北「Happy Birthday , Mr. President」

長谷川 良

史上初の米朝首脳会談が12日、シンガポールのセントーサ島で開催される。世界の耳目が集まる会談の最大のテーマは「北の非核化」だ。トランプ氏は「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)を北側に要求しなければならない。「段階的な非核化」を主張する金正恩氏を説得するという大きな使命を担っている。北は制裁の解除、経済支援、そして「完全かつ検証可能で不可逆的な体制保証」(CVIG)を主張しているだけに、簡単な仕事ではない。

▲トランプ米大統領 ホワイトハウスの公式写真 ウィキぺディアから

▲トランプ米大統領 ホワイトハウスの公式写真 ウィキぺディアから

トランプ氏は、「12日のシンガポールの首脳会談が成功すれば、金正恩氏を米国に招待したい」と述べたという。トランプ氏は独裁者と恐れられている34歳の若い金正恩氏との人間的交流を期待している。金正恩氏にとっても願ったりかなったりだ。カナダで開催された主要国首脳会談(G7)でも明らかになったように、トランプ氏は他の6カ国首脳から誤解され、批判の対象となっている。そんな孤独なトランプ氏の心を捉える事ができれば大成功だ。しかし、ホスト国カナダのトルドー首相がG7閉幕後の記者会見でトランプ氏を批判したと分かると、トランプ氏はツイッターで「G7コミュニケの不承認を指令」するなど即反撃している。トランプ氏の気分を害すれば、どのような結果をもたらすか金正恩氏も内心戦々恐々だろう。

しかし、金正恩氏はラッキーだ。トランプ氏が今月14日、72歳の誕生日を迎えるのだ。誕生日の2日前だが、シンガポールの首脳会談後の夕食会でトランプ氏の誕生日を祝うのだ。金正恩氏は平壌から誕生日プレゼントを用意しているはずだ。トランプ氏は突然の誕生日祝いに驚くと共に、大喜びするだろう。

そうなればトランプ氏と金正恩氏との関係は米大統領、北の独裁者といった立場を越えて急接近する。トランプ氏はツイッターで「正恩は私のベストフレンドだ」と世界に向かって配信するだろう。

問題は、何をプレゼントするかだ。資本家で全ての物が自由に手に入るトランプ氏を喜ばすことは安易なことではないからだ。ひょっとしたら、金正恩氏は11月の中間選挙の行方に心を砕いているトランプ氏を支援するため北の「非核化宣言」を表明し、ついでに「終戦宣言」に署名するかもしれない。これはトランプ氏の外交実績となるからトランプ氏を喜ばす最高の贈り物だ。

ロシアのプーチン大統領は65歳の誕生日、トルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領からアラドイの子犬をプレゼントされている。大喜びのプーチン氏と子犬の写真が世界に配信された。誕生日のプレゼントは何歳になってもうれしいものだ。トランプ氏も例外ではないだろう。

ここにきて興味深いニュースが流れてきた。シンガポール入りした北朝鮮の金正恩氏一行に「三池淵管弦楽団」の団長、玄松月氏が加わっていることが確認されたというのだ。これで分かった。金正恩氏は米朝首脳会談後の夕食会で玄松月氏に「Happy Birthday, Mr. President」と歌わせ、トランプ氏の誕生日を祝う考えなのだ。 金正恩氏はサプライズが大好きだ、トランプ氏はちょっとやそっとで驚かないだろうが、「72歳の誕生日おめでとう」の合唱にトランプ氏の心は完全に溶けてしまうのではないか。ちなみに、金正恩氏は米朝首脳会談の準備会議でもトランプ氏の誕生日の件については米国側に事前に伝えなかったはずだ。

トランプ氏はこれまで金正恩氏を「チビデブ」や「ロケットマン」と揶揄してきたが、北の歌姫が合唱する「Happy Birthday 」を聞きながら、金正恩氏を自分の息子のように好きになる。これで米朝首脳会談の成功は間違いない。

「北の非核化」はどうなるかって?そんな野暮な質問をすれば、トランプ氏は笑い出すだろう。金正恩氏は、誕生日を祝う合唱に心が揺り動かされるトランプ氏の姿を見て、アメリカ大統領の孤独を感じ取るかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。