GIGAスクール構想は近年まれにみる失政

中沢 亮平

GIGAスクール構想とは「義務教育を受ける児童生徒のために、1人1台の学習者用PCと高速ネットワーク環境などを整備する5年間の計画」のことだ。ちなみにGIGAとは、Global and Innovation Gateway for Allの略で、単位のことではない。

政府が2019年12月に発表し、予算は「1人1台端末」の整備費用を中心に4600億円超の巨額に上る。コロナ禍でオンライン授業の必要性が出てきたため、予定より前倒しで導入された形だ。端末1台当たり最大4万5000円の補助金を各地方自治体に支給したため、各自治体がこぞってiPadやらchromebookやらを購入し、一時は民間へのタブレットの供給が途絶えもした。

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そんな鳴り物入りで始まったGIGAスクール構想ではあるが、「タブレットは支給するから、あとはそっちでやってくれ」という、結局は政府・文科省からのいつもどおりの現場への丸投げであった。

ICTの遅れはかつてから指摘されていたので、これを機に一気に挽回しようと思ったのだろう。けれども、端末だけ配ったら、教育現場は一気にGIGAスクールになるという短絡的でお花畑な思考は、どこからでてきたのだろうか。大手マスコミにはその点の追及をしっかりしてほしい。

現場で起きていること(1)タブレットの管理

ようするにタブレットだけ降ってきたので、配布等の準備は学校で行う。ソフトウェアはそれだけで授業に使えるという夢のような代物ではないわけで、これも教員の苦労の種だろう。

端末に番号を振ったり、名前を貼ったりするのは教職員の仕事だ。これだけで相当な手間だ。さらに管理のためのもろもろの設備(ラックとか充電器とか)を揃えたりと、ようはこの4月は業務量が飛躍的に増えた。

そして、予防線を張った悪名高き「契約書(余計なページを見ないようにするのは家庭の責任だとか、充電は家庭でやってくれとか書いた契約書)」を保護者にサインさせて、ようやく貸し出しに至ることになった。

さすがに教員だけでは無理だろうと、ICT支援員というサポート人材支援も行っているが、自治体によって予算・支援内容はさまざまで、ICT人材を最低賃金で募集しようとする強気の自治体もある。

これらを全部現場に丸投げしているので、当然、自治体・学校によって導入に時間差が出てくる。そもそも、戦略を間違えているので、自治体の導入時期をうんぬんするのは意味のないことではあるが。

現場で起きていること(2)タブレットにお守→学級崩壊

とりあえず使えと言われているから、授業等で使用することになったのだが、使い方の基準もまちまちで導入してしまったため、場繋ぎ、時間つなぎの道具となってしまっている。子供たちにも教員にも、タブレットをつかう基準があいまいなまま使っているので、とうぜんだらだらと見ている子供が出てくる。

子供にとってタブレットはネットにつなげる便利なおもちゃである。見ないわけがない。というか、大人でも見てしまう道具を子供に自制しろという了見が私にはわからない。

そんなかんじで、指導が難しい子供がだらだらと見出してしまう→そのほかの子供たちもつられて弛緩する、という順序で学級崩壊が増加するのは時間の問題である。

現場で起きていること(3)家庭での管理もできない

その悪名高き契約書を家庭とかわしているわけだが、そんなのを守れる家庭ばかりではない。「ご家庭の責任で勉強以外に使わせるな」いう項目が入っていても、とうぜん子供たちはセキュリティをかいくぐっていろいろ見てしまうのだ。

それを学校の教員が履歴を見て、注意する。子供はがまんできない。また怒られる。という負のスパイラルがつづく。大人でもがまんできないものをがまんしろと言っているのだ。これほど不毛な指導はないだろう。やり方を間違えれば、子供と教員の信頼関係も大きく棄損するだろう。

一線を越えてしまった教育行政

このように現場に丸投げの結果、一線を越えてしまったように見える。

現場の最前線で創意工夫が必要な戦略は、ロジスティクスとして破綻しているだろう。けっきょく兵隊が優秀な現状に頼り切って戦略を決定してしまっているので、こういった初歩的な失政を繰り返し犯すのだ。たしかに現場の先生たちは創意工夫は好きだ。けれども、学校現場のキャパシティはいよいよ限界にきたと見える。

そんななかで、夢いっぱい希望いっぱいの政府と文科相の妄想で始まったGIGAスクール構想。全国の学校崩壊の決定打とならないことを祈っている。