バロンズ:米投資家のスタグフレーション懸念は行き過ぎか

バロンズ誌、今週はカバーで年に2回、4月と10月に金融市場関係者を対象に実施するビッグ・マネー調査の結果を紹介する。米国の投資家は米経済の長期見通しを始め金融市場、新型コロナウイルスからの回復に楽観的だ。問題は、短期的な懸念材料で、金融政策と財政政策は流動的で、供給網の制約と人手不足はインフレ加速を引き起こし、企業の利益率を押し下げつつあり、景気回復の勢いは頭打ちの様相を呈する。米株市場は割高で、米金利は上昇、将来の雲行きは突然、怪しくなってきた。

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1年先の米株相場に「強気」と回答した割合は50%と、前回4月時点の67%から低下。同じく「弱気」は12%と、前回の7%から上昇した。一方で、米株相場を「割高」と判断する回答者は42%と、前回の38%から低下し、「適正」との判断も59%と、前回の57%を下回り、上昇余地が後退したようだ。割高感の強まりから、今後6ヵ月間で調整入りするとの回答も79%を占めた。最も魅力的な投資先として1位は株式で変わらなかったが、今回は60%と前回から低下。2位以下は変動し、2位は前回4位だった金(11%、前回は5%)、3位は前回2位だったコモディティ(11%、前回は13%)4位に前回3位だった不動産(7%、前回は8%)が入った。

米株相場のリスクの1位は、テーパリング開始が近い事情から金融政策の失敗(17%)が浮上した。2位はインフレ(15%)、3位は前回1位だった金利上昇(14%)、4位は増税と経済鈍化(11%)となった。テーパリングを含めると、Fedの金融政策への不安は38%に及ぶ。一方で、米国で1回以上ワクチンを接種した成人の割合が7割を超えるなか、前回16%で2位だった新型コロナウイルスは少なくともトップ5から消えた。

その他、株式市場で1年先に最も高パフォーマンスを遂げる見通し株式市場は、1位が米国(54%)で変わらず。岸田政権が発足したばかりの日本はエマージング市場や欧州、中国に次いで4位(6%)に甘んじていた。気になる調査結果は本誌でご覧下さい。

当サイトが定点観測する名物コラムのアップ・アンド・ダウン・ウォール・ストリート、今週はスタグフレーションのリスクを取り上げる。いつものランダル・フォーサイス氏ではなく、ベン・レヴィンソン氏執筆の抄訳は、以下の通り。

投資家は、スタグフレーションを恐れるべきか―The Threat of Stagflation Is Haunting Investors. Here’s How Scared You Should Be.

仮にタイムマシンを与えられたなら、人は良かれ悪しかれ未来をへ旅立つだろう。しかし、ウォール街は1970年代のスタグフレーションの時代へ戻りたがっているように見える。

経済低迷と高インフレが同時進行するスタグフレーションは、現代では神話のように捉えられてきた。成長が鈍化するなかで、インフレが加速するとは到底想像できなかったためだ。しかし1970年代、ニクソン大統領下で紛れもなくこのような事態に突入。金とドルの交換停止という決定を下しドル安を招き、第4次中東戦争を受けたアラブ石油輸出国機構(OAPEC)による禁輸措置とOPECによる大幅値上げを背景に油価が急騰した。企業は生産活動を抑制しながらも値上げに踏み切った結果、金利は上昇し、米国は景気後退入りした。

翻って現在、スタグフレーションが戻ってきたかのようだ。J.P.モルガンチェースが10月13日に発表した調査によれば、42%の回答者が将来のスタグフレーションを懸念していた。グーグル・トレンドでも、「スタグフレーション」の検索ワードは急上昇している。ウェルズ・ファーゴのジェイ・ブライソン首席エコノミストは「1970~80年代に頻繁に使用された”スタグフレーション”との言葉は、足元の物価上昇や供給網の制約を受け再び大流行している」と指摘した。

スタグフレーションという言葉が世間で大いに注目を集めている理由は、簡単だ。米9月消費者物価指数(CPI)は前年同月比5.4%上昇し、1991年以降で最も高い伸びを記録した。仕入れ価格は資材不足などで一段と上振れし、米9月生産者物価指数(PPI)は同8.6%へ急伸した。

足元はPPIが大幅に上回り、企業の利益率を押し下げかねない。バンク・オブ・アメリカはS&P500構成企業のQ3決算につき増収増益を見込むも、供給網の制約を受け通期の業績見通しを警告

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チャート:米CPIと米PPIの前年比(作成:My Big Apple NY)

さらに、米7~9月期実質GDP成長率の減速も意識され、エコノミスト予想中央値は3.6%に過ぎない。アトランタ地区連銀に至ってはこれの半分以下だ。しかし、デルタ株の感染拡大や供給網の制約はいずれ減退する。ネッド・デービス・リサーチのジョセフ・カリッシュ氏は「インフレの高止まりと成長減速を受け、”スタグフレーション”への懸念が浮上するが、成長率はスタグフレーションを懸念するほど低くはない」と語る(筆者注:FOMC参加者の予想中央値をみても、2024年まで潜在成長率の2%超えで推移し、決して低成長とは言えず)。

さらに、スタグフレーションを懸念しない理由もある。例えば、年末商戦に向けた納品は終焉に向かいつつある。また、バイデン政権は太平洋の玄関口であるロサンゼルス港とロングビーチ港の操業を24時間へ引き上げた。ジェフリーズのエコノミスト、アネタ・マルコウスカ氏は「22年1~3月期には、季節要因として需要が低下するに合わせ供給網のボトルネックは解消され、在庫積み増しが可能となるだろう」と予想する。

足元の供給網の問題を受け、銅先物価格は過去1週間で11%と2011年以来の大幅高を遂げた。一方で、金先物も0.6%高にとどまり、銅先物/金先物レシオは2013年以降で最大となった。つまり、世界の産業需要が高水準にある一方で、金融政策は引き締め寄りではなく経済が減速する可能性が低いことを示唆している。

MKMパートナーズのマイケル・ダーダ首席エコノミストは「もしFedが想定以上の引き締め策に走り、世界の成長率が外的ショックで鈍化すれば、金属市場を始め向かい風となる傾向が高いものの、我々は自然利子率などを踏まえればそうなる可能性は低いとみる」と分析する。また米株市場について「今年、市場は金利上昇を受け、割高感の強い株式やセクターより割安感のある経済活動再開の銘柄にシフトしてきた」と指摘、景気敏感株の上昇は足元のスタグフレーションへの懸念が過剰であるとの考えを示唆する。

一方で、ゴールドマン・サックスのストラテジスト、デビッド・コスティン氏は「スタグフレーションは株価の打撃となる」と警鐘を鳴らす。1960年代以降、41四半期にわたり経済低迷と高インフレに直面し、S&P500は平均2.1%安、実質のトータルリターンは当該期において全体平均の2.5%を下回った。コスティン氏はこうした背景から、スタグフレーション入りを予想しないものの、懸念を受けて高い価格決定力を有する銘柄を推奨、その中には3Mやバルカン・マテリアルズ、P&Gなどが含まれる。

スタグフレーションに賭ける上での問題は、経済低迷と高インフレが同時に発生する確率の低さだ。データ・トレック・リサーチの共同創業者であるニコラス・コラス氏によれば、過去40年間において、年間でインフレが4%以上で推移することは稀だったという。1980~90年代の平均インフレ率は3.5%、過去20年間においては2%に過ぎない

コラス氏いわく「米経済がインフレ局面に突入すると信じることは、40年に及ぶ経済の歴史に蓋をして未知の領域に進むことを意味する。市場がこれまでの見方を変えるには、少なくとも数四半期にわたって高インフレを示す指標が必要だ」。つまり、スタグフレーションに陥ると判断するまで、まだ時間がある。

――米9月CPIの結果をみると、経済活動の再開で急伸した費目に落ち着きがみられ、物価の上昇は一過性のものと捉えられます。ただ、食費やエネルギーといった生活必需品に加え、家賃まで高止まりしている点は気掛かり。エネルギーはOPECプラスで減産維持を決定する上、ラニーニャ現象の影響で厳冬を迎えるなか、既にエネルギー情報局(EIA)は今冬に家計のエネルギー関連の負担が30%増となるリスクを警告しました。デルタ株感染拡大が収束しつつあるとはいえ、食費は加工工場やレストランでの人手不足がなかなか解消せず、高止まりする懸念がくすぶります。家賃は立ち退き猶予期間の終了に加え、住宅価格が前年比18%も値上がりする状況。そうなれば、裁量消費関連での物価の伸びが限定的でコアを軸に今後インフレが鈍化したとしても、家計を圧迫しかねません

物価の高止まりを受け、実質賃金は6ヵ月連続で低下しています。これまで個人消費が支えられていたのは、米政府の現金給付や失業保険給付上乗せがあったためでしょう。7月からは子育て支援として、税額控除の前払いが行われていますが、今後はここが消費の原動力となるか見極めが必要です。

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チャート:平均時給の実質ベース、CPIの上振れで5ヵ月連続でマイナス(作成:My Big Apple NY)

確かに、米9月小売売上高は2ヵ月連続で予想外に増加し米国人の消費性向の強さを証明しています。しかし、貯蓄率がコロナ前の水準まで低下するならば、今後の消費余地は限定的になり得るだけに、楽観は禁物です。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2021年10月17日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。