、自民党の二階俊博氏が北京に姿をみせる。日米中三国関係のうねりを長年、観察していると、こんなパターンがあることに気づく。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざのような、一見、奇妙な因果関係にみえるが、よく観察するときちんとした理屈が通っていることが分かる。背後にあるのは、中国側の巧みな日本懐柔戦術である。

二階氏のこれまでの北京詣でを振り返ってみよう。

2000年5月、運輸大臣だった二階氏は約5000人もの日本からの訪中団を率いて北京を訪れた。旅行業界や観光業界を動員しての訪中である。人民大会堂での式典では江沢民、胡錦涛という正副の国家主席が登場して歓迎した。明らかに中国側の主導で開かれた友好行事だった。

その頃、産経新聞中国総局長として北京に駐在していた私は、この訪中団歓迎の儀式を目前にみて、それまでの中国側の日本への冷たい態度が急変したことに驚いた。

当時、米国のクリントン政権は、中国の台湾への軍事威嚇などを理由に対中姿勢を急速に硬化させていた。クリントン政権は日本に日米共同のミサイル防衛構想を呼びかけ、同盟強化を進めていた。

多数の関係者に聞くと、中国指導部はそんな状況下で日米両国と同時に敵対関係を深めるのは不利だと判断して、日本に仮初めの微笑をみせたのだという分析で一致していた。

続きはJBpressで ]]>
http://agora-web.jp/archives/2030577.html http://agora-web.jp/archives/2030577.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:37 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:26:41 +0000
仮想通貨が溶けた朝に 浜田省吾「マネー」の謎 economy 仮想通貨溶けた、日本死ね。 まあ、もともと投機だしね。冷静に考えると、まだ損はしていないので、ヨシとする。 これを機会に、浜田省吾の「マネー」を思い出した。初めて聴いたのは1984年。当時、小学校四年生だった。スキー場で

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仮想通貨溶けた、日本死ね。

まあ、もともと投機だしね。冷静に考えると、まだ損はしていないので、ヨシとする。

これを機会に、浜田省吾の「マネー」を思い出した。初めて聴いたのは1984年。当時、小学校四年生だった。スキー場でかかっていた。ラジオでも聴いた。

いきなり小学生で聴くには酷な内容だった。そう、聴きたいと思ったわけでもないのに、聴こえてくるのだ。

詞の世界観で言うと、今で言う人口流出の止まらない自治体での出来事のようで。そうか、兄は親父の代わりに働いてくれたのかとか、工場で肉体労働なんだとか。特に二番目の歌詞では、唐突にカーセックスが出てきて。それ以来、支笏湖にドライブするたび、そういう奴がいないか考えてしまった。

で、当時から不可解だったのが、三番に出てくる「純白のメルセデス」「プール付きのマンション」「ベッドでドンペリニオン」だった。ベンツっていえよ、と。プール付きのマンションは、雪国札幌にはほぼなかったのではないか、と。ドンペリニオンて、なんだ、と。今どきの港区おじさんなら「泡」と言うのではないか、と。

さらに、マネー自体、Suicaもあれば、ビットコインもあるよね、と。将来、足元に仮想通貨を叩きつける奴はいるのだろうか。

仮想通貨溶けたのは、まじめに働けってことなんだろう。頑張る。

編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030579.html http://agora-web.jp/archives/2030579.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:36 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:40:12 +0000
サンマーメン(ご存知?)=もやしラーメン:迫りくる危機! life 昔はひょろひょろっとした子を”もやしっ子”などと言ったもので、それだけもやしは私たちの生活に馴染み深い食材です。 一人暮らしの頃は安上がりなので毎日のようにもやし炒めを作ってご飯のおかずで食べていたのが思い出深く、今でも

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昔はひょろひょろっとした子を”もやしっ子”などと言ったもので、それだけもやしは私たちの生活に馴染み深い食材です。

一人暮らしの頃は安上がりなので毎日のようにもやし炒めを作ってご飯のおかずで食べていたのが思い出深く、今でも麺と一緒にもやしを食べた時の「シャキシャキ」の食感が大好きです。

そのもやしの生産者が
「窮状にご理解を!」
と危機を訴えています。

上がり続ける“生産コスト”上がらない“販売価格”減り続けるもやし“生産者”が現状で、工業組合もやし生産者協会の資料によると、平成21(2009)年には全国で230社以上あった生産者の100社以上が廃業して現時点では130社を切っています。

もやし生産関連価格動向
http://www.moyashi.or.jp/wp/wp-content/uploads/kyujo.pdf
(工業組合もやし生産者協会資料「もやしの生産関連価格動向」より)

もやしの販売価格は上がらない一方で人件費が上がり、何よりももやしのタネ(中国産緑豆)の値段がどんどん上がっていることがわかります。

あるもやし生産者に直接、話を聞くと、平成10(1998)年に1キロ当たり150円だったもやしの販売価格が今では100円と33%も下がっているにもかかわらず原材料(タネ)の価格は2.5倍も高くなっているとのことでした。
もやしの価格は20年どころではなく40年前と比べても安いそうです。
私が一人暮らしをしていた30年前よりも当然、安くなっていて、現在の日本のもやしは世界一、安価です。

その事業者の話ではもやしの1日の消費量は人口の100分の1パックで、その1パックあたりの利益は1円あるかどうかですから本当に儲けが少ない食材です。

スーパーなどでは特売にして仕入れ価格より安く売られていることもありますが、いずれにしても儲けが出ない、社員の給料も上げられないから廃業に至り、10年前は従業員5人ほどの小規模の会社の廃業が多かったのに対して最近では30人規模の会社も出ているそうです。

もやし栽培のサラダコスモ(本社・岐阜県中津川市)にお話を聞くと、
「オーガニック認証や機能性食品の認証を受けるなどして付加価値を高める努力をしている」
とのことで、確かに昔と比べると最近のもやしは格段に衛生的で異物混入などもまずないので付加価値は十分に上がっていると思います。
子供の頃、母親のお手伝いで新聞紙の上にもやしを広げてもやしの皮を取ったものですが、今では機械で取り除かれたものが販売されているので調理も格段に楽になっています。

何でも安ければいいってものではありません。

編集部より:この記事は、前横浜市長、前衆議院議員の中田宏氏の公式ブログ 2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030572.html http://agora-web.jp/archives/2030572.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:27 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:40:54 +0000
見直される“ノルウェー人”の価値? international ドナルド・トランプ米大統領は11日、移民問題を巡る超党派会合でアフリカやハイチなど南米出身国を「価値のない場所」(英Shit hole,独Drecksloch)と指摘し、物議をかもした。米大統領から侮辱された関係国ばかり

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ドナルド・トランプ米大統領は11日、移民問題を巡る超党派会合でアフリカやハイチなど南米出身国を「価値のない場所」(英Shit hole,独Drecksloch)と指摘し、物議をかもした。米大統領から侮辱された関係国ばかりか、世界各地から「人種差別発言だ」といった最高レベルの批判の声が挙がっている。当然の反応だろう。

ノルウェーの国旗(ウィキぺディアから)

ノルウェーの国旗(ウィキぺディアから)

トランプ氏の暴言には続きがある。「米国はノルウェーのような国から移民を受け入れるべきだ」と説明したと報じられると、トランプ氏から「移民として理想的」と評価された「ノルウェーとは」どんな国かといった質問が増えてきた。

ノルウェーはスカンジナビア半島の西岸に位置する細長い国だ。ゲルマン系ノルウェー人が全体の82%を占めている。教育水準が高く、社会福祉や生活水準など「人間開発指数」(HDI)でデンマークと共に常にトップを争っている。移民の受け入れを規制してからは移民の数も減少し、スウェーデンのように移民を受け入れ続けている北欧とは少し違う、同国は典型的な白色人種の国だ。そんな地上の楽園の国からわざわざ人種の渦が巻く米国に移民を希望するノルウェー人はいるだろうか。

ノルウェーの歴史を振り返ると、1882年、約2万9000人のノルウェー人が米国に移民した記録が残っている。最近のデータをみると、2016年には1114人のノルウェー人が米国に移民したが、1603人の米国人が同年、ノルウェーに移民している。移民の数では米国人の方が多いのだ。気候は別として、同国はある意味で理想的な国だ。トランプ氏が「米国にもっと移民を」と呼びかけても難しいだろう。

それでは、なぜトランプ氏はアフリカやハイチなどを侮辱する一方で突然、彼の口からノルウェーという国名が飛び出したのだろうか。理由は簡単だ。トランプ氏は前日(10日)、ノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相と会談した。同首相からノルウエーが水力発電でほぼ全てのエネルギーを賄っていることを聞き、地球温暖化防止などで理想的な対応しているノルウェーという国に非常に感動を覚えたという。だから、11日の移民問題の会合でアフリカやハイチを侮辱する一方、米国に移民してくれたたらいい国として前日インプットした“ノルウェー”という国名が飛び出してきたのだろう。トランプ氏の記憶メカニズム(海馬)は非常にシンプルだが、明確だ。

トランプ氏の父方系はドイツ人だ。祖父フレデリック・トランプは1885年、ドイツから米国に移民した。トランプ氏は移民の子だ。その割には、過去、人種差別と受けとらえる発言を繰り返してきた。例えば、トランプ氏は2011年、オバマ大統領がハワイ生まれではなく、アフリカ生まれ(ケニア)だと指摘し、米大統領の資格がないと糾弾したことがあった。トランプ氏は当時、オバマ氏の出生問題で「人種差別者」という批判を受けている。「人種差別発言」は同氏にとって今回が初めてではないわけだ。

当方はスウエーデンやデンマークを訪問したが、ノルウェーはまだ訪れたことがない。ノルウェーといえば、あの歴代最悪の殺人事件の容疑者アンネシュ・ベーリング・ブレイビク受刑者の事件をどうしても思い出してしまう。彼は2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した(「ノルウェー国民を苦しめる『なぜ?』」2017年7月25日参考)。

トランプ氏はひょっとしたら知らないかもしれないが、「どうして多くの若者が犠牲となってしまったのか、わが国の社会で、なぜブレイビクのような人間が出てきたのか」等の疑問にノルウエー国民は今なお悩んでいるといわれる。どの国にも外からは理想的に見えてもその内を覗けば、国民がさまざまな苦悩や問題を抱えているケースが多いものだ。

いずれにしても、トランプ氏の暴言は、国際社会で余り報道されない北欧ノルウェーへの関心を高める契機となったことは間違いないだろう。
最後に、ノルウェー国民はトランプ氏の発言をどのように受け取っているだろうか。AP通信の配信記事を読むと、1人のノルウェー人が「米国で次期大統領が誕生したら、米国に移民を考えても……」と皮肉を込めて答えていた。

 

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http://agora-web.jp/archives/2030573.html http://agora-web.jp/archives/2030573.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:10 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:11:22 +0000
小学生のやる気スイッチはどこにあったのだっけ… life こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。 おはようございます。本日は次女を保育園に送り届けた後、長女の学習塾の保護者会に参加しています。ママたちが中心ですが、男性の姿もちらほら。こうしたイベントも平日日中に容

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こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

 

今日は予定をやりくりして、長女の通う学習塾の保護者会に私が出席させていただきました。

私も中学校受験組でして、いま長女が通っているのと同レベルの進学塾に小3くらいから通っていたので、なんとも懐かしい気分に浸りながら説明を聞いてまして。

でも、こんなハードでしたっけ?!というほど内容が濃い。

小4からは高学年になるので通学は週二回、17時~20時の3hを60分×3コマで。

特に算数と国語のテキストはA/Bの2種類に加えて自習用の教材があって、普段の授業の予習復習に加えて週末を利用してやらないと到底、終わらない分量があることを説明され…。

ついていける気がしないっ!キリッ(長女が)(私も)

特に低年齢でのお受験はまさに「親子の二人三脚」と言われるように、これは相当に親が頑張らないとついていけないだろうなーと思い知りました。回りのママさん(たまにパパさん)は、熱心にペンを走らせていましたし。

思い返すと私もぜんっぜん積極的に勉強するタイプじゃなかった気がしますが、かなり母親がケツを叩いて、根気よく勉強に付き合ってくれてたなあ…としみじみ。

次女の育児だけでも大変なのに、ここに長女と一緒に勉強する時間まで捻出できるかと言われれば

(  ̄ - ̄)

みたいな感じにならざる得ないという。。

うちの長女はマイペースだし、そもそも中学から進学校へ行くことに強い意欲があるわけではないので、どうしようかなあと思案しているところでもあります。

加えて私の場合、7歳から長女の父親になっているので、あまり強く勉強しろとか何とか言いづらい面もありましてね…。

自主的にやってくれるのがもちろん一番良いのですが、何より友達と遊ぶんだりテレビを見るのが大好きな小学生を机に向かわせるのって至難の業ですよねえ。。

何より本人の意思が一番大事ということで、ハードな進学塾でこのまま突っ込んでいくのか、長女や妻とも相談しながら決めて行きたいと思います。

小学生の「やる気スイッチ」を押す方法を御存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひともご教示くださいませ。

それでは、また明日。

編集部より:この記事は東京都議会議員、おときた駿氏(北区選出、かがやけ Tokyo)のブログ2018年1月16日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030576.html http://agora-web.jp/archives/2030576.html Wed, 17 Jan 2018 02:30:04 +0000 Wed, 17 Jan 2018 02:20:47 +0000
ウーマン村本が知らない沖縄と中国の本当の関係(特別寄稿) society 守礼門は中国皇帝への忠誠のシンボル ウーマンラッシュアワー村本大輔氏の“妄言”から沖縄と中国の関係について議論が盛んだが。こんなことが起こるのも日本の教育のなかで国の歴史をきちんと教えていないからだ。もう日本史は社会科か

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守礼門は中国皇帝への忠誠のシンボル

ウーマンラッシュアワー村本大輔氏の“妄言”から沖縄と中国の関係について議論が盛んだが。こんなことが起こるのも日本の教育のなかで国の歴史をきちんと教えていないからだ。もう日本史は社会科から外して公民教育の一環にでもしてもらわないとどしようもない。

日本人は弥生人と縄文人という先祖をもっているが、本土では中国人や韓国人と共通性が高い弥生人が優勢だ。しかし、弥生人がやってくる前から日本列島に住んでいた縄文人らしい特質をもつ人たちは、北海道や東北と南九州や南西諸島に多い。そういう意味では、沖縄の人は日本人のなかでもっとも中国人と縁遠い存在だ。

沖縄は日本列島でもっとも早く人が住み始めたのだが、現在の住人の主流は平安時代以降に鹿児島など南九州から移ってきたのでないかという説が有力だ。

沖縄で農業が盛んになりクニが生まれ始めたのは、鎌倉時代から室町時代になってだが、彼らと日本のつながりは盛んだったが非公式のものにとどまり、明帝国から使いがやってきて朝貢を勧め、冊封国としての琉球王国が成立した。

二千円札の図柄になっている「守礼門」は、中国からの使節を迎えて琉球国王となるべき世子が三跪九叩頭して迎える施設であり、「守礼之邦」という扁額にある銘は、中国の皇帝に忠実であることを意味するもので、「礼節が重んじられる国」などいう意味はまったくない。

とはいっても、近隣の日本との人的な行き来が圧倒的に多かったわけだし、江戸時代のはじめからは薩摩の島津氏の支配下に置かれたのだが、中国との冊封関係は維持された。しかし、欧米諸国がやってくると、中途半端な形式は植民地化の危険を生じさえることとなったので、明治12年(1879)の琉球処分で日本が完全併合し、いろいろ問題はあったが、日清戦争の結果、追認された。

沖縄の人たちが話してきた琉球言葉は、日本語と同系統の言葉である。言語学者は、祖日本語というべき同じ言葉から、弥生時代から平安時代のあいだのどこかで分かれたといっている。方言なのか別の言語なのかといえば、独立した言語として成立するためには、文法がしっかり整備されたり、辞書が編纂されたりすることが決め手だが、そこまでに至らないまま、明治時代に完全に日本に併合され、本土の言葉が普及した。

書き言葉としては、鎌倉時代に日本の仮名を使っての表記が始まり文学作品も生まれた。また、室町時代には、日本の諸勢力との間では仮名書きの文書のやりとりが、明帝国とは中国語での文書がやりとりされていた。

沖縄の人と稲作はどこから来たか

沖縄では旧石器時代にすでに人が住んでおり、1967年に発見された港川原人は我が国で最初に完全な形で確認された旧石器人の遺骨で、一万八千年ほど前の人類だ。

沖縄では本土の縄文時代から平安時代までをまとめて貝塚時代という。縄文時代的な狩猟採集文化が長く続き、早期(紀元前4600~紀元前2000年)、前期(紀元前2000~紀元前800年)、中期(紀元前800~紀元前200年)、後期(紀元前200~1100年)に分ける。

早期には海辺で漁業をしていていただけで、前期には小高い琉球石灰岩の崖下の洞窟に住んで漁業や狩猟をし、中期には台地に上がって土器に採集した木の実を蓄えたり初歩的な農業をして暮らし、後期には海岸の砂丘で網を使ったりする高度な漁業をしていた。

稲作については、11世紀ごろ以前には発見されません。柳田国男は、「中国で貨幣とされた宝貝を中国南部から宮古に求めにきた人々が伝え、稲作栽培が島伝いに日本列島を北上し伝えられた」といいましたが虚説だ。沖縄は珊瑚礁の島なので水の確保が難しく、台風も来るので、稲作が伝わっても定着しなかったと思われる。だいたい、平安時代の後期である10世紀から12世紀に南九州から伝わった稲作が盛んになるなど、農業社会へ変貌し始め、弥生時代が到来し、古墳時代から平安時代までは飛ばして、中世でもある「グスク(城)時代」に入った。

また、貝塚時代の沖縄がどのくら日本国家に服属していたのか、詳しいことは分からない。「続日本紀」には、714年に、種子島、屋久島、奄美大島、久米島、石垣島とおぼしき島から入貢してきたとある。鑑真和上は日本にくるときに阿児奈波島に漂着してから日本にやってきたが、これが沖縄である可能性が高い。

このころ奄美まではそれなりに日本の支配が及んでいたようだが、沖縄本島は必要に応じて影響力を及ぼせるといった程度だったと思われる。というよりは、このころは、人口もごくわずかだったので、それで十分で、律令制のコストもかかる地方組織は、それだけの経済価値がある地域にしか置かれなかったのである。

源為朝の子といわれる舜天王

琉球王国の正史の「中山世鑑」は、ヤマトにおける「日本書紀」のようなものだが、源頼朝の叔父で保元の乱で敗れて伊豆大島に流された源為朝が、本島北部の運天港に漂着し、大里按司という沖縄の有力者の娘と結婚して生まれた子が、琉球王家の始祖である舜天王(在位:1187~1237年)になったとしている。

源為朝かどうかは別として、南九州たりから、農業についての知識を持ったり、武芸に優れた個人や集団がやってきて支配者となったことが多かったという歴史的な事実を示唆している。

また、「中山世鑑」では、舜天王以前に、阿摩美久という神が天帝の指示に従って、南九州からやってきて建国したと言うことになっている。その系統が25代の間、続いたという神話的時代のあとに、源為朝の子である舜天王が王国を建てたとされている。

しかし、舜天王統は三世代で終わり(1187~1259年)、英祖王統の時代となる(1260~1359年)。このころ、仏教がヤマトの禅鑑という僧によって伝わり、仮名も使い始められた。

そして、察度王(在位:1350~1395年)という人物が現れ、これが、中山王国を建国し、1368年に中国で成立した明帝国の勧めに応じて朝貢し冊封されることになる(1372年)。このころ、南部や北部でも有力な王国が現れ、糸満市の大里にあった南山王国は1380年、今帰仁の北山王国は1383年にそれぞれ明から冊封された。

世界遺産になったグスクの時代

三国鼎立時代を終わらせたのは、南山王国の有力者だった佐敷按司の尚巴志である。尚巴志は鉄を本土から仕入れ、鉄の農具を分け与えることで信望を得たという。もともとは、本島の北西にある伊平屋島の出身で、ルーツは熊本県八代ともいわれる。

尚巴志は1406年に中山王武寧を滅ぼして父の尚思紹を王とし、1416年には北山王国を、自分が王となったあと1429年には南山王国を滅ぼして統一王国を実現した。これを第一尚氏の王統と言う。

しかし、内訌が絶えず、七代目の尚徳王を最後に金丸(尚円王)の第二尚氏王統にとってかわられた(1462年)。金丸は伊平屋島と同じく本島北西に浮かぶ伊是名島の出身である。

沖縄の歴史では、農耕社会が確立した12世紀ごろから島津に制圧された17世紀初めまでを古琉球時代、あるいはグスク時代という。グスクとは軍事的な城でもありますが、宗教的な御嶽(うたき=聖地、拝所)であり、人も住んでいた。

中国が船まで用意して琉球に朝貢させる

明帝国はその初期に積極的な海洋政策をとって、その一環として、中山、南山、北山の三国鼎立時代の沖縄にも入貢を進める使いがやってきた。船もすべて用意してくれるという結構な話だったのでこれに乗り、明帝国からの冊封と琉球王国からの朝貢という関係が始まった。

琉球側からも贈り物をもっていくが、その何倍もの価値の物をくれた。さらに、外交や行政の専門家がいないだろうと福建省人を350家族下賜した。彼らの子弟が北京に留学して官僚を独占していたのだが、のちには、不満が高まって土着の上流階級にも門戸が開かれた。いずれにせよ、明は官僚機構を福建人や留学組を通じてコントロールしていた。

琉球王国は、明帝国から厚遇され、非常にたくさんの朝貢船の派遣を特権的に許され、日本や東南アジア各地と中継貿易をして莫大な利益を上げた。

「万国津梁(世界の架け橋)」の時代といわれる琉球王国の全盛期だが、倭寇の跋扈で朝貢貿易の枠外の自由貿易が盛んとなり、また、倭寇をビジネスパートナーとする南蛮船が到来してより本格的な中継貿易を始めるに至って下火になっていった。

なお、中国人の地理観として琉球は福建省の先にあった。浙江省や江蘇省から東シナ海を横切る航海は常に危険が高いものだったからで、福建省からが安全だった。

古琉球時代のヤマトとの交流

ヤマトと琉球王国との関係は、室町幕府とも島津氏などとも書状や使節のやりとりはあったものの、インフォーマルなものだった。幕府では使節は朝貢使節として扱っていました。書状は仮名で書かれていたので、中国系の官僚たちは外交文書として扱わず、琉球側できちんと保存されることもなかった。

室町時代から戦国時代における中国の影響と日本の影響はまったく違う形で及ぼされたので、比較しようがない。
しかし、民衆レベルでの交流は圧倒的に日本、とくに南九州との方が分厚く、人の行き来も中国などとは比較にならないほど頻繁で、言葉もなんとか通じるわけであった。そもそも、日本の室町時代というのは、ヨーロッパの中世などと同じで、権力機構が多元的な時代だった。

この時期、薩摩の島津氏は徐々に日本と沖縄との交易権の独占を図った。
そして、1471年になると、幕府は島津氏の許可なく琉球と交易することを禁じている。幕府としても琉球は島津の勢力圏といった認識はあった。

また、貿易についても、琉球と中国の貿易といっても、琉球は仲介するだけで、日本の日本刀、漆、扇、漆器、屏風、銅などを中国に渡し、中国産の生糸、絹織物、薬などを日本側に輸出した。

琉球王朝の王城「首里城」(写真AC:編集部)

時代を読み誤った留学組中国人官僚の裏切り

関ヶ原の戦いから10年もたたない1609年に琉球王国は薩摩の島津氏に出兵され、なすところなく制圧され、以降、その支配下に置かれた。

島津氏は応仁の乱のころから沖縄を自分たちの勢力圏とみなしていたが、ほかの守護大名と同じく、薩摩・大隅・日向の三州では一族や地頭たちが群雄割拠で、それほど強い統一権力にはなっていなかった。

彼らが、ようやく、薩摩を統一できたのはザビエルがやってきた1549年のころで、このときの当主は島津貴久。大隅を制圧したのは、1572年の木崎原の戦いの勝利によってである。しかし、豊臣秀吉の攻撃を受けて1587年には降伏し、薩摩・大隅と日向南部に押し込められた

また、どこまでが領土か、沖縄や蝦夷のような十分に支配が及んでいないところと日本政府との関係はどういうものかとかいったことを、のちの黒船が来た時代ほどではないが、明確化する必要も出てきた。

そして、豊臣秀吉は大陸遠征にあたり、当然のことのように琉球にも軍役を課そうとした。琉球王国の中国人官僚はこれを明に密告する一方で、軍役は拒否はせずに半分だけ送り、半分は島津氏に肩代わりさせてしのぎ、それを踏み倒した。

ともかく、負担をいったん了承してしまえば、もはや、自分たちは明の冊封国だからとか、独立国だからと断る理屈はなくなっているからその場しのぎの方便で墓穴を掘ったわけだ。

また、德川幕府が漂着した琉球船の乗組員を救出送還したのにも聘礼の書状を出さなかった。聘礼の書状を出すと明の機嫌を損ねると中国人たちが主張したのだ。このあたりは、現実に沖縄は天下統一された日本の軍事的勢力圏になっており、朝鮮と違って明が救援することなど最初から無理だということを理解しなかったのだ。

とくに、中国系と留学組の官僚に外交を握られているから現実的な国益も考えなければ、自分たちが日本人と同じ民族だとかいうことに思いが及ばなかったのである。このとき政権を率いたのは謝名親方という中国系の人物で、南京の国子監という官僚養成校に7年間も留学していた根っからの中国絶対崇拝主義者だった。

正史である「球陽」には、「権臣謝名の言を信じ、遂に聘問の礼を失す」とあり、別記録は「(謝名親方が)子供の時から明の南京へ学問に渡り、年久しくして帰国したので、ヤマトの風を知らなかった」「こうなったのも謝名親方ひとりの失敗だし、佞臣だった」とある。

これに怒った幕府は、島津氏による琉球征伐を許可した。第三次朝鮮遠征をすべきという世論をかわすために幕府が琉球を標的にした側面もあった。

薩摩軍はほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに本島北部に上陸し、あっという間に首里城を陥れ、国王尚寧は鹿児島に連れ去られた。尚寧は3年間もヤマトに抑留され、将軍に接見させられた。

また、15条の掟を承認した。そのなかには、中国への関係も薩摩の監督を受けることや、国内で不当な扱いを受けた者が薩摩へ訴えでることが可能なことが書いていた。

島津支配を中国が知らなかったのではない

島津氏は役人を常駐させて実質的な支配下に置いたが、同時に、王国は形の上で維持した。徳川家康は、琉球に日中貿易を実現する仲立ちを期待した。薩摩は琉球に明に対して交易を認めるように交渉させ、聞き入れないなら数万人の軍勢を福建省に送って軍事的に攻撃することまでほのめかした。しかも、明は薩摩の支配下に入ったことを怒ってそれまでの2年ごとの進貢を10年にいちどにすると嫌がらせをした。

結局、中国側もだいたい2年に1度の進貢を復活させ、島津氏としてはそれなりのメリットが確保できた。

また、島津氏は奄美群島を直接支配下に置いた。奄美については、古代からヤマトの影響がかなり及んでいたところにもかかわらず、日本が混乱期にあるときに、琉球王国が15世紀に併合した。奄美と沖縄の間にある与論島と沖永良部島はもともと北山王国に服従していたのを併合したが、ついで奄美大島に近い徳之島、さらに、1447年には奄美大島、1466年には喜界島が征服された。

そういう意味では、古くから沖縄の一部だったわけではない。島津氏は奄美を直轄領化したが、建前としては琉球王国の領域であることをやめたわけではなく、大島郡が設置されて大隅国に編入されたのは1879年の琉球処分のときである。奄美大島では18世紀になってサトウキビの生産が盛んになり、この専売制で得た資金は、薩摩藩が雄藩としてのし上がっていくことを支えた。

そして、明治維新まで、琉球国王は明や清に朝貢し皇帝から冊封を受けるが、一方で薩摩藩に支配され、江戸の将軍にも朝貢使節を送るという関係となった。島津氏に支配されている実態を中国側も知らなかったのではない。

沖縄にもペリーはやってきた

アヘン戦争が黒船が東シナ海に姿を現すようになると、琉球王国とは国際公法のなかでいかなる存在かということが問題になった。1844年にはフランスのアルクメーヌ号が来航して通商を要求しました。

島津斉彬は琉球王国を開国させ、そこを通じて貿易をすることで、欧米諸国の開国要求をガス抜きさせられないかと言い出し、幕閣の実力者だった阿部正弘もそれに賛成した。

しかし、琉球王国では、そんなことをしたら、北京に対して島津に支配されていることを公式に認めざるを得なくなり、冊封体制が維持できなくなると反対した。もちろん、北京も実態は知っていたのが、建前が維持されている限りは目をつぶっていたが、薩摩との関係が公になればそれまでの関係を維持できなくなるというわけだ。

この構想は、フランスの政情が乱れて二月革命の騒乱につながる時期になったこともあって沙汰止みになったが、アメリカのペリー提督がサスケハナ号でやってきた(1853年)。

日本に来る前に那覇に立ち寄ったのだが、日本での交渉がうまくいかなかったら沖縄を占拠することも視野に入れていたようだ。

翌年にも再びやってきて来港し、結局、日米和親条約締結のあと琉球との条約締結を求め、薪水の提供、漂流民の救助、領事裁判権などを内容とする「琉米和親条約」が締結された。

薩摩藩の付庸国であり、清と特殊な関係にもある琉球王国が、国際法上の主体となれるのか、また、この条約に有効性があるのか微妙なところだった。

島津氏はこのあいまいな関係をフルに活用し、パリ万博には「薩摩・琉球」として出品を行った。しかし、そういう変則状態をいつまでも続けることは欧米の植民地にされる危険があった。

国際公法を味方につけて琉球王国を併合

アジアでは、大清帝国をめぐって、その領土について、本当に中国が国際公法上の義務を果たせるものなのか、また、冊封関係というのは、国際公法上のいかなる状況なのか整理する必要があった。

冊封関係にあったのは、朝鮮、ベトナム、琉球だった。清国政府では、冊封関係というものをなんらかの形で国際法上で位置づけたいと考えた。たとえば、併合してしまうとか、外交権のない保護国として扱うかである。しかし、清国は西洋の国をどうしたら納得させられるかなどまじめに研究したり工夫したりしなかったので、三つの冊封国ともに、清国との絆はあっさり断ち切られた。

つまり、ベトナムについては、清仏戦争の結果、清国は冊封関係を解消させられてしまい、琉球は日本への編入を日清戦争後に追認。そして、朝鮮についても、いろいろあったが、やはり下関条約でこれを解消することを清は受け入れた。

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http://agora-web.jp/archives/2030571.html http://agora-web.jp/archives/2030571.html Tue, 16 Jan 2018 23:30:15 +0000 Tue, 16 Jan 2018 23:31:12 +0000
子宮頸がん検診をすれば、ワクチンは打たなくて良いのか? medical-field   都民ファースト都議の方が、基本的な「副反応」の定義も分からないまま、反ワクチン運動に絡め取られそうになっていので、以下の記事を書いたところ、多くの方から反響を頂きました。 都民ファーストが反ワクチン脳になり

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都民ファースト都議の方が、基本的な「副反応」の定義も分からないまま、反ワクチン運動に絡め取られそうになっていので、以下の記事を書いたところ、多くの方から反響を頂きました。

都民ファーストが反ワクチン脳になりかけている件

その中で、中央区の青木かの区議から「検診を受ければワクチンなんて要らない!」という反論を頂きました。

ありがちな誤解なので、再反論をしたいと思います。

今回もまた正確さを期すために、ワクチンに詳しい内科医の久住英二医師に監修を頂き、その他複数の医師の方からもチェックを頂きました。

そもそも検診って?

子宮頸がん検診は、産婦人科に行くと受けられます。内診台で腟の奥にある子宮頚部の細胞を綿棒でこすり取ります。これによって、子宮頸がんあるいはその前段階である「異形成」を「早期発見」できます。

出典:国立がん研究センター https://ganjoho.jp/public/pre_scr/screening/uterine_cancer.html

「早期発見」したら、その後に病変部分だけを切り取る手術(円錐切除術)等を行えるので、受けた方が良いことは間違いありません。

では、本当に地方議員さんの言うように、「ワクチンよりも検診を」なのでしょうか?

検診は「予防」できない

検診はたしかに「早期発見」できます。けれど、当然ながら「予防」はできません。

ちょっと想像してみてください。全てのガンがワクチンで予防できるようになった時に、「検診で早期発見すれば良い」とあなたは思いますか?

少なくとも僕は思いません。

「発見できたは良いけど、手遅れになったらどうしよう?」

「発見できて手術で治るかもしれないけど、手術にリスクはあるよね」

と思います。

ガンにならないなら、ならないに越したことはないですからね。

HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)も同様です。

発見して運良く早期発見で、手術で治る人もいますが、発見が手遅れになる可能性だってあります。

さきほど「もし全てのガンがワクチンで予防できるようになったら」と言いましたが、子宮頸がんだけは、ありがたいことにワクチンで予防できるようになっているのです。

検診の受診率は非常に低い

子宮頸がんの検診受診率は4割です。青木区議の選挙区の東京都中央区はたった 25 % です。

「検診で良い!」と言ってるなら、なぜ彼女は、地元の区民の検診の受診率を上げないのでしょうか?

それは人々を定期的に、しかも数十年に渡って検診を受け続けるように動機づけるのは、非常に難しいためです。

それに比べて、ワクチンは 3 回打てば、約 7 割の子宮頸がんを予防します。どちらが容易か、明らかです。

といっても、ワクチンは7割の予防率なので、後の 3 割のリスクに備える必要はあります。そのために、検診を「重ねて」受けていくことは、さらなるリスクの低減には意味があるでしょう。

つまり「ワクチンも、検診も必要」なのであって、「ワクチンより、検診を」ではないのです。

ワクチン接種率が上がることで検診も受けやすく

HPVワクチン先進国のオーストラリアを見てみましょう。

オーストラリアでは、2007 年 4 月より開始した HPV ワクチンプログラムの成功によって、当時 12~17 歳でワクチン接種を受けた女性の 3 回接種率が約 70 % と高率です。

それによって、子宮頸がん感染率も 3 回接種者の場合は 93 % も下がりました。

引用: 横浜HPVプロジェクトhttp://kanagawacc.jp/vaccine-wr/81/

そうなったことで、定期検診の頻度も、2年に1回から5年に1回に下げることができました。

http://www.cancerscreening.gov.au/internet/screening/publishing.nsf/Content/cervical-screening-1

検診の頻度が下がれば、検診を受ける人たちの負担も減り、より受けやすくなるわけです。

ワクチンを打つ人が増えていけば、より検診も受けやすくなる、という好循環を生み出せるのです。

なぜ今またHPVワクチンなのか?

青木区議は僕に問いました。「なぜ今またHPVワクチンなのか」と。

答えは明確です。人が死んでるからだ、と。

現在、毎年 2,900 人の女性達が子宮頸がんで亡くなっています。

20 代・30 代の女性のがん死亡率の1位は、この子宮頸がんです。

だからこそ、子宮頸がんはマザーキラーと呼ばれているのです。

そして危うく命は助かったとしても、「発見」する時期が遅れて毎年1万人の女性が子宮を摘出されています。子宮がないだけで、普通に暮らせると言うことではありません。リンパ浮腫という下半身がひどく浮腫むような病気も合併しますし、卵巣も一緒に摘出されれば若くして更年期を迎えます。もちろん子宮を摘出された女性はもう妊娠することはできなくなってしまいます。

しかし、このマザーキラーは、本当に幸いなことに、ワクチンで約7割が防げます。現在医薬品医療機器総合機構(PMDA)で審査中の新ワクチン「ガーダシル9」では、その確率は 9 割に上がります。(https://www.gardasil9.com/

命を、助けられるのです。

一方で、科学的には決着が付いているにも関わらず、政治運動の結果、HPVワクチンの積極的な推奨は止まり、例えば、札幌市では 70 % までいった接種率は 1 % 以下にまで下がりました。

札幌市のHPVワクチン接種率 http://kanagawacc.jp/vaccine-jp/123/ より

そのツケを払うのは、今の 10 代の子どもたち、あるいはもっと小さな少女たち、そしてこれから生まれてくる子どもたちです。

引用: 横浜HPVプロジェクトhttp://kanagawacc.jp/vaccine-jp/130/

今のまま放っておいたら、今以上に人が死ぬのです。

一刻も早く、ワクチン接種の推奨の再開しなくてはいけないのに。

これが、間接的な「子ども殺し」でなくて、何なのでしょうか。

地方議員の方々が、統計情報にも原文にも専門家の方々にもあたらず、感情と感性だけで政策を決めようとしていることに、強い憤りを感じてなりません。

議員に望むこと

Evidence Based Policy Making(EBPM = 根拠に基づいた政策づくり)という言葉があります。各国では、エビデンスをしっかりと測定して、それに基づく政策づくりをしようという動きがあります。

日本では、この地方議員に見られる通り、Evidenceではなく、Emotion(感情)やEpisode(物語)をベースに政策を語る人が多々いることは、自民党の平将明議員も指摘するところです。


我々市民ができることは、熱い思いを持っているというだけでなく、しっかりとエビデンスを調べる、つまり謙虚に勉強する議員を支持していくことなのだと思います。

編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年1月15日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030570.html http://agora-web.jp/archives/2030570.html Tue, 16 Jan 2018 23:00:23 +0000 Tue, 16 Jan 2018 23:07:06 +0000
アサイン、イシュー?その言葉の意味、わかっていますか economy 専門用語とともに、気になるのがカタカナ語の乱発です。現代のメディアはカタカナ語があふれていますが、知っているようで実はよく知らない、聞いたことはあるけれど意味がわからないという言葉がたくさんあります。 カタカナ語は多用し

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書籍画像


専門用語とともに、気になるのがカタカナ語の乱発です。現代のメディアはカタカナ語があふれていますが、知っているようで実はよく知らない、聞いたことはあるけれど意味がわからないという言葉がたくさんあります。

カタカナ語は多用しない

たとえば、アーカイブ、アセスメント、イノベーション、ダイバーシティ、ガジェット、アサイン、エビデンス、イシュー、プライオリティ、コンプライアンスなど……。これらの意味を聞かれて、的確に答えられる人はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

時代をあらわすカタカナ語は雰囲気を出すこともできますが、文章に雰囲気は不要です。まずは、使おうとするカタカナ語に対して読者にどの程度〝共感認識〟があるかを
考えて用いるべきです。

基本的に専門用語は専門の場所で使うべき、言葉はTPOによって使いわけるのが原則です。先ほどあげたカタカナ語をわかりやすく言い換えてみましたので、参考にしてください。

<カタカナ専門用語の言い換え例>
アーカイブ → 保存施設、保存記録
アセスメント → 事前評価
イノベーション → 事業革新、技術革新
ダイバーシティ → 多様な人材活用
ガジェット → 小物、道具、仕掛け
アサイン → 指令、任命
エビデンス → 根拠、証拠  
イシュー → 課題
プライオリティ → 優先順位
コンプライアンス → 法令遵守

バランスも書き手のセンスの見せどころです。漢字にすべきか?ひらがなにするか?迷うときも多いと思います。最近はあまり漢字を多用せず、ひらがな表記をすることが多くなりましたが、大事なのはバランスです。

文章をざっと見たときに、漢字が多すぎると堅さを感じて、読む気力が削がれてしまいますし、視覚的に威圧感を与えることもあります。一方、ひらがなは読みやすいのですが、多すぎると逆に読みにくくなります。次の文章を比較してみてください。

<漢字が多い>
子供は比較、即ち〝優劣〟で人を判断します。足が速い遅いといったことから、勉強が出来る出来ない、背が高い低い、歌が上手い下手、更に貧富といった比較を通じて、自分より劣っていると思う者に対して、優越感を持ちます。

<漢字の一部をひらがなに修正>
子どもは比較、すなわち〝優劣〟で人を判断します。足が速い遅いといったことから、勉強ができるできない、背が高い低い、歌がうまいヘタ、さらに貧富といった比較を通じて、自分より劣っていると思う者に対して、優越感をもちます。

一部をひらがなにし、漢字とひらがなのバランスを考慮すると、圧倒的に読みやすくなります。また、ひらがなを活用することで、文章を和らげることもできます。

文章を書きあげたら、全体をよく見直し、途中でつまるところがないか、読みやすいバランスを考えるようにしてください。迷ったときは、見た目を重視!バランス感覚を働かせて変換するようにしましょう。

刺さる文章ってなに?

さらに、誰に向けた文章なのか、どういう行動をうながしたいのか、さまざまなイメージを思い浮かべるのは、文章を書く上で大きな意味を持ちます。文章を書き始めてからも、言葉や表現に迷うこともあるでしょう。そんなときはいったん立ち止まり、ターゲットを今一度明確にイメージすることが重要です。

文章を読んでほしいと思っている相手、または自社の商品を買ってもらいたいと思っているターゲットの顔、体形、生活スタイルなどを細かく具体的にイメージして書くことで、「この言い方は刺さるな」「これはピンとこないかも」と、判断できるようになるはず。こうした作業をすることで、相手にきちんと伝わるようになるはずです。

参考書籍
あなたの文章が劇的に変わる5つの方法』(三笠書房)

尾藤克之
コラムニスト

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http://agora-web.jp/archives/2030562.html http://agora-web.jp/archives/2030562.html Tue, 16 Jan 2018 21:00:45 +0000 Tue, 16 Jan 2018 15:18:50 +0000
【映画評】西遊記 ヒーロー・イズ・バック entertainment Monkey King: Hero Is Back/ [DVD] [Import] [DVD] 伝説のヒーロー・孫悟空が、お釈迦様によって五行山に封じ込められて500年。長安の町に妖怪がたびたび現れ、子どもをさらう事件が

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Monkey King: Hero Is Back/ [DVD] [Import]

伝説のヒーロー・孫悟空が、お釈迦様によって五行山に封じ込められて500年。長安の町に妖怪がたびたび現れ、子どもをさらう事件が多発する。修行僧の少年リュウアーは、ある日、妖怪に襲われた女の子・おチビちゃんを助けようとして五行山に迷いこみ、偶然にも孫悟空を解放してしまう。伝説のヒーローを目の前にして大興奮のリュウアーだったが、悟空は本来のチカラを封印され、すっかり自信を失っていた。やがて悟空は、リュウアー、猪八戒と共に、なりゆきでおチビちゃんを助けるが、妖怪の背後には、混沌という悪者がいて、幼い子どもをいけにえにして強大な力を手に入れようと目論んでいた…。

日本でも人気の西遊記の、これまた人気キャラの孫悟空の物語を大胆にアレンジしたアドベンチャー・アニメーション「西遊記 ヒーロー・イズ・バック」。自惚れ屋で暴れん坊の孫悟空が、自分のためでなく、他の誰かを守るために戦ううちに、本物のヒーローへと変わっていく。過去に何度も映画化された西遊記だが、本作では有名キャラを削り、換骨奪胎しているのが大胆だ。それでも物語は、ヒーロー映画としてテッパンの展開なので、安心して見ていられる。何より、この中国映画のアニメーションは、その独特の色彩や動き、キャラクターの造形や脚本など、意外なほど見所が多い。スピード感あふれるカンフー・アクションをふんだんに取り入れながら、中国武術や京劇、雑技などの伝統要素をも取り入れた意欲作なのだ。

新たに生まれ変わった西遊記の孫悟空とはいえ、長く赤い布を首に巻き裾をたなびかせた悟空のりりしいビジュアルはきっちりと再現。悟空が赤と金色をベースにした衣装で“正装”して戦う場面は、思わず見惚れてしまう。敵である混沌さえもその動きはなめらかで美しい。驚異的な力を秘めながら自信を失った孫悟空が真のヒーローとして覚醒するこの物語は、成長がテーマだ。幼く無邪気なリュウアーは後に三蔵法師になるに違いない。

中国出身のティエン・シャオポン監督は、日本、ハリウッド、そしてアジアのさまざまな国のアニメーションのエッセンスを貪欲に吸収しつつ、中国、ひいては東洋ならではの美学を持つアニメーションを目指したそう。中国アニメは技術的にまだ発展途上だが、これからが楽しみと思える1本だ。
【70点】
(原題「MONKEY KING: HERO IS BACK」)
(中国/ティエン・シャオポン監督/日本語吹替制作監修:宮崎吾朗)
(オリエンタル度:★★★★★)

この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030566.html http://agora-web.jp/archives/2030566.html Tue, 16 Jan 2018 21:00:39 +0000 Tue, 16 Jan 2018 07:03:28 +0000
小泉進次郎を浪費する人たち politics アレキサンダーと比べる愚 自民党の小泉進次郎氏を呼べば、聴衆は集まるし、テレビに登場すれば、視聴率を稼げるし、出版物に載れば売れます。政治はもちろん、メディアも出版社も識者も将来、政治的な器と期待できるであろう人材を、酷

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アレキサンダーと比べる愚

自民党の小泉進次郎氏を呼べば、聴衆は集まるし、テレビに登場すれば、視聴率を稼げるし、出版物に載れば売れます。政治はもちろん、メディアも出版社も識者も将来、政治的な器と期待できるであろう人材を、酷使、浪費しすぎているとの思いを持ちます。

月刊文芸春秋2月号に、著名作家の塩野七生氏が出版した「ギリシャ人の物語−アレキサンダー大王篇」(新潮社)をテーマに小泉氏との対談を文春が企画し、掲載しました。小泉氏については、文春新書で「小泉進次郎と福田達夫」の近刊がありますので、その宣伝も兼ねたのでしょう。

塩野−小泉対談の見出しは、「若きアレキサンダー大王にヒントがある 進次郎は総理になれるか」です。思わずぎょっとしました。紀元前のヘレニズム時代に征服を繰り返し、大帝国を打ちたてた軍事の天才的英雄、アレキサンダー(32歳で没)と小泉氏を並べるとは驚きました。出版社の商魂に読者は仰天します。

ギリシャ、ローマの物語は、日本では第一級のブランド力があり、特に塩野氏が題材にすると、ベストセラーになります。一連の著作は歴史書ではなく、小説であっても、歴史の教訓を引き出せると錯覚する人は多いのでしょう。愛読者の一人が小泉氏です。

古代ギリシャからの教訓は無茶

私はかねてから、紀元前4,5百年前のギリシャ、紀元後2,3百年のローマの歴史、それも歴史小説から、現代に向けた教訓を引き出すのは単純すぎると思っていました。

塩野氏は小泉氏に、「政治家は正直でなければならない。正直でない政治家は何をいっても、何か裏があると疑われてしまう」と、語りかけます。そうであればいいと、私も願います。実態はといえば、政治家の要件は「巧妙にウソをつける」、「正直であることより実績を残す」です。米中露のトップは真実を語らないし、日本もそれに近い。

トランプ米大統領は、日常的にウソをついていますね。米国史で、政治家は正直であれと教えたのは、初代大統領のJ・ワシントンが6歳の時、父親が大事にしていた桜の樹を切ってしまい、そのことを正直に告白したとの逸話です。日本では中学生のころに英語の授業に登場した有名な話です。その逸話は今では、創作だったとの説です。

もう一つ。塩野氏は「心すべきは攻めよりまず守り。ペリクレスの例が役に立つ」と、小泉氏に教えます。なぜペリクレスがここで登場するのか。アテネの政治家で、アテネの最盛期を築きました。紀元前400年ころの人で、時代も政治制度も海外環境も全く違います。小説的な興味に浸るならともかく、安易に教訓を引き出せるはずもない。

対談で、塩野氏は「世襲は欠点ではない」とも、世襲政治家の典型である小泉氏に語りかけます。政治家としての本人の能力は、小泉氏に限っていえば、いい意味で政治家の血が生きているといえましょう。さらに「既得権益層に生まれたからこそ、その社会をどう変えるか理解できる」と、塩野氏は述べました。そうでしょうか。

世襲はやはり政治的問題

日本の政治では、「世襲は欠点ではないどころか」、大きな問題になっています。自民党では当選した議員の3割は世襲、閣僚になれた議員の4割が世襲です。親から、地盤・人脈、政治資金、選挙事務所を引き継ぐため、他の候補に比べ、当選も出世も圧倒的に有利です。そのため政治的人材の新規参入が難しく、政界の停滞を招いています。

文春新書の「小泉進次郎と福田達夫」(田崎史郎著)を塩野氏は評価しています。福田氏も三代目の世襲議員です。さらに塩野氏は「著者はきっと人柄のいい人」と誉めていますいいます。どうですか。政治評論家、通信社の解説委員を名乗るこの筆者、むしろ政権のスポークスマンという評価です。

対談で小泉氏は、農業、林業、漁業、それと震災復興についての経験、知見を述べています。それらのキャリアに絶対的に不足しているのが、財政、金融政策です。財政も金融も双子の危機で、社会保障費が今後も急増します。

政治家の有力リーダーとなっていくには、財務相の経験が絶対的に必要だし、過去、その経験者が多く首相になりました。それに、国の将来を決めていくのは圧倒的にAI、ITによる新産業の発展です。農業、林業、漁業にこだわっているようではいけません。

編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030564-3.html http://agora-web.jp/archives/2030564-3.html Tue, 16 Jan 2018 21:00:24 +0000 Tue, 16 Jan 2018 06:52:14 +0000
ほとんどの人が犯している間違ったメールの書き方 economy 「確かに…。しかし…」という用法は、法律文書では頻繁に用いられます。 貸金の返還請求をされた被告が、「確かに100万円は受け取った。しかし、当該100万円は原告からの贈与だった」、「確かに100万円は受け取った。しかし〇

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「確かに…。しかし…」という用法は、法律文書では頻繁に用いられます。

貸金の返還請求をされた被告が、「確かに100万円は受け取った。しかし、当該100万円は原告からの贈与だった」、「確かに100万円は受け取った。しかし〇年〇月〇日、被告は原告に全額返済した」というのが簡単な具体例です。

「抗弁」として用いることが多いですが、「一部否認」の場合もあります。

貸金返還請求の要件事実は、①金銭の授受と、②返還の約束の2つです。

「贈与だった」というのは①は認めるが②は否認するという一部否認です。

「返済した」というのは抗弁です。「①も②も認める。しかし返済したので支払い義務は消滅した」という構造です。

日常会話だと、「確かに…。しかし…」用法は、曖昧な使われ方がよく見受けられます。

「確かに君の言い分はわかるよ。しかし、相手の気持ちも考えてみたまえ」という表現はとても曖昧です。

この表現を、「君の言い分にも一理ある。しかし、相手の〇〇という言い分には賛成だ」に直すと、「君の言い分には概ね賛成だ。しかし〇〇については反対だ」という意味になり、「一部否認」のロジカルな表現になります。

もっとも、日常会話は角が立たずに曖昧にした方が好ましい場合が多いので、ロジカル表現にこだわりすぎない方が無難です。

厄介なのがEメールです。

紙の手紙を書くときは投函する前に見直すので手直しをする機会があります。

余談ながら、夜書いたラブレターは翌朝必ず見直した方がいいそうです。夜は感情が高ぶってしまうので、冷静な時間に見直すと赤面ものの表現を多用してしまうというのが理由です。

Eメールは、作成してすぐに送信してしまう人が多いようです(誤字、脱字くらいは確認するかもしれませんが)。

また、無意識的にか、「確かに…。しかし…」パターンを用いてしまう人が驚くほど多いのです。

「御社からのご提案はとても興味深いものでありました。…しかしながら、弊社といたしましては○○という理由で採用しかねます」というのが典型です。

個人メールでも、「あなたはとても博識で常日頃から尊敬しています。…しかし、個人的なお付き合いはお断りいたします」というメールです。

私が今まで見てきたネガティブメールは、ほぼ100%このパターンでした。そして、そのほとんどが読後不快感をもたらすものでした。

相手に不快感を与えないメールの鉄則は、最後をポジティブな言葉で締めくくることです。

安易に、「確かに…。しかし…」パターンにはまらないことが肝要です。

「弊社の〇〇の状況を斟酌すると、今回のご提案は見送らざるを得ません。…しかし、いただいたご提案は熟慮され、工夫を効かせた素晴らしいものと感銘を受けました。今後とも新たなご提案をいただければ幸いです」

「私は今は個人的なお付き合いをする気持ちはありません…しかし、あなたの博識ぶりにはいつも驚かされ尊敬の念を抱いております。今後ともよろしくご指導ください」

少々長くなりますが、例文をこのように変えるだけで、受け手の印象は180度変わります。難しいことではありません。

どれだけ美辞麗句を並べても、相手はメールの最後の表現しか記憶に留めないというだけのことです。意識しないと普段の癖は直せませんので、「美辞麗句で締めくくろう」とデスクの前に付箋に書いて貼っておけばいいでしょう。

もちろん、今後一切の関係を断ち切りたい相手に対しては、「キッパリ締めくくる」べきであることは言うまでもありません。善解の余地を残すと、逆恨みされかねませんから。

説得の戦略 交渉心理学入門 (ディスカヴァー携書)
荘司 雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-06-22

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030565.html http://agora-web.jp/archives/2030565.html Tue, 16 Jan 2018 21:00:19 +0000 Tue, 16 Jan 2018 06:58:34 +0000
東京新聞は、望月記者が現職議員と共著を出すのをよく認めたね journalism 結果的に「宣伝」になってしまうので、あまり騒ぎ立てたくないのが本音だが、東京新聞の望月衣塑子記者が、自由党の森裕子参議院議員と17日に共著を刊行すると聞いて、「なんでもありなのか」という驚きを禁じ得ず、問題提起の必要を感

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望月氏、森氏新刊「追及力」(光文社新書より)

結果的に「宣伝」になってしまうので、あまり騒ぎ立てたくないのが本音だが、東京新聞の望月衣塑子記者が、自由党の森裕子参議院議員と17日に共著を刊行すると聞いて、「なんでもありなのか」という驚きを禁じ得ず、問題提起の必要を感じて一筆書き置く。

望月記者を巡っては昨年11月、私は二重国籍問題を追及した男性取材者の一人として雑誌での発言に抗議を表明したが、結局、彼女や東京新聞・中日新聞から特に反応はなかった。

今回はそういう過去の遺恨や政治的価値観の違いは一旦脇に置く。疑問なのは東京新聞の対応だ。彼女はフリージャーナリストではなく、東京新聞の社員記者であるわけだから、常識的には、社外のメディアに出ることに関して会社の許可はもらっているはずだ。そうなると、特定政党の政治家と共著を出すということが政治的にどのような意味を社会的に持つのか、東京新聞は何も考えなかったのだろうか。

「不偏不党」を巡る新聞業界のホンネとタテマエ

なにも、ジャーナリストが同じ問題意識を共有する政治家と共著を出すこと自体は構わない。特にフリージャーナリストは組織の都合や論理に縛られず、自らの立ち位置を鮮明にして問題提起していく意義はあるだろう。

また、社員記者であろうが、本来なら、日本の新聞社も「不偏不党」などというくだらないタテマエに縛られず、それぞれの論調の実態が「読売、産経は自民党寄り、朝日、毎日、東京は野党寄り」というホンネがあるわけだから「構わないではないか」という寛容な考えも否定するものではない。筆者も選挙時はアメリカの新聞社のように各新聞社は支持政党を明示するべきだという持論はある。

念のため、よくネトウヨが朝日新聞などを“偏向報道”と糾弾するが、実は誤解であることも付言しておく。放送法で政治的中立を厳格に求められているテレビと違って、新聞は論説が許されている。新聞協会の選挙報道に関する見解にあるように、「政党等の主張や政策、候補者の人物、経歴、政見などを報道したり、これを支持したり反対する評論をすることはなんら制限を受けない」。

ただし、これらが示すように新聞社ごとの政治的な言論の自由がある一方で、特定政党の機関紙(オウンドメディア)ではなく、新聞社は「公共財」(アーンドメディア)を自認しているはずであり、一定の線引きはしてきたことは事実だ。

たとえば選挙報道では、少なくとも国会に議席を持つ政党や一定勢力を確保する情勢が確実な政治勢力に関しては、できるだけ公平に報道し、少なくとも選挙期間中は特定の政党・候補者が著しく有利・不利にならないよう「無難」な報道に現場レベルでは努めてきた。テクニカルな一例でいうと、演説の第一声では均等のスペースで掲載するなどの編集上の配慮が当たる。インターネットがない時代、新聞は“民間発行のニュース官報”とでもいうべき社会的機能があったことも大きい。

アンチ朝日の皆さんには信じられないかもしれないが、朝日新聞もタテマエでは綱領の1番目に次のように不偏不党をうたっている。

一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す。
一、正義人道に基いて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を排して腐敗と闘う。
一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。
一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。

1952年制定

「公共財」を自認してきた新聞業界の姿勢と矛盾はないか?

こういう「公共財」を自認する努力を見せてきたからこそ、新聞社は、再販制度や国有地のリーズナブルな払い下げを始めとする公的優遇策を認められてきたことを思い起こしたい。そして消費税引き上げに伴う軽減税率の適用が有力視されているのも、業界全体として相応の“努力”をしてきた積み重ねが政治・行政に考慮されてきた面があるからだろう。もちろん、日本新聞協会に加盟する東京新聞も同じように考えてきたはずだ。

だからこそ、特定の政党・政治家との距離の取り方については、センシティブになる。どんなに親しくても対外的なタテマエにおいては馴れ馴れしくみせないようにする「一線」がそこにはあった。たしかに、昭和期の政治記者と政治家の癒着の実態は、記者が政治家のゴーストライターを務めたり、野党議員に取材で得た情報を流して国会質問させたりするなど、今では考えられないほどにひどかったが、それでも共著を出すようなことは、社会的には露骨に実態が露見するので控えていたように見える。

望月記者と同じリベラル派からみれば、保守系メディアと与党政治家の密接な関係は厳しく指弾されそうだが、念のため、政権側と近いとされ、知名度のある政治記者たち(時事通信・田崎史郎氏、産経新聞・阿比留瑠衣氏、東京新聞・長谷川幸洋氏など)の著作歴をネットで振り返ってみたが、共著においては現職議員と出したものはなかった。

読売新聞の渡辺恒雄氏は、中曽根康弘氏と共著での翻訳書(ジェイムズ・M・キャノン編『政界入門』中曽根康弘共訳=弘文堂)があるらしく、やや微妙なところだが、1962年刊行とかなり古く、洋書の翻訳だから生々しさは薄れる。少なくとも近年は現職議員との共著はない。

社員記者×現職議員の共著はアリか?幅広い議論を

ここで私が調べ漏らした社員記者と現職議員の共著はほかにもあるかもしれないが、あったとしても希少なはずだ。日本の新聞は世界的にも読者の数は多いので、読売新聞読者であっても世界最大部数だけに野党支持層も読んでいるなど、「少数派」への一定の配慮もある。

ホンネとタテマエを巧妙に使い分け、世界に冠たる新聞大国を築いてきた歴史があるわけだが、東京新聞は、今回の望月記者の共著刊行について十二分に考えを尽くしたのだろうか。業界内でのKYぶりを発揮して新時代を築く気概があるならあるで、同業他社はもちろんのこと、読者にも説明しておく必要があるのではないか。そして、社員記者の言論の自由という観点からも、社会的に幅広く議論いただきたい。

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http://agora-web.jp/archives/2030569.html http://agora-web.jp/archives/2030569.html Tue, 16 Jan 2018 09:30:00 +0000 Wed, 17 Jan 2018 05:01:22 +0000
西郷が偉人かどうかの最終結論 history NHK大河ドラマ「西郷どん」が始まって、この謎めいた人物について人格者かどうかとか、偉人といえるかなど議論が百出している。 そこで、「『篤姫』と島津・徳川の五百年 日本でいちばん長く成功した二つの家の物語 」(講談社文庫

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Wikipedia:編集部

NHK大河ドラマ「西郷どん」が始まって、この謎めいた人物について人格者かどうかとか、偉人といえるかなど議論が百出している。

そこで、「『篤姫』と島津・徳川の五百年 日本でいちばん長く成功した二つの家の物語 」(講談社文庫)「最終解答 日本近現代史」 (PHP文庫)など幕末の薩摩についても何冊かの本を書いての、私なりの結論を書いておきたい。

一言で言えば、西郷は「正しい人」ではないが、抜群のリーダーシップを発揮して、彼の決断で歴史が動いた。良い決断も悪い決断もあるが、+-では最後の大失敗を差し引いても疑いなく+だ。さらにいえば、消えるべき時に消えてくれたことも好ましいことだった。

山県有朋が西郷は「刃先三寸を隠せた」といってるが、そこのところが、大胆な決断をするときのキーマンになれたポイントなんだと思う。薩長盟約も、王政復古も、廃藩置県もしかり。

ところが、征韓論では自分がメインプレーヤーになりすぎたし、西南戦争では弟子たちが勝手に西郷の気持ちを忖度して動いたのでドツボにはまった。西郷は人格者でもないし、知恵や見識があるわけでもないが、人間的魅力と行動力で倒幕の最大功労者になった。ただ、情緒的に過ぎて最期は道を誤ったのだ。

西郷は不可解な人物である。信用できる人物であったかといえば、そうでもない。鳥羽伏見の戦いのときには、江戸で無頼漢にあちこち放火などさせて挑発し、無理矢理に戦いに持ち込んだなど、姑息な奸計も厭わない。

恩人である斉彬には心酔していたが、その斉彬自身が「西郷は独立心旺盛だから、普通のものでは使いこなせまい」といった。久光に対しては「貴方のようなジゴロ(田舎者)には中央政界での工作は無理です」と言ってのけたのだから、主君に忠実でもない。しかも、久光は文久の政変で大成功を収めたのだから、西郷の予言はまったくのはずれで大見込み違いだった。

写真が残っていないし容姿もよく分からない。身長180センチ、体重100キロで、たしかに大きかったようだが、大隈重信は「不細工な身軀」といっている。

政治思想がどのようなものかも、まるでよく分からない。彼がどのような政治制度をめざしていたのかについても、ほとんど理解不能である。

「敬天愛人」という西郷隆盛の言葉は、座右の銘として大人気だが、西郷自身の説明を現代風に敷衍したとしても「進むべき道というものは、おのずから定まるものであり、人はこれにのっとって行うべきものである。何よりもまず、天を敬い、天が他人も自分も平等に愛するように、人間も自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である」といったようなわけのわからない曖昧なもので、なんとでも解釈できる。

広く受け容れられているのは、当たり前のことを行っているだけともいえるので、言葉のイメージ以上のものをどう解釈するかは、ほとんど自由だ。だから、あれを座右の銘にしている人は原則を持たずに、場当たりで行動し、あとづけで自分のやったことを肯定したいのでそうしているのだろう。ひとことでいって、座右の銘として意味がない。

そうはいっても、西郷の言葉には、人を動かす不思議な力があるし、「一日先生と接したら一日の愛がしょうじ、三日接したら三日の愛が生じる。もうどうしようもない。いまは善悪死生を共にするだけだ」と西南戦争で西郷軍に身を投じた増田栄太郎が言った言葉に示されるように、とてつもない人間的魅力があった。

西郷の言行録として知られる『南洲翁遺訓』は、庄内藩の関係者がまとめたものだが、そもそも、庄内藩はすでに紹介した江戸での放火事件に挑発されて三田の薩摩屋敷を焼き討ちする羽目になって、結局、戊辰戦争で討たれたのであるが、措置が寛大であったと感激して君臣で鹿児島まで教えを請いにいったのである。だが、戊辰戦争において、官軍にあって西郷がとくに寛恕派だったのでない。

江戸無血開城にしても、西郷が突出して強硬派だったのが、最期になって譲歩しただけで、いわばおいしいところをとっただけだ。

薩摩の人は、「議をいうな」とよくいい、理屈先行が嫌いである。思想的な新しい流れをつくるのは苦手だが、正義感で、どちらに大義があるか見極める不思議な力があり、新しい時代をつかみとってそれに乗るのに強く、また、「薩摩の大提灯」というように、優れた指導者について力を合わせるのに秀でている。

その代表が西郷であって、若い時には斉彬の素晴らしく有能な片腕となり、その死後は斉彬の父である斉興の反動政治のなかで抵抗のシンボルであり、久光の下でいったん復権するもののすぐに失脚するが、復権するや禁門の変以降に薩摩が中央政界で主導権を握り、やがて、倒幕に方向転換するについて主導権を握った。

そして、王政復古、鳥羽伏見の戦いを通じて、タカ派的路線の主導者として優れた手腕を見せ、廃藩置県については主唱者ではなかったが、それを支持することで流れをつくった。誰がなんといおうと、西郷は倒幕と維新の最大の功労者なのである。

だが、新政府が向かう合理主義的な割り切り、押しつけ、高官たちの奢侈と驕慢さに我慢できなくなったといって政府を去り鹿児島に帰った。そして西郷は、「抵抗」の精神を失わない人たちのシンボルとなった。

そして、私学校の弟子たちが、政府軍の武器を奪ったと聞いた時、西郷は「しまった」と叫んだというが、おそらく、あの事件がなかったら、西郷はそれまでと同じように、隠退と再登場を繰り返していたのであるまいか。

彼の「抵抗の精神」の具体化が多分に衝動的で取り返しがつかない反乱であったのは、なんとしても惜しまれるところだが、権力の頂点にたったもののそれが似合わない西郷にとって消えるべきときに退場したと結果的にはいえるのである。

 

最終解答 日本近現代史 (PHP文庫)
八幡 和郎
PHP研究所
2016-10-05
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http://agora-web.jp/archives/2030564.html http://agora-web.jp/archives/2030564.html Tue, 16 Jan 2018 03:00:00 +0000 Tue, 16 Jan 2018 03:18:30 +0000
今年のびっくり予想?米国の長期金利の3%台回復 economy 10日の米10年債利回りは一時2.59%まで上昇した。これは9日に日銀が超長期ゾーンの国債買入を減額したことで、日銀も正常化路線に向きを変えてくるのではとの思惑で米債売りを誘い、それに加えて、中国当局が米国債の購入縮小も

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10日の米10年債利回りは一時2.59%まで上昇した。これは9日に日銀が超長期ゾーンの国債買入を減額したことで、日銀も正常化路線に向きを変えてくるのではとの思惑で米債売りを誘い、それに加えて、中国当局が米国債の購入縮小もしくは停止を検討していると報じられたことで米10年債利回りは2.6%近くに上昇した。

日銀が超長期ゾーンの国債買入を減額したのは正常化ではない。日銀の緩和策において、量の追求が厳しくなったことで、政策目標を金利に変更し、量の買入も長期化出来るように調整しているともいえる。

15日の日銀支店長会議の挨拶でも、黒田総裁は「金融政策運営については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。」とこれまでの発言内容を繰り返している。

ただし、ECBも量的緩和の修正を検討するなどしており、原油高を受けて物価のさらなる上昇も予想される。このため市場では日銀による金融政策の正常化も今後は意識せざるを得なくなるとみられ、今回の米債の下落はそれがきっかけかと思われる。

中国当局が米国債の購入縮小もしくは停止を検討していると報については中国当局が否定コメントを出している。

このため、米10年債利回りが一時2.6%近くまで上昇した材料そのものはそれほどインパクトのあるものではなかった。ただし、2.6%という水準は実は節目にあたり、この水準に接近したことに意味があった。

米10年債利回りは昨年3月に一時2.6%台に上昇したが、それ以降は低下基調となり、昨年9月に2%近くまで低下した。その後再び上昇基調に転じて2.6%に接近したのである。チャートからは2.6%を抜けてくると次の節目は3%までない。

FRBはすでに正常化を進めており、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は1.25~1.50%まで引き上げている。しかし、米10年債利回りは2.6%以下の水準で推移を続けるなど米10年債利回りにはそれほど上昇圧力は加わっていない。これは物価がFRBの目標水準まで上がっていないことなども要因となっていようが、その物価についても世界的な景気拡大によって、今後さらに上昇圧力が加わる可能性がある。そうであれば今年の米10年債利回り(米長期金利)は2.6%近辺を上抜けて、3%を目指す可能性はありうると見ている。

編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030563.html http://agora-web.jp/archives/2030563.html Tue, 16 Jan 2018 02:30:47 +0000 Tue, 16 Jan 2018 02:40:15 +0000
金正恩氏と文大統領の「平昌五輪」 international 南北高官級会議が今月9日、約2年1か月振りに南北軍事境界線がある板門店の韓国側施設「平和の家」で開催され、北がその場で平昌冬季オリンピック大会(2月9日から25日)の参加を発表した時、最も喜んだのは韓国の文在寅大統領であ

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南北高官級会議が今月9日、約2年1か月振りに南北軍事境界線がある板門店の韓国側施設「平和の家」で開催され、北がその場で平昌冬季オリンピック大会(2月9日から25日)の参加を発表した時、最も喜んだのは韓国の文在寅大統領であり、最も大笑いしたのは北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長だっただろう(大喜びと大笑いの違いは後で説明する)。「大喜び」の文大統領と「大笑い」の金委員長の南北首脳会談の開催は織り込む済みかもしれない。

分断国家の南北間の対話を正面から批判する声はあまり聞かない。ただし、北の冬季五輪参加表明は、核実験や弾道ミサイル発射で世界から糾弾され、孤立した北側が対話の意思を世界にアピールする一方、韓国との対話を重ねることで経済支援を得る一石二鳥の外交に過ぎないだろう。北が南北間の統一を真剣に考えたうえでの対応でないことは明らかだ。ましてや、朝鮮半島の緊張緩和、非核化などのテーマは金正恩氏の眼中にないはずだ。

北側は選手団、応援団だけではなく、芸術団からテコンドー演武団まで総数400人を超える大代表団を派遣するという。それを聞いた時、「なぜ北はそんな大規模な代表団を派遣するのか」といった素朴な疑問が沸いた。当方が住むオーストリアはウィンタースポーツのメッカだ。アルペンスキーのマルセル・ヒルシャー選手など金メダルを狙える有力選手が多数いるが、そんな大規模な代表団を送らない。一方、北は、冬季五輪大会でメダルを狙える国際級選手はほぼ皆無なのに、オーストリアを凌ぐ大代表団を送るというのだ。少々不自然だ。

北はフィギュアスケートのペアが五輪参加基準をクリアしているが、メダルを狙えるレベルではない。アルペンスキー競技ではメダルどころではない。選手を支援するために大規模な応援団は本来不必要だ。北は2005年9月の仁川アジア陸上大会の時、女子高生・女子大生約100人から成る応援団(通称・美女軍団)を派遣したが、喜んだのはメディア関係者だけだ。

芸術団やテコンドー演武団の派遣は冬季五輪とは無縁だ。南北間の対話ムードを高める狙いからだろうが、冬季五輪大会は4年に1度開催される純粋なスポーツの祭典だ。北側は冬季五輪開催に乗じ、対韓世論操作を展開させようとしているわけだ。

それだけではない。大規模な北代表団が宿泊するホテルや移動手段、滞在費はばかにならない。制裁下にある北側の代表団に帰国の際、韓国製商品を贈呈するといった案も聞くが、韓国が滞在費用を負担するのは止むを得ないとして、それ以外のプレゼント贈呈などは対北制裁に引っかかる恐れがある。

実際、韓国外交部報道官は11日、「北の平昌冬季五輪参加と関連し、国際社会で対北制裁違反などの論議が発生しないようにすることがわが政府の基本立場だ」(聯合ニュース)と述べ、国際社会からの批判に神経質になっている。

五輪史上、初めてアイスホッケー女子の南北合同チームが結成されるという話が報じられている。それに対し、韓国の選手から「カナダ出身の監督の指導の下で選手たちが数年間にわたりチームワークを高めてきた状態で、突然北の選手たちと合同チームを組めと言うのは、チームワークが重要なアイスホッケーという競技の特性を無視したものだ」(聯合ニュース)という批判の声が出ているという。当然だ。南北合同チーム結成案は、南北間の和解を演出する政治的効果を優先し、スポーツ選手の意向をまったく無視した実例だ。

韓国メディアによると、北代表団の規模は後日、国際オリンピック委員会(IOC)と南北の協議で最終的に決められるという。それに先立ち、平昌五輪に関する南北実務会談が17日に開催される。

最後に、「大喜び」と「大笑い」の違いを少し説明する。先ず、前者だ。政治の師匠、故盧武鉉大統領(任期2003~2008年)のように、南北首脳会談実現を祈願する文大統領は、自国開催の冬季五輪に北側チームが参加を決めただけで大万歳だ。北側が何を考えているか、といったことを慎重に分析する必要性を感じていないから、大喜びできる。一方、後者の金正恩氏は、自分との会談を願う初老を迎えた韓国大統領(64)の姿をみて、笑いを禁じ得ないのだ。書斎の机上の核ボタンを弄びながら、大笑いしてしまうわけだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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http://agora-web.jp/archives/2030561.html http://agora-web.jp/archives/2030561.html Tue, 16 Jan 2018 02:30:37 +0000 Tue, 16 Jan 2018 02:32:38 +0000
食べたいものも決められないメガ銀行 economy リスクアペタイトフレームワークは、2013年11月に金融安定理事会(Financial Stability Board)が公表した「実効的なリスクアペタイト枠組みに係る原則」(Principles for an Effe

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リスクアペタイトフレームワークは、2013年11月に金融安定理事会(Financial Stability Board)が公表した「実効的なリスクアペタイト枠組みに係る原則」(Principles for an Effective Risk Appetite Framework)において提示されたもので、金融機関としての健全なるリスクへの食欲、事業目的遂行のために自覚的にとるべきリスクを前面にだした経営の枠組みである。

金融庁は、2015年9月に公表した「金融行政方針」において、リスクアペタイトフレームワークについて、「自社のビジネスモデルの個別性を踏まえたうえで、事業計画達成のために進んで受け入れるべきリスクの種類と総量を「リスクアペタイト」として表現し、これを資本配分や収益最大化を含むリスクテイク方針全般に関する社内の共通言語として用いる経営管理の枠組み」と説明している。

メガ銀行においては、2014年度あたりから、リスクアペタイトフレームワークの構築がなされてきているが、形だけで中身なしといっても過言ではないのが現状である。では、中身の充実にとって、何が一番重要なのか。

リスクアペタイトフレームワークの中核は、金融庁が説明しているように、「自社のビジネスモデルの個別性を踏まえたうえで、事業計画達成のために進んで受け入れるべきリスク」の定義にある。「進んで受け入れるべきリスク」だからこそ、リスクに対する能動的な食欲が問題になるのである。

「金融の常識、世の非常識」とされる金融界では、「進んで受け入れるべきリスク」などといわれると新鮮なのだが、世の常識からいえば、どの事業においても、事業目的の遂行のためにとるべきリスクは必ず自覚的にとるのだから、「進んで受け入れるべきリスク」は、事業目的そのものとして、自明である。

ところが、メガ銀行のリスクアペタイトフレームワークの公表されている記述をみる限り、どこにも、能動的に「進んで受け入れるべきリスク」の具体的記述はない。そこに書かれていることは、現に受動的に受け入れているリスクの管理態勢にすぎないのであって、その管理態勢のあり方を、リスクアペタイトフレームワーク上の用語により、リスクカルチャーの醸成と呼んだところで、せいぜい、技法上の改善にとどまることであって、本質的なガバナンスの改革にはならない。

金融庁は、事業目的の再確認を前提として、「自社のビジネスモデルの個別性」といっているはずだが、メガ銀行の公表されているリスクアペタイトフレームワークからは、ビジネスモデルの個別性、即ち、事業目的における差別性をみてとることはできないのである。さても、日本のメガ銀行の場合、ビジネスモデルの個別性など、考え得ないのであろうか。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本紀行

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http://agora-web.jp/archives/2030508.html http://agora-web.jp/archives/2030508.html Tue, 16 Jan 2018 02:30:18 +0000 Fri, 12 Jan 2018 06:48:13 +0000
18歳投票率1位は山形。低投票率の指摘より改善策を politics 18歳投票率衆院選は▲3.4P、1位は山形県、2位は山梨県、3位は新潟県 2017年末に、7月に実施された第48回衆議院議員総選挙年齢別投票者数調として、各都道府県別の18歳19歳の投票率の全数調査結果なども公表されまし

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2017年末に、7月に実施された第48回衆議院議員総選挙年齢別投票者数調として、各都道府県別の18歳19歳の投票率の全数調査結果なども公表されました。

18歳選挙権実現後初となった2016年の参議院議員選挙の際との比較で見ると、全世代の投票率は54.7%から53.7%へと▲1.0Pだったのに対して、18歳投票率は全国平均51.3%から47.9%へと▲3.4Pも下がってしまった事は、18歳選挙権を一時のブームにしないためにも大きな課題と言えそうです。

衆議院選挙では初の18歳選挙となったこの第48回衆議院議員選挙において、18歳の投票率が最も高かったのは山形県の58.3%でした。

全国平均47.9%との比較で10%以上高いという結果です。
2位は山梨県の57.6%、3位は新潟県の56.7%、4位は岩手県の55.4%、5位は長野県の55.2%…と東北の県など地方の自治体が多く並びました。

21位の東京都の49.2%まで1都3県の自治体が1つも出て来ない事が大きな特徴と言えます。
2016年の参院選の際には上位が、東京都、神奈川県、愛知県、奈良県、埼玉県…だった事と比較するとその違いは顕著です。

19歳投票率が問題視されるが、上位は参院選と変わらず愛知・東京・神奈川

18歳選挙権実現による新たな課題として、18歳投票率が一定の高さを示せた一方で、19歳の投票率が低い事が指摘されています。

2016年の参院選の際には18歳投票率51.3%に対して19歳投票率42.3%とその差は▲9.0Pでしたが、2017年の衆院選では18歳投票率47.9%に対して19歳投票率33.3%とその差は▲14.6Pにまで広がってしまいました。

こうした中、注目したい事がいくつかあります。

1つ目は19歳投票率が高かった自治体です。
19歳投票率がトップだったのは40.9%の愛知県、2位は39.7%だった東京都、3位は38.6%だった神奈川県です。
愛知県は、19歳投票率のほか10代投票率でも2位、全世代の投票率と18歳投票率の差の少なさも1位、全世代の投票率と19歳投票率の差の少なさも3位、全世代の投票率と10代投票率の差の少なさも1位と、今回作成した数字のほとんどが上位に位置付けられました。

19歳の投票率が高かった東京都や神奈川県も同様に全体的に上位に位置付けられています。
2016年の参院選のデータと見比べてみると、参院選挙時にはこの3都県が18歳投票率も19歳投票率もトップ3だった事が分かります。

今回の衆院選では18歳投票率の高い件は大きく入れ替わったものの、19歳投票率は参院選の時と全く変わらずに都市部の自治体が高いという事が見えてきます。

むしろこの19歳の低投票率問題解消のヒントの一つがこうした自治体の取り組みなどに見えてくるものがあるのかもしれません。

参院選から投票率が伸びたのは18歳が高知、19歳の減少幅最小は熊本

もう1つ注目したのが、参議院選から衆議院選で投票率が伸びた自治体です。
参院選から衆院選で18歳投票率が伸びた自治体は意外にも半数以上の26もあり、最も18歳投票率が上がったのが+8.7Pの高知県だった。

2位は本当に僅差で+8.7Pの新潟県、3位は+8.3Pの長崎県と続きました。
逆に最も東保湯率が下がったのが▲13.0Pの東京都でした。

19歳投票率は18歳投票率と異なり、参院選から衆院選に向けて投票率が伸びた自治体は1つもありませんでした。
この事自体に大きな課題を感じます。

ちなみに19歳投票率の減少が最も少なかったのは、熊本県の▲0.9P、次いで北海道の▲2.1P、高知県の▲2.9%でした。
最も低下したのは、こちらも東京都で▲14.1Pでした。

こうした点からも各自治体でどのような取り組みをやってきた結果などは、今回の数字では見れない検証を行って行く必要を感じます。

調査し評価すべきは、年代別投票率の上下ではなく、何をやった事で上下したか

今回の衆院選の年代別投票率が公表された事で、マスコミは一斉に「18歳投票率が下がった」「19歳投票率が低かった」と報道しているが、重要なのは、むしろ「18歳選挙権」が実現してからこれまでに「何をやってきたのか」「何ができたのか」という事と、今回、衆参の別は置いておいて比較できる数字がようやく出ました。
自治体における様々な違いも出てくる中で、それぞれの自治体レベルで行なってきた「何に効果があったのか」を検証し、効果が見出せるものをより発展させると共に、全国に広げて行くべきなのではないかと思います。

私自身も昨年11月に市川市長選挙に出馬をしましたが、投票率は30.8%と極めて低いものでした。

まだ世代別の投票率などは公開されていませんが、こうしたデータについて、地方選挙においても同様に検証して行く必要を強く感じます。

 

図表1: 18歳19歳投票率等(2017年衆議院総選挙)

 

図表2: 18歳19歳投票率等(2016年参議院選挙)

 

図表3: 18歳19歳投票率等(2017年衆議院総選挙と2016年参議院選挙の比較)

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http://agora-web.jp/archives/2030559.html http://agora-web.jp/archives/2030559.html Mon, 15 Jan 2018 21:30:37 +0000 Mon, 15 Jan 2018 17:26:08 +0000
クロージングを台無しにする「悪魔のトーク」が存在する economy ビジネス心理学をご存知だろうか。よく知られているものに、アサーティブ、フレーミング、バーナム効果、コールドリーディングなどがある。心理学は「人問心理を解き明かすもの」だが、知っているだけでは役にたたない。大事な場面で、「

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ビジネス心理学をご存知だろうか。よく知られているものに、アサーティブ、フレーミング、バーナム効果、コールドリーディングなどがある。心理学は「人問心理を解き明かすもの」だが、知っているだけでは役にたたない。大事な場面で、「使える」という実践的なレベルにまで高めておかないと、中途半端な知識で終わってしまう。

今回は『売れすぎて中毒になる営業の心理学』(すばる舎)を紹介したい。著者は、神岡真司さん、ビジネス心理学の専門家として知られている。ビジネス心理学に関する著書も多く、主要著書として30万部ベストセラー『ヤバい心理学』がある。

「ご決断!」を焦ってはいけない

営業活動に従事する人は、お客様へのニーズを発掘のための質問からスタートしなければいけない。満足や不満足、改善点などを丹念に聞いていく。そして、お客様のニーズを把握して、不満足を満足にする提案が具体的にイメージできる瞬間がやってくる。

お客様「ほぅ、御社のサービスでは、そんなことまでやってくれるの?」
営業A「もちろんです。当社では、当然のサービスとして認識しております!!」
お客様「ふーん、それはありがたいねえ。おたくがそこまでやってくれるとは」
営業A「いかがでしょう!サービス万全です、ご決断を!!!」
お客様「そうねえ、てか、おたくの営業拠点からうちは遠いけど、大丈夫なの?」
営業A「えぇ、もちろんです。ご心配はごもっともですが、お任せください!!」
お客様「できなかったら途中解約できるの??」
営業A「えっ?いや、あのー、てゆうか、2年ごとの契約ですから!」
お客様「契約してから、満足できない状態だったら困るじゃない。でしょ??」
営業A「うちは大丈夫ですから、信用してください!!」
お客様「では、検討しておきますね。必要になりましたらまた連絡しますねー」

一旦、お客様が、乗り気になったが商談は決裂する。その理由は、営業担当者がお客様の反応に慢心して無防備になったことにある。このケースでは信頼関係で構築できていない段階で、早々に契約を迫った点が好ましくなかった。「ご決断を!」は「決断を迫るトーク」として考えられているが、これは「悪魔のトーク」にも成りうるので注意が必要だ。

余裕と人徳を漂わせるトーク

あなたは、お客様が他社製品を使用していたらどのように対応するだろうか。ネガティブトークで誘導し、他社製品をこき下ろしたくなるが、それも「悪魔のトーク」になる。次に2つのトークの事例を紹介する。どのように感じるだろうか。

トークA
「安心商事さんの製品をお使いですか。安心できて素晴らしい製品ですね。すごく便利な機能がついていますよね。かなり評判みたいですよ」

トークB
「安心商事さんの製品をお使いですか。壊れやすいとか、使い勝手がイマイチとかの評判を聞きますよ。使い勝手はどうでしたか?良かったんですか??」

お客様がその製品を気に入っている場合、人格を損なうことになる。「トークB」は、まさにそれだ。では、「トークA」はどうか。「余裕と人徳を漂わせている」ように聞こえないだろうか。お客様がその製品を気に入っている場合、何とかその思いを断ち切りたくなるが、これはNG行為になる。自分を否定されていることと同じだからである。

なお、本書に取上げられたケースはリアリティがあることから、日常のビジネスにも転用可能である。楽しみながらビジネス心理学を理解できることだろう。

尾藤克之
コラムニスト

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http://agora-web.jp/archives/2030548-2.html http://agora-web.jp/archives/2030548-2.html Mon, 15 Jan 2018 21:00:59 +0000 Tue, 16 Jan 2018 02:01:06 +0000