北「青年同盟」の改称理由が分かった

長谷川 良

北朝鮮中央放送は先月30日、「金正恩国務委員長(朝鮮労働党総書記)は4月29日、朝鮮労働党外郭の青年団体『金日成・金正日主義青年同盟』の第10回大会に書簡(「革命の新しい勝利を目指す歴史的進軍で社会主義愛国青年同盟の威力を遺憾なく発揮せよ」)を送り、青年同盟の名称を『社会主義愛国青年同盟』に改称する重大な決定が採択された」と報じた。そのニュースを韓国の聯合ニュースで読んだ時、もう一つ合点がいかなかった。如何なる組織でも、その呼称から金日成主席、金正日総書記の名前を外すという事は少なくとも北では考えられないからだ。

北朝鮮「社会主義愛国青年同盟」第10回大会風景 朝鮮新報2021年5月7日より

聯合ニュースによると、北朝鮮は2016年の第9回大会で「金日成社会主義青年同盟」から社会主義をなくし、「金日成・金正日主義」に改称したばかりだが、5年ぶりに「社会主義」を復活させる代わりに、北朝鮮の建国の父・金日成主席ばかりか、金正恩氏の父親・金正日の名前を削除したわけだ。3代の世襲国家の北朝鮮が初代、2代目の名称を削除して「社会主義」という名目を導入しなければならない理由が金正恩氏にあったのだろうか。

「青年同盟」は党員以外の14歳から30歳までの青年が加入しなければならない政権の土台ともいうべき団体だ。スポーツ団体や文化組織の呼称ではない。約500万人のメンバーをかかえる団体の名前だ。その団体の名前から金日成、金正日の名称を消したのだ。何かあったと考えざるを得ないのだ。

その謎が解けた。米政府系放送局「自由アジア放送(RFA)」は5月17日、平壌の高層ビル・マンション街で金正恩体制を批判するビラが大量に散布されたと報じたのだ。そのビラには「3代長期独裁政権にわれわれ人民は騙され、アジアの最貧国に落ちている。われわれ人民が総決起して金正恩独裁者を倒すべきだ」と書かれていたというのだ。そして、大量の体制批判ビラ散布は金日成大学理工学部の学生が中心だったというから、反金正恩ビラを配った学生は「青年同盟」のメンバーであったはずだ。

ここまでくると、金正恩氏が「青年同盟」の名称を改名した理由が浮かび上がってくる。反金正恩ビラ事件は「青年同盟」の改名前に起きた出来事ではなかったか(ビラ事件が「青年同盟」の改名後としても事情は大きくは変わらない)。金正恩氏は先の書簡の中で「青年期の世代が栄達と享楽のみを追求している今の世界で、苦労と試練を楽として、祖国の呼び掛けに忠実で、社会と集団に誠実であり、未来のために献身する革命的な青年はわれわれの青年しかいません」と称賛しているが、彼らの多くが金正恩体制の崩壊を願っているのだ。

反体制ビラは北朝鮮でも過去、数回報告されているが、今回のビラは「青年同盟」のメンバーが配り、内容は過激な体制転覆を呼び掛けるものだ。金正恩氏はショックを受けたに違いない。金正恩氏はその直後、「金日成・金正日主義青年同盟」から「社会主義愛国青年同盟」と急遽変えることを決めたのでないか。この解釈が正しければ、金正恩氏は政敵、反体制派を片っ端から粛正した政権就任直後のような勢い(モメンタム)を失っている。簡単に言えば、自信をなくしてきているのではないか、という推理が出来るのだ。

元韓国国防省の高永喆氏は世界日報で「脅かされる金正恩体制」(5月24日付)というタイトルの記事を寄稿している。同氏は「金日成親子孫の別荘は全国に24カ所も散在しており、特閣と呼ばれる別荘は超豪華施設であると知られている。一般人民は1990年代半ばの『苦難の行軍』時に150万人以上が餓死したのに、指導者は贅沢三昧の生活をしている。鋭い感受性を持つ青年学生たちには、到底受け入れられない常識外れなのである」と述べている。

「指導者は贅沢三昧の生活をしている」ことは北朝鮮国民ならば皆知っている。他言すれば粛正されるから口に出さないだけだ。青年たちは海外の情報にもアクセスがあるから、「わが国は最貧国だ」という事実を知っている。彼らに核兵器の小型化や米本土にまで届くミサイル開発を誇示したとしても、もはや感動はしない。核兵器やミサイルでは空腹を満たすことができないからだ。

金正恩氏はビラの内容を読み、そのビラを配った人間を見つけ出すように指令を飛ばしたはずだ。その一方、「青年同盟」の名称から祖父と父親の名前を外すことで、改革の意思を背年たちにアピールしたのではないか。金正恩氏は書簡の中で、「青年同盟の名称を改めたからといって、全同盟の金日成・金正日主義化を総体的目標、総体的闘争課題としているわれわれの青年組織の本態が変わるのではありません。社会主義と愛国は、金日成同志と金正日同志の不滅の革命思想と業績を象徴しています」と弁明する一方、「今の青年世代は国が試練を経ていた苦難の時期に生まれ育ったため、朝鮮式社会主義の真の優越性に対する実際の体験やイメージに欠けており、はなはだしくは一部間違った認識まで持っています」と苦言を呈している。この後半の箇所は金正恩氏の本音だろう。

「青年同盟」の名称変更は、金正恩氏自身が、①恐慌政治スタイルに限界がきたこと、②国内経済の破綻、食糧不足が深刻化していること、等を理解していることを示唆している。それは同時に、金正恩氏にはまだ政権の立て直しのチャンスが僅かばかりだが残されていることを意味する。

注:金正恩氏の書簡の内容は、在日本朝鮮人総聨合会機関紙「朝鮮新報」から引用しました。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月26 日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。