“人質司法の蟻地獄”に引きずり込まれた起業家

「人質司法」とは

詐欺で逮捕されてから8か月以上も勾留されたままになっている森友学園の前理事長の籠池泰典氏夫妻などに関して、「人質司法」の問題が注目を集めている。

日本では、犯罪事実を認めた者は身柄を拘束されないか、拘束されても早期に釈放されるが、犯罪事実を否認する者、無罪主張をする者は、勾留が長期化し、保釈も認められず、長期間にわたって身柄拘束が続くという「人質司法」が、当然のようにまかり通ってきた。

日本が欧米に比べ犯罪の検挙率、有罪率が極端に高いことの背景に、罪を犯した者が、警察、検察に犯罪事実を自白する率「自白率」が高いということがある。犯罪者は「確実に」検挙・処罰され、しかも、自らの罪を認めて悔い改めることで、日本社会の治安の良さが維持されてきた、というような見方が一般的であった。

それが「人質司法」が肯定されてきたことの背景とも言えるだろう。

警察や検察に逮捕された者は、通常、潔く自白し、裁判でも罪を認める。被疑事実を争ったり、裁判で無罪主張したりする人間は、世間の常識をわきまえない異端者・逸脱者であり、そういう人間の身柄拘束が長引くのは致し方ない、という考え方だ。

確かに、警察、検察の捜査が「常に」適正に公正に行われ、逮捕・起訴も正当な判断によって行われているのであれば、「人質司法」も特に大きな問題ではない。しかし、もし、警察、検察が判断を誤り、不当に逮捕されたり、起訴されたりした場合、「人質司法」は、恐ろしい「凶器」となる。無実、潔白を主張する者、逮捕、起訴が不当だと訴える者は、長期間にわたる身柄拘束を覚悟しないといけないということになる。起訴されたら、検察官の主張を丸ごと認めない限り、自由の身にはなれない。そのため、意に反して自白し、事実を認めざるを得ない、無罪主張を行うこともできない、ということになり、それが、多くの冤罪事件を生んできた。

こういう「人質司法」は、もともと、反社会的なことをしている人間、犯罪者、犯罪と密接な関わりを持っている人間や、国会で安倍首相や昭恵夫人と対立する証言を行った籠池氏のように、社会的には注目を集めることをやった人に起きることであり、一般の市民には無縁の世界だと思われているかもしれない。

しかし、決してそうではない。普通に生活し、普通に仕事をしていた一般市民も、「人質司法」の脅威にさらされることがある。突然、犯罪の疑いを受け、逮捕、起訴され、その疑いを晴らそうとすると、「人質司法」の“無限地獄”に引きずり込まれ、何とか身柄拘束から逃れようとして、検察官の主張を全面的に受け入れて身に覚えのない罪を認め、裁判では自分の言い分を述べることもできない。そういう悲惨な事態に追い込まれることも起こり得るのだ。

私が、上告審になって弁護人を受任し、先週、上告趣意書を提出した唐澤誠章氏の詐欺、脱税幇助の事件は、真面目に懸命に仕事に取り組んでいた一人の起業家に、「人質司法」が容赦なく襲い掛かり、“蟻地獄”に取り込まれた事例だ。

中小企業支援事業の起業家が刑事事件に巻き込まれるまで

唐澤氏は、大学卒業後、人材コンサルティング会社を経て、24歳で起業した。

目指したのは「中小企業の雇用を創出すること」だった。当時は、まだ従業員数が100名以下のいわゆる中小企業に新卒大学生が就職することは珍しく、中小企業で新卒大学生を募集する手段もノウハウも確立されていなかった。多くの中小企業の社長は、新卒大学生の採用は中小企業にとっては無理だという社会通念が根深かった。しかし、日本の企業の97%以上は中小企業だというデータがある中、中小企業における雇用拡大、創出は大きなテーマになると考え、中小企業の新卒大学生の採用支援・代行を成功報酬型で行う日本初のビジネスモデルを考案し、活力ある中小企業の新規雇用創出に貢献したいとの志を抱いて起業したものだった。

そして、中小企業が大手企業に負けないように採用活動を進めていくためのノウハウを次々に考え、将来性があっても、学生に知られていない中小企業で優秀な新卒大学生を採用するための「採用支援・代行事業」を行った。その結果、起業して約20年間で約500社もの企業の採用支援・代行を行い、約5万人の新卒大学生の就職支援を行った。

会社は、最盛期には従業員170人、経常利益6億円まで成長し、上場も目前だったが、2008年のリーマンショックで危機的状況になり、事実上倒産。しかし、何とか事業を立て直し、従業員数40名に回復するところまで漕ぎつけた。

ところが、2014年2月20日、突然、唐澤氏の会社に、東京国税局査察部の強制調査が入った。唐澤氏の会社は、ようやく採算ラインに届いた程度で、法人税の問題など起きようがない。その査察調査は、主要取引先だったM氏が経営する企業グループに対して行われた国税局査察部の一斉強制調査だった。

M氏は査察部の一斉強制調査でも脱税を全面的に否認していたようで、査察調査は長期化し、取引先に過ぎない唐澤氏にも、M氏の脱税に関与している疑いが向けられた。

問題とされたのは、M氏の経営する会社との間の月額150万円の業務委託契約だった。

M氏から、「妻名義にした自宅不動産を担保に銀行から住宅ローンを借りるため、妻に安定収入があるように銀行に見せる目的」と説明され、唐澤氏が経営する会社で、その不動産を賃借し、その賃料に見合う業務委託契約を締結して、M氏から唐澤氏の方に賃料相当額を支払うことになったものだった。

業務委託契約書は唐澤氏が以前からM氏の会社に対して行っていた採用支援業務の延長上のような業務内容で、実体がある契約だった。また賃貸借契約書は、確かに、住宅ローンの関係で銀行に提出することが目的の契約であり、実際に、唐澤氏側がその不動産を使ったことはほとんどなかったが、自宅の一部を、唐澤氏の会社で会議用等に使えるように提供してもらっており、いつでも使えるように、自宅を開錠する暗証番号も教えてもらっていた。

M氏の経営する会社からは、唐澤氏が起業して間もない頃から、新卒採用の支援業務の大口の発注を受けており、唐澤氏は、M氏に恩義を感じていた。M氏の値引きや支払いの時期・方法などについての要望にはほとんど従っていたこともあり、M氏の「架空ではないから問題はない」との言葉を信じて契約に応じた。

その業務委託費が架空経費の疑いを受け、国税局の査察調査では、M氏が経営する会社の法人税の脱税の手段とされたようだった。そして、賃貸借契約と業務委託契約が架空契約であり、M氏の脱税に加担するためのものだとして、唐澤氏も「脱税幇助」の疑いをかけられたのである。

唐澤氏は、M氏の脱税容疑について何度も任意で呼び出されて聴取を受けたが、M氏の企業グループの幹部などではなく、取引先に過ぎない唐澤氏にとって、M氏が経営するどの会社でどのような税務申告を行っているのか、そこで脱税しているかなどということは全く与り知らないことだった。唐澤氏は、「M氏の脱税のことは一切知らない。」と脱税への関与を明確に否定した。

全額返還を妨害した助成金詐欺での強引な逮捕

国税局査察部の調査も長期化し、強制捜査から2年半が経過した。M氏への査察調査は終了したのかと思っていた矢先の2016年7月、M氏の会社が受けていた中小企業雇用安定助成金の不正受給に関する東京地検特捜部の捜査が始まり、会社の従業員が事情聴取を受けた。

その助成金に関する手続は、唐澤氏の会社が受託して行ったものだった。社員に休業させて研修を受けさせた場合に支払われるものだったが、当初、行う予定だった研修が実際にはほとんど行われていないものがあり、結果的に不正に受給したことになっていることは否定できなかった。

特捜部が、国税局査察部が強制捜査で押収したM氏の会社の全データ・書類の中から助成金関係の書類の不備を見つけ、M氏の脱税の容疑を固め、助成金詐欺としてM氏と唐澤氏を立件しようとしていることがわかった。

唐澤氏は、東京労働局に問い合わせをし、受給していた助成金で不正や不備があった場合の対処について聞いたところ、「東京労働局として調査をし、不正であることが確認できれば、取消決定通知を出すので、取消決定通知を受けて全額返納してくれれば良い」という回答だった。また、「全額返納した場合、刑事告発は行う理由がない上、過去に刑事告発をした事例は1件もない」との回答だった。

そこで、唐澤氏は、自らが受け取っていた報酬分を全額、M氏側に返還し、その数日後には、M氏の会社が受給した助成金について東京労働局へ全額返済しようとしたが、東京労働局から、「独自の調査で不正受給であると正式に認定し取消決定通知を出してからでないと受け取れない」と言われたため、やむなく、東京労働局の調査が終了するまで、東京労働局にも伝えたうえで、2016年9月15日に全額を供託した。東京地検特捜部の取り調べでも、法務局への供託書のコピーを提出した。しかし、唐澤氏は、27日に、M氏とともに、助成金不正受給の詐欺罪で逮捕されることとなった。

唐澤氏が、逮捕され、接見禁止のまま勾留されたために、東京労働局の調査に応じることができなくなり、助成金を全額返還するため供託までしていたのに、被害弁償も完了できなかった。120日にも及ぶ勾留がなければ、東京労働局の調査を受けて、速やかに取消決定を受けて、全額返済し、それで100%終了していたことは確実だった。

逮捕された9月27日は午前10時から東京地検特捜部で任意の取り調べ予定があったが、前日から、心臓の痛みなど極度の体調不良となったため、検察官に、体調を壊し、病院で受診することと病院名を連絡した上で、病院で入院のための検査を受けていた。そこに、特捜部の検事がやってきて、検査を中断させられて逮捕され、そのまま拘置所に収容された。

逮捕、勾留は、助成金の全額返還を妨害するために強引に行われたものだった。

「人質司法」の“蟻地獄”

以上が、唐澤氏が逮捕されるまでの経過だ。

極度の体調不良の状態で逮捕された唐澤氏にとって、拘置所での身柄拘禁は、まさに地獄だった。彼は、幼い頃から、極度の閉所恐怖症で、遊園地の観覧車にも乗れず、会社を経営するようになって以降も、商談であっても狭い会議室には入ることもできない程だった。

そのような唐澤氏は、拘置所の独房に入れられ、不安と恐怖のため一睡もすることができず、拘置所の医師に、不安障害、パニック障害と診断され、睡眠薬、数種類の抗精神薬等を処方され、朝、昼、晩、寝る前と4回も大量に服用せざるを得ない状態となった。意識が朦朧とした状態となり、検察官の取調べに対しても、まともに受け答えすらできず、取り調べは、平均して1日30分程度しか行われなかった。

唐澤氏は、助成金詐欺容疑での勾留満期に起訴されると同時に、M氏に対する法人税法違反幇助で再逮捕された。「M氏との間で架空の業務委託契約を行って脱税を幇助した」という被疑事実だった。唐澤氏には、「脱税を幇助した」という認識は全くなかった。M氏の自宅不動産の賃貸借契約も、住宅ローンの関係で銀行に提出することが目的の契約で、実際に自宅の一部は、唐澤氏の会社で会議用等にいつでも使える状態だった。業務委託契約も、実際に、起業当初から、M氏の会社からは様々な業務委託を受けており、その業務量をそれまでより増やしてくれるものと思っており、実態がないわけではなかった。しかも、唐澤氏は、M氏の会社の経営状況も税務申告の内容も全く知らない。黒字か赤字かも知らなかった。仮に、M氏が脱税をして、それに業務委託契約書が使われたとしても、それを唐澤氏が知る由もなかった。

唐澤氏は、取調べでそのように説明しようとしたが、その点について具体的に質問されることはほとんどなく、「M氏の脱税について他に私が知っていることはないか?」という趣旨のことを何度も何度も聞かれるだけだった。「会社を経営していたのだから、架空の業務委託契約に応じることが、脱税に利用される可能性があることは、わかっていただろう」というようなことを繰り返し質問され、朦朧とした意識の中で、それを認めたような内容の調書に署名させられた。

意見書で検察官が書いた「保釈すべきでない理由」

助成金詐欺に加えて、脱税幇助で起訴された唐澤氏の保釈請求は、3回にわたって却下された。裁判官からの保釈請求への求意見に対して、検察官は、「不相当であり却下すべき」として、強く保釈に反対した。

唐澤氏は、助成金を全額返還するために供託までしていたのであり、詐欺について裁判で無罪主張をするつもりはなかったが、助成金の不正受給は計画的なものではなく、不正の利益を得る目的ではなかったということを、取調べで朦朧とした状況の中でも訴えていた。検察官は、それについて「詐欺の犯意を否認している。無罪を争おうとしている」とした。また、脱税幇助については、保釈に反対する理由を次のように述べていた。

法人税法違反幇助事件について、被告人は、捜査段階の取調べにおいて、業務委託手数料の架空性を一応認めているものの、送金する名目となっていたMの居宅の建物賃貸借契約については、実際にMの居宅を打合せに使ったことがあったなどと供述している上、幇助の故意についても、業務委託手数料の計上が脱税を目的にしたものであると明確に認識していたわけではない旨曖昧な供述をしている(被告人の反省文にも「私自身の税に関する知識をしっかり見直し」、「過ち」などと記載しており、無罪を争う事案と考えていることが判明する。)。

検察官が言っているのは、「幇助の故意について曖昧な供述をしている」「無罪を争おうとしている」ということだ。

もともと、唐澤氏は、M氏の脱税について全く認識がなかったのだから、「全く知らなかった」と言って無罪主張をするのは当然だ。認識がなかったのだから、「曖昧な供述」になるのも当然だ。ところが、検察官は、それを「罪証隠滅のおそれがある」として保釈に強く反対する理由にしたのだ。

しかし、保釈請求を受けた裁判官は、このような全く不当極まりない検察官の意見を受け入れて、保釈請求を却下した。そして、唐澤氏の勾留は100日を超えた。保釈請求についての検察官の反対意見をそのまま受け入れてしまう裁判所の姿勢が、「人質司法」の悪弊につながっているのだ。

検察官が要求した事実を全面的に認める「上申書」提出

長期間にわたって勾留が続いたため、唐澤氏の睡眠障害、不安障害、パニック障害の症状はさらに深刻な状況となり、精神は崩壊寸前の状態だった。どんなことをしてでも、すぐに保釈をとってもらいたいと切望したことを受け、唐澤氏の一審弁護人は、検察官と交渉した。

検察官は、保釈に反対しない条件として、「第1回公判期日で公訴事実を全面的に認めること」、「検察官請求書証すべてに同意すること」のみならず、「事実を全面的にかつ具体的に認める旨の被告人の上申書を提出すること」を要求してきた。

弁護人から検察官の要求を伝えられた唐澤氏は、一刻も早く保釈されたいという思いから、「どのような上申書でも署名する」、「内容は弁護人に任せる」と答えた。弁護人は、検察官の要求に合わせ、脱税幇助を含めて事実を全面的に認める上申書を作成して唐澤氏に署名させ、検察官に提出した。

第1回公判期日では、被告人の罪状認否の際に、その上申書が、弁護人から裁判所に提出され、公判調書には、「公訴事実は間違いありません。その余については、上申書のとおりです」と記載されて上申書が公判調書に添付された。

第1回公判後の保釈請求に対して、検察官は、上申書が裁判所に提出され、罪状認否での被告人供述の内容とされたことから、保釈に反対せず、保釈がようやく許可された。

執行猶予獲得のため検察官主張への反論・主張を全て控える

こうして、唐澤氏は、120日にわたる勾留の末、ようやく保釈され、身柄拘束を解かれた。

第1回公判では、検察官請求証拠がすべて同意書証として取調べられたが、その内容には、唐澤氏には納得できない点が多々あった。脱税を幇助することなど全く考えていなかったのに、脱税幇助とされたことに加えて、絶対に納得できなかったのは、唐澤氏の会社でやってきたことが「助成金詐欺ビジネス」であるかのように検察官の冒頭陳述で書かれていて、関係者の調書もそういう内容になっていたことだった。唐澤氏が、中小企業緊急雇用安定助成金の書面作成代行業務の仕事を始めたのも、新卒採用支援・代行で取引してもらっていた企業から付随するサービスとして、助成金の書類の作成を依頼されたからだった。中小企業の役に立ちたいという気持ちから、助成金の書類作成について調査し、助成金の申請にかかわったもので、決して、詐欺ビジネスをやっていたわけではなかった。

しかし、保釈後、供託していた助成金の全額返還が完了したこともあり、一審弁護人からは、「起訴事実を全面的に認めて検察官の主張を争わなければ、執行猶予の可能性が高い」と言われていた。そこで、公判では、唐澤氏は、検察官の主張には全く異を唱えず、被告人質問でも、ひたすら「反省の弁」を述べ続けた。

ところが、検察官の論告求刑は「4年6月 罰金400万円」、懲役刑の求刑は主犯のM氏と同じだった。3年以下の刑でなければ執行猶予が認められないので、その求刑が「実刑相当」を意味することは明らかだった。しかし、助成金詐欺については全額返還済み、しかも、逮捕前に、返還のために全額供託までしている。脱税幇助についても、実際には、脱税についての認識もなく、もちろん、報酬も全く受け取っていない。そのような唐澤氏が実刑になる可能性は低いとの弁護人の言葉を信じ、執行猶予を期待していた。

しかし、一審判決は「懲役2年6月 罰金300万円」の「実刑判決」だった。

全く納得できない逮捕、勾留、起訴だったが、弁解したいことも弁解せず、主張したいことも主張せず、ひたすら「反省の弁」を述べて執行猶予を望んだが、結果は「実刑」だった。

控訴審では、新たな弁護人を依頼し、何とか執行猶予判決になるように弁護活動を依頼した。

一審判決後、M氏が脱税した税金を全額納付したこともあり、控訴審では情状が評価されて執行猶予になる可能性が相応にあるとの判断から、控訴審でも、事実は争わず、反省・悔悟を強調し、執行猶予付き判決を求めた。脱税幇助についても、一審判決の事実誤認や無罪の主張を敢えて行わず、「脱税の全体像を知らず、脱税を容易にする意図・目的を有していなかった」という情状面の主張にとどめた。唐澤氏の会社との取引先の中小企業主等1259人が、「20年にわたり、経営者として企業の採用代行、雇用創出という価値ある仕事に従事してきたという実績もあり」「今後も社会に貢献してほしいと強く願います。」「何卒、執行猶予を付した判決を強く嘆願いたします。」という内容の嘆願書を書いてくれたので、それも、裁判所に提出した。それは、彼の事業が決して助成金詐欺ビジネスなどではなく、採用支援・代行によって中小企業に貢献していることを示すものでもあった。

しかし、結局、控訴審でも、「懲役1年8月 罰金300万円」と、若干軽減されただけで、やはり「実刑」だった。

結局、一審でも、控訴審でも、唐澤氏に不利な認定の最大の根拠となったのが、第1回公判の罪状認否に添付された、具体的かつ詳細に事実を認める内容の上申書だった。

唐澤氏は、長期間の身柄拘束に耐えられず、精神も崩壊に近い状態に追い込まれて、検察官の意のままに作成された上申書に署名せざるを得なかった。それが、結局、極度の閉所恐怖症の唐澤氏が最も恐れていた実刑という身柄拘束に追い込まれることにつながってしまったのである。

控訴審判決後に、弁護人を受任した私は、脱税幇助の事実について最高裁判例違反・事実誤認の無罪主張を行い、詐欺についても執行猶予が当然の事案であることを主張する上告趣意書を作成・提出した。

唐澤氏は、捜査段階での被告人の取調べ状況及び供述調書の作成状況について、検察官は被告人の述べることに耳を貸さず、検察官の設定したストーリーを押し付け、供述していないことを含めて強引に調書を作成して署名をさせようとする取調べだったと訴えた。その状況は録画に残された唐澤氏の様子を見れば一目瞭然だと思われた。

そこで、唐澤氏の主張を裏付けるべく、それまで開示されていなかった取調べの録音録画媒体の開示を検察官に求めたが、「応じられない」との通知があり、上告審裁判所に、証拠開示を命じる訴訟指揮権の発動を求めたが、証拠開示命令は行われなかった。

これが刑事裁判と言えるのか

以上が、唐澤氏が、査察部の強制調査を受け、東京地検特捜部に逮捕・起訴され、一審、二審で実刑判決を受けて上告審に至るまでの経過だ。

彼は、全面無罪を勝ち取ろうと考えていたわけではない。ただ、絶対に納得できないのは、M氏の経営状況も、納税のことも全く知らず、脱税幇助の意思など全くなかったのに、脱税幇助で有罪とされたことだ。それが認められるのであれば、他人に頼まれて架空の契約書や領収書の作成に応じたというだけで、脱税幇助の犯罪にされてしまうことになる。また、彼は、決して、助成金詐欺をビジネスでやっていたわけではないし、そこから不正の利益を得ようとしたわけではなかった。しかし、そういう彼の言い分は、全く述べる機会が与えられず、主張もできないまま、裁判では一方的に「反省の弁」だけを述べさせられるだけだった。これが、果たして刑事裁判と言えるのだろうか。

彼の事件の場合、「人質司法」は、単に、否認する被疑者・被告人の身柄拘束の長期化というだけでない。検察官が、保釈に反対しない条件として、事実を全面的に認める上申書の提出を要求し、身柄拘束から逃れたい一心から、それに応じたことで、その上申書が、事実に反する認定の唯一の根拠にされ、実刑に追い込まれるという、まさに「人質司法の蟻地獄」の世界そのものだった。

逮捕前に全額返還のために供託まで行っていた助成金詐欺についても、M氏の脱税のことは全く知らなかったと述べている脱税幇助についても、「罪証隠滅のおそれ」など全くないことは明らかであろう。検察官が保釈に反対する理由は、要するに「検察官が望むとおりに自白していない」というだけである。それは、人質司法によって、「罪証隠滅のおそれ」ではなく、「無罪主張のおそれ」を抑え込んでいるに過ぎない。

そして、何より許し難いのは、保釈に反対しない条件として事実を認める上申書を提出させるという検察官のやり方と、そして、その上申書を、罪状認否で被告人が述べたことのように公判調書に添付するという裁判所の姿勢だ。罪状認否というのは、公訴事実について、被告人が認めているのかどうか、認められない点があるとすればどの点かを被告人の口から直接聞いて確認するための手続であり、被告人を詳細に自白させるための手続ではない。

大阪地検不祥事を契機とする検察改革の流れの中で、検察官の取調べの可視化が進められ、法律上義務化されるに至った。しかし、その一方で、取調べで無理な自白をさせるのではなく、「人質司法」のプレッシャー、検察官の主張を丸ごと認めさせるという姑息な手段が使われ、裁判所までもがそれに加担している。

一般の市民であっても、このような「人質司法の蟻地獄」に取り込まれてしまう恐れがあるという恐ろしい現実を直視する必要がある。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2018年3月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。