学校からいじめがなくならない本当の理由:NTTドコモ元社員のパワハラ提訴に思う

中沢 良平

いじめ問題はいつまでもなくならない。先日も、八王子市立小学校で「いじめ重大事態を放置し5年生が不登校目安の30日を3ヵ月超過」という報道があったし、神戸市の東須磨小学校における先生どうしの苛烈ないじめ報道も記憶に新しい。ついでに先日まで何件か続いた不倫謝罪会見も見ていられなかった。もちろん、不倫がけしからんという観点からだけではない。

takasuu/iStock

閑話休題。ではいじめが起きた場合、学校はどのように対応すればよかったのか。

妙案がないのである。

ドコモ元社員が提訴「上司のセクハラ・パワハラで退職」がニュースになっている。事実関係は裁判で争われるのだろうが、ここまでされないとパワハラ案件として争えないのかと愕然とさせられる。

女性上司が男性部下にセクハラということも興味深いが、その点は置いておく。

いじめとパワハラはちがう?

パワハラを調べると、その構成要件のハードルはとても高い。証拠として求められるものの例をあげてみる。

  • ボイスレコーダーによる録音
  • メールの文章
  • 日記や業務日報、メモ書きなど
  • 一部の人にしかわからないのではなく、誰でもはっきりと分かる形で残す

普通、こんなあからさまにハラスメント(いじめ)をやるだろうか。こんな小学校低学年みたいなハラスメントばかりならば、だれも会社では苦労してないだろう。

しかも、ハラスメントを受けていて冷静な判断ができなくなっている人間にここまで明確な証拠を集めさせるのは酷ではないだろうか。もし集められるなら、まだ精神的にかなり余裕があるはずだ。

NTTドコモの元社員の事例は、ハラスメントどころではなく、傷害事件ではないだろうか。だから、会社ではいじめとパワハラ(傷害事件)が結びつかないことになってしまっている。

電通高橋まつりさんの事件は「働き方改革」だけに結びつけられてしまった

少し時をさかのぼるが、電通社員の高橋まつりさんが亡くなったときに、勤務時間等の働き方への問題に注目が集まってしまった。実際はいじめによる要因も大きいと思われるが、いじめだけで裁判を争うのはむずかしかったのかもしれない。

社会は「いじめ、ダメ。」ではなく、働き方改革に向かってしまった。じっさい電通では本社での残業ができなくなり、場所を変えてのサービス残業となり、余計に働きづらい職場になってしまったと聞く。もちろん、働き方の改善は重要だが、日本社会の暗部を隠してしまったようにも思える。

大人の社会では、いじめは許容されている

このように、大人の社会では、いじめは許容されている。寛容とすら言ってもよい。「いじめに耐えるのは給料に込みだよ」くらいの勢いである。日本のサラリーマンが世界一会社を嫌いなのは、こういった点が看過されているからなのだ。

そんな中、教室の中だけで子どもたちに「いじめはいけません」といってもなくなるのだろうか。言っているその先生自身がいじめられているかもしれないというのに。

実は教員のいちばんの悩みは、手に負えない児童生徒やモンスターペアレンツではなく同僚、管理職との関係だという説もある。

たとえば、被害に遭った東須磨小学校の教員の方々は、その前に相談できなかったのだろうか。相談しなかったことを悔やんでいるという被害者の手記が公表されたが、そのときそれはできなかったのだろう。人事やパワハラ窓口といった内部の部署には取り合ってもらえないし、弁護士に相談してもパワハラ案件として争えないかもしれない。それで学校内の立場が余計に悪くなる可能性が高いのだから。それでも、組織を去る覚悟で勝てない可能性のある裁判に訴えるか。

社会に出て、いじめにあった場合、いったいだれに相談すればいいのか。これは日本社会の行き詰まりであり深刻な病ではないだろうか。

たしかに、教室は閉鎖的な空間だし、スクールカーストもある。それらはいじめの原因となる。ただ、日本社会にいじめに寛容な土壌があるということは声を大にして言っておきたい。

NTTドコモの元社員の方の快復を心からお祈り申し上げる。

中沢 良平