「アーメン」から「アージュ」時代に

「アーメン」という言葉を最近よく耳にするようになった。キリスト教会内での話ではない。通常の生活の場やテレビ番組などでだ。欧州社会は基本的にはキリスト教社会だが、久しく世俗化の洗礼を受け、教会はがら空きだ。新型コロナウイルスの感染予防のため制限された結果ではない。教会離れが加速してきているのだ。

ゲッセマネの園で祈るイエス ポール・ゴーギャン作、Wikipediaより

にもかかわらず、といっては可笑しいが、「アーメン」という言葉が聞こえてくるのだ。当方が歳をとったからではない。変な表現になるが、社会に「アーメン」が広がってきているのだ。

「アーメン」はヘブライ語で「しかり、その通りです」という意味だ。神父や牧師、そして信者たちが祈りの最後に「アーメン」と言って、祈りを終える。「今祈った内容は心からのものです、しかり」といった意味合いが含まれる。

当方は米ロックバンド「パニック・アット・ザ・デイスコ」のヒット曲「ハイ・ホープス」を時たま聞く。青年の心の世界が軽快なテンポで歌われる。同バンドの曲には「Say Amen (Saturday night)」「ハレルヤ」といった題名が付いている。リードボーカルのブレンドン・ユーリーはモルモン教の家庭出身だ。今はモルモン教徒ではないというが、歌詞には「神」の話、そして「アーメン」という言葉がよく出てくる。

第65回ユーロビジョン・ソング・コンテストの決勝が22日、オランダのアホイ・ロッテルダムで開かれたが、準決勝(5月18日と20日開催)では2人の歌手が「アーメン」(Amen)というタイトルの歌を歌った。その1人はオーストリア出身のヴィンセント・ブエノだ。熱唱したが、決勝には進出できなかった。

欧州社会は今、コロナ禍にある。ワクチン接種が進み、国民も次第にポスト・コロナへの希望を感じ出している。その中、教会以外で「アーメン」という言葉が巷に広がってきたのは、多分、偶然だろう。全ての問題に批判的で、懐疑的になりやすい現代人にとって、「しかり」を意味する「アーメン」は本来、相応しい表現とはいえないはずだ。深読みすると、それゆえに逆に「アーメン」を叫んでみたい気分になるのかもしれない。現代人には「その通りだ」と心の底から叫ぶ機会が乏しいのかもしれない。それが最近の「アーメン」現象の背景ではないか。

このコラム欄で米保守派論客ベン・シャピ―ロ氏(Ben Shapiro)のYou Tube番組「ベン・シャピ―ロ・ショー」(Ben Shapiro Show)での話題を紹介したばかりだ。ジェンダーフリーを支持する聖職者が祈りの最後に「アーメン」という言葉に「アーウーメン」を付け加えて祈ったという笑い話のような内容だ。「アーメン」がジェンダーフリー時代の洗礼を受けて少々脱線したケースだ。

興味深い事を聞いた。「アーメン」でなく、「アージュ」と言って祈りを結ぶキリスト信者の群れがいる。韓国で生まれた世界基督教統一神霊協会(通称「統一教会」)の創設者文鮮明師は2006年9月14日、「今後、『アーメン』ではなく、『アージュ』と言って祈りを結ぼう」と指示したという。「アージュ」は漢字で表示すれば「我住」となる。すなわち、「神は、祈っている人の中に住む」という意味だ。神が定着する時代圏の到来というわけだ。

ところで、「アージュ」の意味する内容はかなり革命的だ。神が一人一人の中に住み着き、定着すれば、教会や組織は必要ではなくなる。それだけではない。宗教自体が閉鎖に追い込まれる。神はその信者の中に住むから、教会に通う必要はないからだ。教会や組織は神と信者間の懸け橋的な役割を失い、せいぜい信者間の情報連絡フォーラムに過ぎなくなる。

文鮮明師は生前、「将来、教会は要らなくなる、宗教も存在する必要がなくなるだろう」と予言している。当方は、聖職者の性犯罪の多発や不正財政問題などで教会の信頼が地に落ち、信者たちの教会離れが加速する結果、教会は消滅していくと考えてきたが、文師は神が人の中に住むようになれば、教会は自動的に不必要になると受け取っていたことが分かる。

旧約聖書「ゼカリヤ書」2章10、11節には、「主は言われる。シオンの娘よ、喜び歌え、私が来てあなたの中に住むからである。その日には多くの国民が連なって私の民となる。私はあなたの中に住む」と記述されている。その内容は「我住」(アージュ)だ。

人類の始祖アダムとエバが天使ルシファーに騙されて神の戒めを破り、「エデンの園」から追放された。人間はまだ神と対話できたが、次第にできなくなり、神との関係は途絶えていった。人間は祈りを通じて神とのコミュニケーションを求めた。同時に、宗教が生れ、神との対話は、教会、ローマ・カトリック教会の場合はローマ教皇庁を通じて行われ、中世に入ると聖書を通じて神の言葉を直接学ぶ新教が生まれてきた。そして今、神は人間の中に住む定着時代圏に入ってきたとすれば、神を探し求める必要はなく、心を静めて自身に住む神の声に耳を傾けるだけでいいわけだ。良き知らせだ。アーメン、そしてアージュ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。